第33話 魔物討伐
ハッピーバレンタイン!(本編とは全く関係ありません)
「やばい、騒がしいってレベルじゃないよこれ……」
馬車を降りたあたし達の耳に飛び込んできたのは、合唱魚の大合唱。『ホワ、ホワ』と甲高い鳴き声がそこら中に響き渡っていた。
真夏のセミを思い出させるうるささだ。
「まだ、生息している水辺までは少し歩きますよ」
「え、これでまだ離れてるの!?」
「馬車ではこれ以上進めないのです。ぬかるみにはまってしまいますから」
足元はウルドの森の川の傍より悪く、ここより先は水たまりと言っても大差ないくらいにぬかるんでいた。確かにこのまま進んでも、どこかで車輪がはまって動けなくなるに違いない。
馬車にはこの場所で待機してもらうことにして、泥に恐る恐る足をつけ、ゆっくりと歩き出した。
「鳴き声がうるさすぎて、逆にどこにいるのか分からないなあ……まずは近くの川を探すんだよね」
「はい、こちらの方向なのです」
ウルドの森の探索では川の流れる音を頼りに進んだが、今は音がそこら中から響いていて判断のしようがなかった。なので地図で確認した通りに進んでいく。
遠くには木が生えている場所もあるのだが、あたし達が歩いている辺りは背の低い草がまばらに生えているだけで、泥の大地が広がっている。
おかげで近づいてくる魔物に気付くのは簡単だった。
「ほい、と」
こちらを睨みつけているヘビの魔物の目の前に向かって、あたしは軽く氷の礫を飛ばした。魔物はそれに驚き、泥の中へと逃げて行った。
「ふう……随分憶病な魔物だね」
「学園に来る依頼ですから、危険な地域のものはまず無いのです」
「うーん、簡単なのは有難いけれど、戦闘したいなあ……」
「同感だ。せっかく鍛えた力を試せないのがもどかしいな」
「だからそれは、討伐対象にだけぶつけてください。そういう決まりなのですから」
「そういうリサだって、ユングルとは一触即発だったよね」
「あ、あの時は頭に血が上っていたのです……」
『命は平等に』という四神の教えにより、討伐対象以外の魔物は無暗に殺してはいけない。今やったように追い返したり、見つからないようにやり過ごすのが冒険者の間でも基本になっている。
せっかくチート級の魔法の力を手に入れたのに、一番使ったのが倉庫の冷却タンクっていうのが解せない。もっと派手に使ってみたいのだ。
でもここで無差別討伐をすると、神の怒りよりも早く飛んでくるものがあるんだよなあ……。
天を仰ぐとその先には、空に浮かんでこちらを監視しているワキュリー先生の姿が見えた。ユングル達の動向もいっぺんに見る為か、かなり高い位置にいる。
ルール違反があれば、あそこから魔法なり木剣なりが飛んでくるのは確実である。それは是非とも避けたい。
「正直魔物より、先生から攻撃されることの方が怖いよね」
「同感だ……っと、噂をすれば、おでましだぞ」
急に立ち止まるランズ。視線の先には新たな魔物の姿が見えた。しかし距離があって、種類は判別できない。
魔物の方もこちらに気が付いたようで、大きな鳴き声を上げた。
「この鳴き声は、合唱魚?」
「ですね。仲間は集まってこないようですが、はぐれでしょうか?」
縦30センチ、横に1メートルくらいと魚類にしてはかなり大きな体。鱗の色はくすんだ灰色で光沢もない。湿原で身を隠すための保護色だろう。
そして何より目を引くのが、アザラシのように立派に成長したヒレである。這いずり移動で大きな魚がこちらへ迫ってくるのはなかなか迫力がある。
「一匹だけなら、まだリサの作戦は使えないよね。あたしがやっちゃっていい?」
「お願いするのです」
一応確認を取ってから、それより前に貯めておいた魔力を解き放つ。
杖の先に創り出したのは、いつもの氷の礫とは違う。細長く、先をとがらせた氷柱である。
「氷の牙よ、敵を貫け! 『アイシクル・アロー』!」
なんと! 今回はちゃんと技名と呪文を考えてきたのだ!
放たれた氷柱は合唱魚目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、空きっぱなしの口へ吸いこまれるように突き刺さった。
合唱魚は「ヒョ」と悲しげな鳴き声を上げて、ヒレをばたつかせていたがすぐに動かなくなった。
「んー、あー……そっか、こんな感じか」
スライム以来の魔物討伐。感想としては、なんだか複雑な気持ちだ。
あっけなく倒せて物足りない、というのも正直あるが、一番大きかったのは生き物を殺したという独特の感触、罪悪感だ。
スライムは無機質で血が出たり鳴いたりしなかった。もちろん地球にいた時もこんな経験は無い。魚だってスーパーに売っている、既に死んでいるのを捌くくらいだ。
それともう一つ。つい境遇を自分自身に重ねてしまったのだ。
群れからはぐれて、皆が知らない間に死んでしまう。
もしかしたら自分も、高校でハルヒに出会っていなかったらそうなっていたかも知れない。記憶力が無くなって周りの事を覚えていられず、関わることを止めてからは覚えても貰えず────
「どうしたのだ夢心殿、後処理が肝心だぞ」
茫然としていたあたしを横目に、ランズはてきぱきと解体を始めていた。
討伐証明として尾びれ、そして珍味として食用に売れる胸びれをナイフで切り取ってアイテムポーチに入れていく。
身の部分は食べれないことは無いが泥臭くて処理も面倒なため、軽く埋めて地に還す。
やめやめ、いちいち考えていたら50匹倒す前に日が暮れてしまう。
あたしは頭を振って、もやもやした考えを追い出した。
「いや、実は魔物退治って慣れてなくて」
「慣れている生徒はいないと思うが……ああ、夢心殿の故郷では余計に縁が無い事なのだな」
「フィルゼイトでは、間接的にでも一度は人が亡くなるのを見てしまいますからね。前にも言いましたが、四神日までに亡くなる子供は少なくないですから」
リサが作業を手伝いながらしみじみと語る。もしかして、リサも見てきたのだろうか。
使い始めの魔法が暴発する────今撃った氷柱が自分に刺さったら、間違いなくお陀仏だ。
「だからこそ、四神様の教えは身に染みるのです。必要以上に殺してはいけない。あんな思い、魔物でも無暗にさせるべきではないのですから」
そしてリサは、鋭い目つきで湿原の向こう側を睨んだ。
「それなのにあのボンボンはトゥーリーン様を侮辱して! それに自己中心的すぎて許せないのです! 必ず勝って、神殿の前で土下座させてやるのです!」
「落ち着いて落ち着いて」
ユングルへの怒りに暴走しそうになるリサを抑えながら、あたしは気持ちを新たにした。
魔法の力は、使えるようになって、記憶力が回復して、それだけで充分幸せなのだ。乱暴に使うのは止めよう、と。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あれですね。見えてきたのです」
それからはぐれの合唱魚には出会わなかった。
何度か他の魔物を追い払いながら進み、目的の川を視認出来るところまでやってきた。
件の鳴き声は大きくなった気がするが、感覚が麻痺して最早よく分からない。
「さて……私の秘密の作戦を見せる時がやってきたのです!」
リサが意気込んでバッグから何かを取り出した。
「種、だよね。これ、初めての依頼で貰ったってやつ?」
「その通り、イーフを育てて増やしておいて正解でした」
リサの左手には小さな種が、溢れそうなくらい沢山乗っていた。
「え、でもこんな短期間で増やせるものなの?」
「言ったじゃないですか、イーフは魔力に敏感に反応する植物だと。元々私の得意とする草木の魔法、『成長促進』が更に効率よく働いて、三日で収穫まで出来たのですよ」
「早すぎる! でも、これをどうするっていうのさ」
「こうするのです!」
リサは空いていた右手に杖を持ち、左手の種に向けてくるくると回し始めた。
「伸びて……絡まり……ツタの巨体で、地を踏みしめるのです!」
途端に種は発芽して、何十個という芽がにょきっと顔を覗かせた。
リサが一言言葉を放つごとにイーフは成長し、みるみる蔓を伸ばして複雑に絡み合っていく。
途中からリサの手を離れ、徐々に形を整えていったそれは、呪文にあったように巨人……というには物足りないが、少なくともあたし達よりは遥かに大きな体になっていった。
「蔦のゴーレムって感じか……カッコいい」
細かい箇所まで蔦の調整が終わり、ゴーレムはゆっくりと歩き出した。体は大きいが重さは見た目ほど無いのか、湿原のぬかるみに沈むことは無い。
出来上がりを見てリサは満足げな笑顔を見せた。
「上出来なのです!」
「凄いね、でもこんなに大きく育つような魔法使って平気? あの時は体力切れして……」
「それこそ、イーフを使った理由の一つなのです。木の根を動かした時に比べればほとんど魔力は使っていません。省エネで魔物を掃討できる方法なのですよ! 加えてこちらに」
再びバッグから物を取り出す。小さな瓶に、薄桃色の液体が入っていた。
「イーフで作った栄養剤、飲むと瞬時に体力回復! そこまで数はありませんが、討伐の間巨人を維持するには十分なだけはありますよ」
「本当に薬草には詳しいね、頼もしいぜリサ先生!」
褒めちぎっていると、照れ隠しかリサはそそくさと小瓶をバッグへ戻した。
「さて、まだ完成ではありません。ランズさん、力を貸してください」




