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第24話 怖いもの

「あなたの幻覚は、怖いものを見せるというより、トラウマを呼び起こすものなんだね」

「オマエニハトラウマガ無イノカ?」

「あった……いや、まだあるんだろうね、うっすら見えてるということは」


 トラウマを呼び起こす……嫌な記憶を無理矢理引っ張り出す。幻覚を攻撃として使うならとても効果的な方法に違いない。


 実際シュロムやリサはパニックで何も出来なくなっていた。

 リサは入学式前にスライムの大軍に襲われたことがまだ記憶に新しく、それが見えたのだろう。シュロムが見たスタープさんの幻覚は、お店で言っていた「無茶して怪我をして帰ってきた」ということからなんとなく想像がつく。あんなに動転してしまうほどのトラウマがあったら、冒険に出たくないと思うのも無理はない。

 ハルヒも何か見えてた様だが、二人より落ち着いていたのは『治癒』の効果だろうか。それでも元神様を動揺させるのだから強力である。


 しかし、そもそも記憶が無い、またはトラウマごと忘れている人には効果が無いようだ。

 あたしも初めて知った。大体こういうのって記憶喪失のメインキャラがかけられて無理矢理思い出すネタとして使うものだし。

 リールに効いていないのは前者、生まれて一カ月でトラウマになるほどの嫌な事、危険な事に遭わなかったからだろう。

 あたしは後者だ。ただし完全に忘れ切ってはいなかったようだが。



 あたしのトラウマとして現れた両親の後ろ姿。

 朝早く出ていくし、家に帰ってきても仕事疲れからかあまり話はできなかった。遊んでもらった記憶も、忘れたことを抜きにしたってとても少ない。家を出る時、寝室にこもる時、ドアの向こうに一瞬だけ見える背中が一番見ていた両親の姿だった。


 幼い頃はそれが寂しくて嫌で、家出までしたことがある。親を困らせて、もっと構ってもらおうとしたのだ。

 しかし、夜になり辺りが暗くなると怖くなって、結局その日のうちに帰宅してしまった。しかもその日は両親の帰宅がとても遅く、外出していたことすら気が付いて貰えなかったのだ。


 あたしが忘れるより前に、両親が先に自分のことを忘れてしまうのではないか。

そんな風に考えてしまい、それなら構ってもらったって意味がないと、諦めてしまった。

 そのうち、忘れてしまうなら仲良くならない方がお互いに傷つかないと考え始め、友達を作ることも止めてしまい、中学時代を孤独に過ごして────


「ムウ、だいじょうぶ? よしよし」


 リールに頭を撫でられて、あたしは意識を取り戻した。幻覚が効かない、なんて見栄をはっていたらトラウマの波に飲み込まれていたらしい。


「大丈夫だよ、今のあたしにはリールがいるし、学園の皆もいる。それにハルヒも来てくれてる」


 あの考えを改めるきっかけになったのは、高校に入ってハルヒに会ったことだ。……詳細は忘れてしまったが、ハルヒと仲良くしていくうちに忘却への恐怖心が薄れて、友達を作ることがまた出来るようになり、両親とも話をするようになったのだ。

 フィルゼイトに来てからもどんどん友達が増えるし、魔法を使い始めたおかげでそれを忘れることもない。こんなに幸せな生活を手に入れたのだから、昔の寂しさなんてもうどうでもいいのだ。

 それこそ忘れてしまえばいい、というより忘れていたのに。記憶というのはうまくいかないものだ。


 ふと思い立って影の裏側へ回り込んでみたが、そこには顔が映っていなかった。親の顔はとうとう忘れてしまったらしい。


「無理矢理呼び起こしても思い出せないんじゃ、もうだめだなあ。まあいいけど」


 忘れた過去に囚われていてもしょうがない。もっと良く見たら思い出せるんじゃないか、という迷いを振り払うように影から目を背け、狐を睨んだ。


「というわけで、そろそろ止めて欲しいんだよね。仲間がその幻覚にかかって困ってるの」

「…………」

「やめるの、いうことききなさい!」

「ヒイ!」


 あたしの言葉には警戒して構えていた狐が、リールが吠えて近づくとあっという間に振り子を手放した。

 リールの事を怖がるあたり、概念の化身コンゼツォンらしい反応である。


「どうしてこんなことしたの?」

「……気ガ付イタラ森ニ居タ。ドウスレバイイカ分カラナクテ、怖カッタ。ソレヲ『催眠』ノ力ニ乗セタラ襲ッテクル生キ物ガ逃ゲルカラ、ソウシテイタ」


 前半のセリフ、なんだか聞き覚えがあるなあ。リールもあたしのことを見つけなかったら、きっとこうなっていたんだろう。


 今まで疑問に感じてすらいなかったのだが、改めて振り返ると不思議なところがあった。

 誰にも近寄って欲しくないなら、先ほどの大岩のような幻覚を作れば済むのに、あえて個人に合わせたトラウマを見せつける────トラウマというものしか怖いものが思い付かなかったのだ。大岩が動いたら怖いんだと気が付いたのは、あたしがおっかなびっくり触っていたからだろう。


 ひとりぼっちで怖い、この狐にはそのトラウマしか無かったのだ。

 なんとなく、あたしの小さい頃に似ている。だから、助けてやりたいなと思った。


「いきなり森に放り出されたら怖いよね。でもそれを他の生き物にまで強いたら駄目だよ」

「……」


 あたしはゆっくり近づいて、狐に語り掛けた。


「これからもそうしていくつもり? このままじゃずっと独りだよ」

「……サミシイ」

「じゃああたし達と一緒に来ない?」


 寂しい思い出しかないのなら、これから楽しいことを教えてやればいいのだ。自分で見たことのない物を見せられる力を持っているくらいだから、あたしみたいに体験したことを簡単に忘れたりしないだろう。

 それなら立ち直るのなんてあっという間だ。


 狐はしばらく黙り込んだ。リールが急かさないように抱きかかえておこうとしたら、あたしの手を振り払ってリールは狐に近づいて行った。

 もしかして本当に反抗期なの? トラウマ云々より今ので泣きそうになってしまった。


「ぼくがおしえるよ! もりのそとは、たのしいもおいしいもいっぱいだよ!」

「タノシイ? オイシイ?」

「うん、それもね、ひとりよりともだちとやるといいんだよ!」

「トモダチ?」

「ムウと、ハルと、リサと、しゅろと、あとぼくとね! ぼくはリール!」

「リール……」

「『きょむ』のリールだよ! きみは?」

「『催眠』……ヒュプノ」


 ヒュプノはこわばらせていた体の力を段々と抜いていった。リールが明るく接したことで警戒心が解けたようだ。


「よろしく! あくしゅ!」

「アクシュ?」

「おて!」


 リールはヒュプノの手を引っ張り出して、激しく上下に振った。

 ヒュプノはされるがまま驚いた表情で固まっていたが、握手が終わると少しだけ笑顔を見せた。


 見せ場を途中からとられてしまったが、リールが人(?)を説得できるようになった事に、感動で胸がいっぱいになった。

 やばい泣きそう。子供の成長を見ることができた親の気持ちってこんな感じなんだろうな。


「むーちゃん! リールちゃん! 大丈夫?」


 ハルヒが息を切らしてこちらへ走ってきた。幻覚が解けたのだろう、遅れてリサとシュロムが向かってきているのも見えた。


「こっちは大丈夫よー」

「ほら、ぼくのともだちだよ! あいさつ!」


 リールに背中を押され、ヒュプノは全員の顔を見回して恐る恐る呟いた。


「エ、エト……ヒュプノ、デス」

「むーちゃん、この子ってまさか」


 この事件の犯人であると気が付いているらしいハルヒに、ドヤ顔でこう返事をしてみた。


「話が早いね。今度は狐の飼い方を教えてよ」

「幻覚の犯人……ってええ!? 飼うって、この子を!?」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ハルヒと別れてからのことを皆に説明していると、リサがそわそわしながら口を開いた。


「とりあえずキゴンを採取して戻りませんか? 私達だけでは先のことは決められないのです」

「キゴン?」

「何のためにここまで来たと思っているのですか」

「スリルある冒険……冗談だよ、シュロムまでそんな怖い顔しないで。今思い出したところだから」


 一騒動あってすっかり忘れていたが、キゴンの実の採取が探索の目的だ。確かにこれ以上もたもたしていてはタイムアップしてしまう。


「ヒュプノ、キゴンって知らない? 扇形の葉っぱとこのくらいの実をつける木なんだけど」


 ジェスチャーで形を伝えると、ヒュプノは思い当たる節がある表情で頷いた。


「ソレナラスグソコダ」

「よし、案内よろしく!」


 ヒュプノの案内で辿り着いた開けた場所には、キゴンがたくさん生えていた。不自然に実が少ない木もあるので、ここは地図に記されていた場所でクラスメイトが来た後なのだろう。

 そこからリサはきっちり4個だけ採取したのだが、あたしはプラスして2個もぎとった。


「個数を覚えてない訳じゃないですよね?」

「もちろん、人数分だよ。こんなにギリギリの時間ならみんな採取し終わってるだろうし、やっぱりリールと、ヒュプノの分も取らないと」

「ヒュプノノブンモ?」


 疑問の声を上げたヒュプノの頭を軽く撫でて、あたしは微笑んだ。


「リールの友達になったんでしょ? だったらあたし達とも友達、ちゃんと数にいれなきゃね」

「トモダチ……」

「ぷーはもうなかまだもんね!」

「ワワワ!?」


 リールに後ろから抱き着かれて慌てたヒュプノは、少し照れ臭そうに目を伏せた。


「ぷー、いっしょにいこ!」

「……ウン!」

「あ、スープも食べないと減点されてしまうのです!」


 リサはバッグから中身が入ったままの鍋を取り出した。


「ヒュプノも一緒に食べますか?」

「タ、食ベル」

「熱いから気をつけてね。狐って猫舌なのかな?」


 リサもシュロムも、ヒュプノを仲間として扱ってくれている。幻覚にかけられていたのに、怖くないんだろうか。


「二人共無理してない?」

「確かに嫌な記憶を思い出しましたが、お二人が仲間だというなら異論はないのです。先生の受け売りですが、赤ん坊の行動に目くじらを立ててもしょうがないのです」

「何かあっても、ムクさんとリールがまた守ってくれるもんね」


 知らない間に信頼を得ていたらしい。なんだか照れちゃうな。


 スープを受け取ったヒュプノは食べ方が分からない様子だったが、隣に座ったリールが飲んで見せたのを真似して一口啜った。


「おいしい?」

「色ンナ場所ガアッタカイ」

「それはおいしいってことだ!」

「オイシイ!」


 小さな概念の化身コンゼツォン達のやり取りを、あたし達は温かく見守った。


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