第35話 静かな湿原
「まじか、この世界のリポップって空中からなの!?」
「りぽ? っていうのは何か分かりませんが、まずはランズさんを助けましょう!」
空から降ってきた合唱魚は全て川に落ちている。このままでは一緒に落ちたランズが襲われてしまう。あたしとリサは急いでランズの姿を探した。
しかしこちらが動き始めた直後に、ずるずると這い上がるようにしてランズは川から上がってきた。
服が泥だらけになっていたので、一瞬合唱魚かと思って身構えてしまった。
「げほ、げほ、ああ驚いた。よもや魚の魔物が空から降ってくるとは」
「ランズさん! 大丈夫?」
「ああ、かすり傷だ」
かすり傷というが、ランズの体は所々切れていて血が滲んていた。どうやら降ってきた魚に当たって切ってしまったようだ。
慌てず騒がず。この世界には便利な治癒魔法、更にそれをもっと簡単に使える道具がある。
あたしは杖を抜いて、魔法の種にではなく、杖自体に意識を集中して魔力を集めた。
それに呼応するように薄桃色の杖から光が溢れてきたので、ランズに向ける。光に包まれたランズの傷は、あっという間に回復した。
「おお、感謝するぞ!」
「これでオリジナルには大分劣るって……ハルヒ凄いなあ」
傷が治って張り切るランズを横目に、あたしは尊敬半分、呆れ半分でため息をついた。
「見てみろ。降ってきた魚たちは満身創痍だぞ」
水面の揺れが収まった川には、合唱魚達が浮いていた。全身傷だらけで、殆どが虫の息。既に力尽きている個体もいた。
「何かと戦って、吹き飛ばされてきたってこと?」
「間違いなくユングルですね。廊下で口論になったあの時、杖に黄緑色、風の魔法の種がはまっているのが見えましたから」
「そこまで見てたんだ、本当にやる気だったんだな……」
確かに相手の得意な属性をおさえるのは戦いの基本だ。その知識を確認できた、ということにしておこう。
今考えるべき問題は、降ってきた合唱魚をどうするかだ。ユングルの魔法で倒れたというなら、ここから剥ぎ取りをしたら横取りになってしまわないだろうか。
「これ、あたし達の獲物にしちゃっていいのかな?」
「問題ないぞ」
「うわ、ワキュリー先生!? どこ?」
突然聞こえてきたワキュリー先生の声に驚いて体が跳ね上がった。
空から監視しているのを思い出して見上げてみると、遠くからこちらを見ているワキュリー先生の姿が見えた。
「きっちり目標分を討伐して証明を持ち帰ることが依頼達成の条件。むしろ半端に傷つけて止めを刺さなかった方が悪い。魔物が助けを呼んで形勢逆転、一気に窮地へ陥ることもあるからな」
「おお、テレパシー……ということは、あたし達の手柄にカウントしちゃっていいってことですか?」
「構わない。残り一匹、気を抜くなよ」
確認が取れたことにほっとして、合唱魚に一発ずつ氷の礫を当て、仕留めてから解体した。
ワキュリー先生も言っていたように、これで49匹目。あと1匹倒せばクエストクリアだ。
「あと1匹なら余裕だね! サクッといっちゃおう」
「ええ。でも鳴き声は聞こえなくなってしまいましたね。私達の戦闘と、今の騒ぎで逃げてしまったのでしょうか」
「そう言えば、不気味なくらい静かになったな。これでは鳴き声を頼りには探せぬ」
ふと気が付くと、あれだけうるさくて仕方なかった鳴き声は、耳をどれだけ澄ませても聞こえなくなっていた。
「もしかして、ユングル達が討伐した分も合わせて全滅しちゃったとか?」
「そうなる前に先生が止めるはずです。依頼の討伐数だってそのことをふまえて設定されてるはず……」
考えてみたところで、突然いなくなってしまうのは間違いなくおかしい。なんだか嫌な予感がする。
それを裏付けるように、鳴き声とは別の音が聞こえてきた。ズズズ……と何かが泥の中を這いまわるような音。それが大きくなるにつれて、足元が揺れ始めた。
「地震!?」
「違うのです、これはまさか……!」
揺れはある程度大きくなると、今度はだんだん小さくなった。巨大な何かが地中を移動しているようだ。
それは段々地上に近づいているらしく、揺れが去っていった方向の地面はうっすら盛り上がっていた。
「どうする、追いかける……?」
「そうしましょう。私の推測が正しければ、あれの周りに普通の合唱魚が集まってくるはずです」
「普通の……うわあ、嫌な予感倍増だなあ」
まもなく地上に現れそうなそれと対峙する覚悟を決めながら、地面の盛り上がった部分を辿って進み始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は少しだけ遡って。
夢心達と反対側から探索を始めたユングル、ジョートリス、アンテの3人も討伐をこなしていた。
しかしジョートリスは、ユングルのやり方に不満があるようだった。
「竜巻の威力が凄いのは分かったから、もう少し効率を重視してくれないか。関係ない魔物も巻き込んでいるし、遠くまで吹っ飛んで回収できない合唱魚もいるじゃないか」
現在剥ぎ取った尾びれの数は30枚ほど。だがユングルの風魔法で10匹以上が回収不可能な距離まで飛ばされている。それがあれば間もなく目的の数に到達しそうという所だったのだ、不満が出るのも当たり前だろう。
だが、ユングルはそう考えていないようだった。
「そういうのを仕留めに行くのがお前の役目だったんだが、期待外れだったな。これなら別の奴を連れてくるんだったぜ。……おいアンテ! 靴洗ってくれ」
自分勝手な言い分に嫌気が刺すが、ここで反抗して約束をふいにされては困る。言い返したいのをぐっと我慢して、次の標的を探そうと歩き始めた。
対するユングルは、戦いの最中に付いた泥をアンテの得意な水魔法で洗い流して貰っていた。
またすぐに泥にまみれるのだから、いちいち洗っていたら時間が勿体ない。乾かすのに風魔法を使っているのだって、3級なら体力配分に気をつけないと、あっという間に倒れてしまうというのに。
無駄ばかりの行動に口を出さないようにするのは至難の技だった。
「早く行くぞ。あいつらに先を越されかねない」
「は、棒切れと女二人だぞ、多少のハンデくらいやらないと可哀想じゃないか。一匹も倒せずに泣いているかも知れないがな!」
何故堂々としていられるのだ、急かす理由を作っているのはユングルなのに。
何処までも人の事を下に見る言い方も、向こうのチームの実力を知っているジョートリスから見れば滑稽ですらあった。
(下にすら見ない……弱いものを徹底的に排除するよりはましかも知れないけどな)
ジョートリスは一瞬瞳を曇らせると、それを振り払う様に頭を掻いて思考を魔物討伐へ切り替えた。
途端に違和感が襲ってきて、立ち止まって辺りを見渡した。
「合唱魚の鳴き声が聞こえなくなった……?」
気が付くと、辺りは異様なほど静まり返っていた。
元から静かならともかく、耳を塞いでもうるさかったくらいの鳴き声がピタリと止んでいたのだ。
「俺様の魔法に恐れをなして逃げ出したのか?」
「それだと討伐が出来なくて困るが……そういう訳では無さそうだ」
「なんだって? じゃあどういう事なんだよ」
突っかかってくるユングルを無視して、ジョートリスは沼地の奥を見つめた。
遠くの地面がうっすら盛り上がっている。それが大きさを増しながら近づいてくると共に、地鳴りが聞こえ足元が揺れ始めた。
「なんだありゃ!? 地面がどんどん盛り上がって……ってあいつらもいるじゃねえか! 原因はあいつらか?」
同じ方向から夢心、リズエラ、ランズの3人が走ってくるのも見えた。
3人が得意とする魔法に土魔法は無かったはずだ。それに魔法を使っている様子もない。
「いや。この異変を追いかけてきたようだな。……来るぞ」
揺れは激しさを増し、一際大きな爆発音をたてると同時に地面が弾けた。
大量の泥が降り注ぐ中、地面の下から現れたのは。
『でかっ!?!?!?』
全貌が視界に収まりきらない、山を思わせるほどに巨大な合唱魚だった。




