第26話 憧れの冒険者?
2月になりました。フィルゼイトではひと月が40日もあるから、とっくに一カ月以上経った気分だったけど。
月が変われどここは春の大陸。雪が降ったり寒さに凍えたりすること無く、とても快適に過ごしていた。
今は大好きな歴史学の授業中。でも今日は、ある理由からなかなか集中できなかった。
「この時間のまとめです。魔物は魔法の種を持たず、自力で体内に魔力を貯め込むことのできる生き物。概念の化身は魔力の塊。どちらも魔法の種を通して魔力を使う我々より効率よく魔法を行使できる。これが重要なので覚えておいてください。ああ、時間過ぎちゃった……ごめんなさい、授業はここまでです」
いつものように豆知識を語りすぎて、時間配分を間違えたビリス先生。ぺこぺこ謝りながら教室を出て、本日の授業は全て終了となった。
しかし、あたしにとってはここからが本番だった。
「ついに、ついに来た……あたしが冒険者になる時が!!!」
授業中貯め続けた思いを解き放つ。何人かの生徒が同調して雄たけびを上げた。
入学から一カ月経つと、実力が認められた生徒のみが冒険者ギルドに登録できるようになる。そんな話を聞いてからずっと、この日を待ちわびていたのだ。
ちなみに1組は魔法の種が2級以上ということもあり、余程の事がない限りは条件を余裕でクリアできる。
余程の事、しちゃったんですけどね。
「いやー商学のテストで赤点取ったときはヒヤヒヤしたけど、再試は受かってOKサイン出たしなんとかなるもんだね!」
「おそらく情けと、特級を登録させないのは学園にとっても不利益だからなのです」
「魔法の種様様! 万歳!」
手の中にある水色の宝石を崇めていると、それは鈍く輝いた。
もしかして呆れてる? 気のせいだろうが、宝石にまで同情されるとは思わなかった。
「はいはい鎮まれ。今日は窓側半分じゃったな、ついてきなさい」
一気にクラス全員が登録するのは業務超過になってしまうため、入り口側半分の席に座っている生徒は昨日登録を済ませたのだ。羨ましい限りである。
フェアユング先生に引率されて、あたし達は校舎の裏に増設された建物へ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ギルド『プラウゼン』、シュプリアイゼン魔法学園支部へようこそ!」
受付にいたのは快活なおとなのおねえさん。受付嬢よりも剣を握って自ら冒険に行くのが似合いそうな元気さだ。
「なになに、そのカッコいい名前」
「むーちゃん、ギルドって単語だけしか事前の説明聞いてなかったでしょ……あれは『街の何でも屋、便利な人』って意味の言葉なんだよ。入学前にも説明したはずだけど」
「討伐とかはあまり活発じゃないって話? でも、だったらどうして学園に支部なんて置いてるの?」
「それはアタシから説明してあげよう!」
受付のおねえさんがハルヒから説明を引き継いだ。
「確かにギルドには魔物駆除、討伐の依頼は少ない。四神様のモットー、『命は平等に』を守るため、必要以上に狩ることを禁止しているからね。そしてここは学園支部、登録者は学生ばかりだからほぼ依頼は来ないと思っていてくれたまえ」
生徒を危険に晒すわけにはいかないからね、とおねえさんがウインクすると一部男子がざわついた。美人、と言い切るには男気が強いが、容姿は整っているし魅力があるのは確かだ。
お胸もあるし。あたしよりほんの少しだけ。あたしのがどれくらいか、とか聞くな。
「その代わり、生活に密着した問題が多く依頼されるよ。『商学が得意な子に店番を任せたい』、『テイマーの資格を持っている子に魔物の世話を頼みたい』なんかね。それらをこなして、街の仕組みを知り、人々と良好な関係を築いていくのが目的。学園に支部を置いている理由だよ」
道徳の授業や、社会見学みたいなものか。
でもね、とおねえさんは急に声を低くして、困った顔で続きを話した。
「近隣から子供の声がうるさい、とかクレームがきて困るのもあって、学生は役に立つんですよってアピールしてそれを黙らせるのも目的なんだけど……内緒だよ?」
子供なんて元気でなんぼなのにねえ、とおねえさんはため息をついた。
でもたまに、あたしでもうるさいと思うから、騒ぐ時もう少し音量下げて欲しいなとは思ってしまった。特にランズとか。あれ、子供じゃなかったわ。
「ブラックな話は置いといて。在学中はランクは『蕾』のままだよ。こなした依頼は学生証に登録されるから、卒業後に申請すればポイントはちゃんと還元するから安心して」
「えー、頑張って『一つ花』くらいにはなりたかったのに」
生徒の一人が落胆した様子で呟いた。先程雄たけびを上げていた中にいた男子だ。
「はは、我慢だよ少年。『一つ花』とは大きく出たね。将来が楽しみだ」
ランクは各大陸の象徴になっている花で描かれる。花弁が五枚、それが4つ、全部で20段階で表される。『一つ花』とは、花弁が五枚集まって一輪の花になった、5段階目のランクのことだ。
ただ『プラウゼン』の活動だけで生活していくのは厳しいので、登録者の多くは副業としてこなしているらしい。なので最高ランクの『満開』はおろか、その半分のランクに到達することすらまれなのだ。
「『一つ花』……春の大陸の花、シュニグロフを完成させるには街の依頼を週一で4年間きっちりこなすのが目安だよ。もちろん学業をおろそかにしては駄目だからね? 大きな仕事をこなせばもっと早く到達するけれど、きちんと身の丈に合った依頼を選ぶこと。3回失敗、もしくはテストで赤点を取ると三カ月活動休止の命令が下るから気を付けな」
最後の一文にあたしは冷や汗をかいた。テスト落ちたの登録前で良かった! 良くないけど!
「じゃあ登録を始めようか。そして試しに依頼を受けてみよう! 本来は受付横の掲示板から選ぶんだけど、今回はアタシが能力に見合ったものを斡旋するからね」
説明が一通り終わったところで、受付の近くにいた生徒から順番に登録が始まった。
だいたい席順通りに並んでいたので、あたしはかなり最後の方になってしまった。待ち時間が辛い。最近見つけたリールのツボ、羽の付け根をぐりぐりしながら順番を待った。
「んひょあー、きもち、んえー」
リールはなんとも形容しがたい喘ぎ声をだして、気持ちよさに酔いしれていた。この緩み切った顔に癒される。
「空いた! いくよリール!」
「んひょ……あれ、おしまい?」
「あ、噂の異世界人と赤ちゃん概念の化身だね? ようこそ」
ようやく空いた受付にダッシュで滑り込むと、久しぶりにそんなあだ名で呼ばれた。
「ども、仲河夢心とリールです! 登録お願いします!」
「します!」
「はいはい、まずは学生証と、あとナカガワくんは魔法の種も見せてね」
言われた通りに、リールの分も合わせて学生証を差し出した。ベージュ色の木の板に名前や学年、種族、魔力紋が刻まれている。燃えたり削れたりしないようにビリス先生の魔法コーティング付きだ。
続いて魔法の種も見せる。リールは何が出来るか、というおねえさんの質問に「きょむ! ものをけせます!」と元気よく答えた。
「成程……まずナカガワくんはこれだね。氷の特級なら優しすぎるかもしれないけど」
と言いつつ向けられた紙にはこう書かれていた。
─────────────────────────
依頼内容・冷蔵倉庫の氷魔法のかけ直し
場所・ティランネ商会倉庫群
応募資格・ランク不問、氷2級以上
報酬・1万アール
─────────────────────────
「え、これだけでこんなに貰えるんですか?」
1アールは1円とほぼ同じ価値と考えればいい。食堂の日替わりランチが500アールだからそんなものだろう。
倉庫全体を冷やすとなると、確かに魔力は沢山使わなければならないが、それだけで日雇いアルバイト以上のお金が手に入るなんて楽過ぎないだろうか。
「ははは、流石特級さんだね。この倉庫群はかなり大きいから、氷2級じゃ慣れてても一人では賄いきれないんだよ。本当は複数人で受ける依頼だけど、君なら大丈夫なんじゃないかな」
複数人なら学生相手に出すには妥当な報酬だろう。これは大儲けのチャンスである。
「頑張ります、これ受けます!」
「はいよ、じゃこれ、倉庫群までの地図ね。次はリールくん、君にはこれだ」
流れるようにあたしの依頼手続きをしながら、リールに別の依頼書を渡すおねえさん。流石受付嬢といった書類捌きだ。
「きくず……ごみしょり?」
「木材を加工する工場の依頼だね。加工中に出る廃材を集めて焼却処理している担当がしばらく休んでいるから、代わりにやって欲しいってさ」
「でもリール、小さいから運搬は出来ないし火魔法もまだ練習中ですよ?」
「何も燃やすだけが処理方法じゃないだろ? 要はゴミが消えてなくなればいいんだ」
「なるほど! それならとくい!」
リールの力は戦闘では非常に便利だが普段は使えない。そんな固定観念があったので、まさかこんな風に暮らしの役に立つとは思わなかった。
「次の休みに向かうって連絡するからね。初日が倉庫、次の日が工場でいいかい?」
「はい、分かりました」
1週間が8日あるフィルゼイトでは、5日間の授業の後に3日間の休日がある。神か。神様のおかげだ。ありがとう四神様。
ただ曜日の表現が無いので、休日に当たる日の事は初日、二日目、三日目としか表現できないのが面倒だ。
「頑張りたまえよ! 終わったらまた受付においで」
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします!」
「ます!」
おねえさんはにこやかに手を振ると、すぐに次の生徒を呼び出して登録作業を始めた。
これであたしも憧れの冒険者になれたのか。まだ『プラウゼン』らしい便利屋の仕事しか出来ないけど、いつかは大冒険して強大な魔物を打ち倒したりとかしたい。その為なら頑張れそうだ。
「やっと済んだのですね。意気込んでた割に列に並ぶのが遅いのです」
「あ、もうみんな登録終わったんだ。何の依頼受けたの?」
「私は花屋の手伝いですね。神殿の掃除と迷いましたが、せっかくなら神官見習いに関係ない仕事をしてみようと思ったのです」
「ハルヒは?」
「図書館の書庫整理。いい本と出合えたらなって」
「本好きだもんね。『治癒』を生かす仕事は勧められてないの?」
「確かにそのほうが能力的には得意だけど、拘束時間が長めで疲れそうだったから」
「ふーん……あたしは倉庫を冷やしてくる。リールはゴミ処理……かな?」
「単純明快で二人にはピッタリですね」
なんだそれ、あたし達だってちゃんと考えてるんだぞ。リサの知識量やハルヒの真面目さには全く敵わないけど……。
「あたしとハルヒもバイトしてなかったし、給料もらう仕事は初めてだよね。よーし、これを足掛かりに冒険者として大成するぞー!」
「おー!」
同調してくれたのはリールだけだったけれど、その時は二人にも手伝ってもらうんだからね。




