第37話 神様のお仕置き
「あらあら、大変そうね」
絶体絶命のピンチの場面には場違いな、柔らかな声が湿原に響き渡った。
同時に辺り一面に花吹雪が舞い上がる。
「誰!? 何これ!?」
「あら、忘れてしまったの? 寂しいわね……改めて自己紹介する前に、まずはお手伝いしましょうか」
声の主はリサの隣にいつの間にか佇んでいた。
その女性は長い金髪をなびかせて、優しく微笑みながらゆっくりボスへ歩み寄った。
女性の動きにこの場にいる全員が注目していた。
あたしの魔法への集中も途切れて冷気が無くなっていたが、ボスも見惚れていて動くことはなかった。
金髪の女性がふわりと右手を上げた。するとボスの周りに生えている水草が手の動きに合わせて成長し、あっという間にボスの背丈を超える草むらが出来上がった。
あたしは直前に後ろに下がって回避したが、中央にいたボスと近くにいたユングルは草むらの中に取り残されてしまった。
金髪の女性が掲げた右手をぐっと握りしめると、成長した水草は寄り固まって頂点が互いに結び合わさり、巨大な鳥かごの様な形になった。
草むら状態では見えなかったボスとユングルの姿が再び現れる。閉じ込められたことに気が付いたボスが体当たりをしたが、水草の檻はびくともしない。
外側からも普通の合唱魚達が攻撃しているが、破られそうにない。見た目を遥かに超える頑丈さだ。
「なんで俺まで閉じ込めてんだよ! おい! 花畑野郎!」
「あらあら、気が付かなかったわ、ごめんなさいね」
ボスと一緒に閉じ込められてしまったユングルが怒りの声を上げたが、女性は華麗にスルーした。
「トゥーリーン様! 助けに来てくださったのですね!」
「いつもの祈り方とは違うから気になって来てみたの。随分無茶なことをしていたのね」
リサが呼びかけた名前に、ようやくあたしのポンコツ記憶が反応してくれた。
助けてくれたのは、春の大陸を治める神様、トゥーリーンだったのだ。
リサが必死に祈っていたのには意味があったのだ。今までで一番神官らしい仕事をした気がする。
「神の力を借りるとは……まあ神官見習いならば、それも己の力ということにしておこう」
ワキュリー先生が地面に降りてきた。ボスが完全に拘束され、取り巻きの戦意も消失したことから戦いが終わったと判断したのだろう。
「久方ぶりです、『春』の概念の化身。よ」
「ワキュリー、いくら実力があるからって、学生にこんな依頼を受けさせるのは良くないわ。可愛い新芽達に何かあったらどうするの」
「その時は私が……いえ、申し訳ありません」
ワキュリー先生が人の言うことを聞いて素直に頭を下げている!?
「何を不思議そうに見ている。神への態度として当然のことだろう」
生徒からの奇異の目が痛かったのか、ワキュリー先生はばつの悪そうな顔になった。
「ワキュリー先生ですらこうなのに、ユングルって奴は……」
閉じ込められたままのユングルは、それからずっとトゥーリーンに向かって罵詈雑言を投げつけている。
「おい! 俺様が誰だと思ってこんな事をしてるんだ!」
「ごめんなさい、頭の中までお花畑なものだから、さっぱり分からないわ」
トゥーリーンは無駄にキラキラした笑顔で、依頼を受ける時にユングルが言っていた言葉をそのまま返した。
やっぱり聞いてたんだな。しかも割と根に持ってるやつだ。『春』だけに。
「神のくせに無知だな、知らないなら教えてやる。春の大陸で一番の財力を持つ大商会ティランネ家の次男、ユングル・ヴィド・ティランネだ! 分かっただろう、俺様を傷つけたら父様が黙っていないぞ!」
トゥーリーンの言葉を皮肉と理解してか知らずか、ユングルは声を張り上げて名乗った。
ティランネ商会って、初めて依頼を受けたところじゃないか。確かに権力はありそうだけど、次男ってところが微妙だね。バルターさんが面倒を見ているなら、さぞかし苦労されてるんだろう。
あ、トゥーリーンも笑ってる。
「まあ、それだけ元気なら、水草で出来た檻くらい壊せそうなものですけれど……」
「い、今は魔力が切れて出来ないだけだ。本来なら勿論、自分で脱出できるさ」
「魔力切れ。そう、貴方が乱暴に打ち続けた風魔法。私への侮辱は流せるとしても、これは許せないわ」
突然、トゥーリーンの纏う雰囲気が変わった。
今までの春らしい柔らかさは見る影もなく、まるで冬の様な冷たい眼差しに、それを向けられたユングルも流石に閉口し、あたし達の背筋にも緊張が走った。
「討伐する命を中途半端に苦しめ、関係無い生き物を無暗に苦しめ……『命は平等に』と言っているけれど、苦しみは平等に少なくすべきもの。災厄を振りまいた貴方の罪は大きいです」
「災厄って、そんな大袈裟な」
「自分に置き換えて想像してみても分からないかしら? 理不尽な攻撃で周りが破壊され、仲間が絶える。そんなことが許されるはずがないわ」
ユングルがやっとのことで絞り出した反論は、トゥーリーンの威圧で簡単に押しつぶされた。
でも、ユングルに説教しているはずなのに、トゥーリーンは遠くを見つめて自分に言い聞かせている様だった。冷たい眼差しも、よく見れば悲し気な表情に見えてくる。
「それでもこの討伐が許可されたのは、あまりにも合唱魚が増えすぎてしまったから。ピッチ―、貴方も少しやりすぎだわ」
ピッチ―? と皆が首を捻る中、ボスが「ホワ?」と鳴き声を上げた。
え、もしかしてボスの名前なの?
「群れの主になれたからって、そんなに子供を作っても面倒見切れないでしょう? 現に騒音被害が出て討伐されてしまっているんだから。ほどほどにしておきなさいね」
いつの間にか笑顔に戻ったトゥーリーンは、水草の檻の隙間から手を入れて、ピッチ―にデコピンをした。
ピッチ―は「ホワ……」と申し訳なさそうに頭をたれた。反省の態度を示したピッチ―をトゥーリーンは軽く撫でた後、その手を掴んで「出しやがれ!」と怒鳴ってくるユングルを水草で縛り上げてから檻を離れた。
「一日も経てば水草が枯れて出られるようになりますから、二人で大人しく反省していてくださいね。アオーグにもそう伝えておきます」
「一日この中で巨大魚といろってのか!? 学園長もグルなのか! 概念の化身共め!」
あれだけ怒られた直後にその態度を取れるのは最早称賛に値するな……。あ、怖い。トゥーリーンの笑顔が怖い。
「立ち話も難だ、討伐も済んだことだし学園へ戻ろうではないか」
「私は帰るから、気にしないで」
ワキュリー先生がうやうやしく声を掛けると、トゥーリーンはひらひらと手を振って返事をした。
「長居すると面白く思わない子もいることだし」
ユングルの事かと思ったのだが、その眼はジョートリス君のことを見つめていた。
「別に、お前はここの神だ、あいつとは関係ない」
ジョートリス君はそれだけ言うとそっぽを向いた。
トゥーリーンのことを『ここの神様』と言うなら、気にしているのは別の神様……例えばジョートリス君の出身地の冬の神様とかだろうか。
あれ? もしそうならあたしの得意属性も氷だから、嫌われてるかもしれない!?
突拍子もないが可能性がないとは言い切れない考えに、あたしは慌てた。
「勝負は俺たちの負けか……あの約束も無しか」
「あ、あの、ジョートリス君! 何かやることがあるって言ってたよね、協力出来る事ならするよ!」
ジョートリス君がユングルと取引していたことを彼の呟きで思い出し、何か手伝えないかと相談してみた。
学校一の推しに嫌われたくないのだ! 役に立てるなら立ちたい!
無駄にオタク魂が燃え上がっていた。
「……そうだな、特級にしか出来ないことはありそうだ。何かあったときは頼む」
そこで一呼吸おいて、
「俺の名前、長いだろ。ゾルでいい」
と付け加えると、未だに気絶していたユングルのお供を叩き起こし、ずるずると引っ張っていった。あたし達が来たのと反対方向へ向かっていったから、そちらに馬車が止めてあるのだろう。
「え、今の、ツンデレ? 社交辞令だと思ったら認められてたの? めっちゃ嬉しいんだけど!?」
前半だけ聞いたら「行けたら行く」のようにやんわり断られたのかと感じてしまったが、それならわざわざ愛称を教えたりしないだろう。
嫌われてなかったと分かると安心して、ついにやけてしまった。
「ゾルくん……ふふふ、愛称もカッコいいなあ」
「素直に気持ち悪いのです」
「楽しそうなところ悪いのだけれど……」
余韻に浸っていると、容赦ないリサのツッコミとトゥーリーンの控えめな声が飛んできた。
「貴方にも会いたかったのよ、夢心さん」
「あ、お久しぶりです。その節はありがとうございました」
「たまに、とは言いましたけど一カ月も経っているのだから、そろそろ神殿に来て欲しいと思っていたの。ちょっぴり寂しかったのよ」
初めて会った時にそんな事を言われたような気がする。バタバタしていてすっかり忘れていた。
「ごめんなさい! 明日行きます!」
「そうしてくれると有難いわ。虚無の子も連れてきてくださいね。皆に春風の恵みがあらんことを」
トゥーリーンは来た時と同じように、花吹雪に包まれて消えた。
あたし達は剥ぎ取りを済ませて、合唱魚の鳴き声よりうるさいユングルの声に耳を塞ぎながら帰路についた。




