第32話 モーア湿原へ
「さて、作戦のおさらいをしましょうか」
週末、魔物討伐の時間がやってきた。
あたしとリサとランズの三人は、ワキュリー先生が手配した馬車に揺られて目的地であるモーア湿原へ向かっていた。
普通は馬車の料金は自分たちで払うのだが、今回は先生が移動費を出してくれた(そうまでして戦闘が見たいのか……)。
稀に依頼主が馬車を用意してくれたり、料金が後払いされることもあるらしい。
ちなみにユングル達は自分の馬車を使って、別の方角から湿原を目指している。子供なのに専用馬車を持っているなんて、一応大貴族を名乗っただけのことはあるんだな。
ジョートリスくんもその馬車に乗っているんだよね。一体どうしてユングル側についたんだろう。
「合唱魚は、その名の通り歌を歌ってコミュニケーションをとる魔物なのです。最近大量発生していて、夜も頻繁に歌ってうるさいから間引いて欲しい、というのが近くの村から依頼されたようです」
「たまに聞こえるこの鳴き声だよね? まだかなり距離があるのにこの音量ってことは、近くに行ったら結構うるさいんだろうなあ」
外に注意を向けると、鳥の鳴き声の様な高い音が、目指している方角から聞こえてきた。これが少なくとも100匹以上いるというのだから、その村にとっては迷惑極まりないだろう。
「ヒレが発達していて少しなら陸上で行動できます。水中にいるところを狙って奇襲が成功しても、こちらに飛び掛かって攻撃できるので油断は禁物なのです」
「だから、まずあたしがアイシクル・レインで全体にダメージを与えて、数を減らしてから残りをリサとランズが迎え撃つって作戦だったよね」
「そうなのです、ちゃんと覚えていて安心しました」
リサが頷いた。うん、あたしも安心した。
「でも二人共攻撃できるの? ランズなんて振り回し係のヘンディーさんがいないのに」
「それは見てのお楽しみなのです。ちゃんと考えてきてありますよ」
「うむ、私も実際には見ていないが非常に面白い攻撃方法だぞ!」
作戦確認といっても肝心の攻撃方法は秘密にして教えて貰えない。リサはちゃんと考えているだろうから不安はないが、気になる。
ちなみにハフトリープさんに模擬戦をお願いしたのだが、予約がいっぱいで断られてしまった。
「ワキュリー先生が大丈夫だと認めた生徒なら楽勝だよ」というお墨付きと、リサの考えた攻撃方法が連発できるものではない、というのもありそのまま練習せずに来たのだ。
まあ、いざという時は全力で魚を冷凍していけばなんとかなるだろう。
「かなり広い湿原なので、反対側から攻めるユングル達と鉢合わせる可能性は低いとは思います。もし出会っても無視! 相手をする暇があったら早く魔物を倒して先に帰るのです、それが勝利条件ですからね」
「向こうは突っかかってきそうだけどね……そうなったら凍らせちゃっていいかな? 手が滑ったことにして」
「ワキュリー先生の判断が怖くなければ良いと思うぞ」
「あっそれなら止めておこう」
あたしは音速で手のひら返しをした。ワキュリー先生を怒らせると本当に怖いのだ。
授業が始まったばかりの頃、木剣の素振りを真面目にやらなかった生徒への仕打ちはおそらく学園の生徒全員のトラウマになっているだろう。ヒュプノに治してもら……って忘れて同じ過ちを繰り返したくは無いな。あの悲劇は忘れてはならないのだ。
あとは湿原の地図を見ながら探索する場所の確認を済ませて、準備完了だ。
「よし、そしたら戦前の腹ごしらえといきますか」
あたしは早起きして作ってきたおにぎりを取り出した。全く同じ食材というのは少ないものの、米っぽいものがあって助かった。
具材には梅干しっぽいものや魚の塩焼き、あとはなめたけっぽいキノコを煮付けたものなんかも入れてみた。
「私はキノコのおにぎりを……おや? これは……」
「あ、それリールがつまみ食いしちゃったやつだ。あたしが食べるよ、こっちがちゃんとしたなめたけ握りね」
リサが袋から取り出したおにぎりには歯形が付いていた。握り終わって粗熱を取っていたところを、リールがかじりついてしまったのだ。しかも苦手な味だったらしく、それ以上食べようとしなかった。
もったいないので自分の分として持ってきたのだ。
「おにぎりは知ってるんだね。サンドイッチは知らなかったのに」
「ああ、初めて会った時に貰ったやつですね。パンに具材を乗せるのはよくやっていたのですが、挟むという発想は無かったのです」
あの時は餌付けしてようやく話が出来るようになったものだ。こんなに仲良くできる、どころか普通に会話が出来ると思わなかった。
つっけんどんであたしの事をよそ者、なんて言っていたのに。ひと月でここまで変わるものなんだなあ。
「夢心殿、これは良い補給食だな!片手で米と肉を摂取できる。塩加減もちょうどいいぞ!」
ランズは満面の笑みでおにぎりを絶賛してくれた。物凄い勢いで食べているけれど、これから動くのに大丈夫だろうか。
補給食、ってことはワキュリー先生にもうけるのかも……しまった、差し入れ用にも作れば良かったな。
あたしも歯形が付いたおにぎりを食べる。合唱魚の鳴き声はどんどん近づいてきていた。
「よし、絶対ユングル達より先に討伐するよ!」
『おう(なのです)!』
気合の掛け声に合わせて、こぶしを突き上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これが合唱魚の鳴き声か……確かにうるせえな」
夢心達とはモーア湿原を挟んで反対側。ユングルを乗せた馬車も、着実に湿原へ近づいていた。
窓の外から響いてくる鳴き声に眉をひそめて、ユングルはヒュンと鋭く杖を振った。すると鳴き声がぴたりと止み、馬車の中は静寂に包まれた。
「風魔法か、音の制御が出来るとはなかなかやるな」
「そうだろう。いずれは1級まで成り上がって、学園の、いや大陸の頂点に立つのだからな」
ジョートリスの言葉に、ユングルは自慢げに杖を見せびらかした。
磨かれて装飾も緻密に彫られている立派な木の杖には、黄緑色の魔法の種がはめられていた。透明度はそれほどでもない、中級ランクのそれである。
「4級からランクが上がったんだったか。だが、上には更に壁があるぞ」
「分かってるよ、だから学園のクラスも別なんだ。でも俺様に出来ないことは無い」
「あと、それだと特級の異世界人は抜かせないが」
「魔法の無い世界から来たんだろう? 宝の持ち腐れってやつだ、満足に使えてないに決まってる」
ユングルはそれ以上聞きたくないとでも言いたげに、腕を組んで目を閉じてしまった。
「あいつらがどう足掻いたとしても勝つのは俺様だ。余計な口を聞くな」
「……」
それを見てジョートリスも目を閉じる。
───仲河夢心。氷の魔法の種に、概念の化身を従える者。
確かに魔法の常識は身についていないようだ。であるが故に、あいつは普通に使う以上の事を平然とやってのけている。
飛行の授業で瞬間移動をしてみせ、「こっちの方が簡単じゃないですか?」と言った奴だ。あいつの魔法を見た事があれば、こんなに余裕では居られないだろう。
油断は出来ない。だが自分だって負けるつもりは無い、絶対に成功させる。
そうしてユングルから報酬を手に入れる。確実に目標へ近づくために必要なものだ。
幾ばくかの静寂の後、御者台側の壁がノックされているように揺れていることに気が付いた。ユングルが風魔法を止めると、一段と大きくなった合唱魚の鳴き声に混じって声が聞こえてきた。
「あ、あのー! そろそろ着きますからー!」
「分かった、また音遮断するから着いたらドア開けてくれよ」
ノックしていたのは、御者として馬を走らせていたユングルの取り巻きの一人、アンテだった。ユングルが命令したわけでもなくこの役を買って出た。
ユングルの発言はいちいち過激でジョートリスも共感しかねていたのだが、リーダーの素質はあるようだった。
再び静かになった馬車の中に、ぽつりとジョートリスの独り言が響いた。
「俺は一人で……パルトがいれば十分だ」




