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第23話 状態異常・幻覚

 茂みの奥を覗き込んだシュロムはその場に立ち尽くしてしまった。不審に思ったあたしは、シュロムの隣まで移動した。

 すると茂みの奥に一瞬何かの影が見えたが、すぐに消えてしまった。

 何だったのか、と思いながら隣を見やると、シュロムの顔は真っ青になっていた。


「シュロムどうしたの、具合悪い?」

「お、お、お父さんが倒れてる!!!」


 叫んだシュロムは茂みに飛び込み、しゃがみ込んで人の肩を揺さぶるような動きをし始めた。

 ような、と表現しなければならなかったのは、そこにはスタープさんどころか誰もいなかったからである。


「シュロム……? 誰もいないよ?」

「お父さん、ねえ、起きてよ!」


 声を掛け、肩を叩いてもシュロムはパニックから立ち直らず、虚空を揺さぶり続けている。


「シュロムの声が聞こえましたが大丈夫で……!?」

「何かあったの、って、え、嘘」


 異変を感じたリサとハルヒも、立ち上がってこちらに近づこうとした瞬間に動きを止めてしまった。


「スライムの大軍なのです! つ、潰れてしまうのです!」


 リサがその場でひざを抱えてうずくまった。もちろんスライムなんて辺りには一匹も見当たらない。

 こちらも、いくら話しかけて触っても全くこちらを向いてくれなかった。


「……違う、もういないはず。だったら」


 ハルヒも顔をこわばらせて何か呟いていたが、二人のようにパニックになるまでは至らなかったようだ。


「むーちゃん、私達は多分幻覚にかけられてる」

「なんか変なキノコでも食べたの?」

「キノコは鍋で煮込んでる最中でしょう……それにリサちゃんが間違って毒キノコを食べるとは考えにくいよ」


 確かに。ハルヒだってそんなへまはしないだろうし、シュロムだってつまみ食いする間も無くこうなったのだ。

 あたしももちろん食べていない。スープが完成するまで我慢していたのだから。


「じゃあさっき教えて貰ったシュメトリンの鱗粉? でもあれは幸せな幻覚が見られるんだったよね」


 三人共、とても幸せな幻覚を見ているとは思えない状態だ。

 シュロムのことを心配そうに見つめていたリールが、何か思いついたように声を上げた。


「そっくりのにおい!」

「これ、概念の化身コンゼツォンの仕業なの?」

「私もそう感じてるから、間違いないと思う。危険な幻覚を見せてくる魔物が生息してるなら先生が教えてくれるはずだし、そもそも始めての探索に連れてこないはず。だから最近ここで生まれた概念の化身コンゼツォンがやってるんじゃないかな」


 そんな突拍子もなく生まれるものなのか、と質問しそうになったけど、そういえばつい最近宇宙で生まれた子がここにいるなあ。そういうものなのだろう。


「そういえば、リールもなんともないの?」

「おなかすいた」


 煮込み中の鍋の方を見ながら、リールは悲しそうに言った。答えにはなってないが、何かに怯えたりしている様子はないので幻覚にはかかっていなさそうだ。

 何故あたしとリールだけ無事なのか。それも気になるが、まずはこの状況を何とかしなくては。


「幻覚……呪い? それとも混乱? 状態異常を治す魔法なんて習ってないけど、イメージならゲームで鍛えられてるしやってみるか」

「ううん、やってみたけど駄目だった」


 ハルヒはぎこちない動きで首を振った。


「自分に一通りの『治癒』をかけてみたけど、またすぐに幻覚状態になっちゃう。この辺り一帯が概念の化身コンゼツォンの力に覆われてるんだと思う」

「得意のハルヒがやってもダメなら、あたしがやるのは意味ないか」


 治せないのなら、原因を直接叩くしかない。幻覚を見せている概念の化身コンゼツォンを見つけて、止めさせなくては。


「ハルヒ、二人を守ることはできそう? あたし達はその概念の化身コンゼツォンを探してくるよ」

「え!? 危険だよ、封印隊に連絡したから助けがくるまで待ってよう? あと先生にも知らせなきゃ」

「封印隊? 聞いたことあるような無いような……でも時間かかるでしょ、その間何もしないなんてできないよ」


 実際に傷ついているわけでは無いとはいえ、縮こまって震えているリサ、泣き出してしまったシュロム、それに目の前で怯えているハルヒをそのままにしておけない。


「まだ経験は浅いけど、特級に『虚無』だよ? 大丈夫だって」

「……無茶はしないでね」

「まかしといて、無暗に突っ込んで残機減らすのは趣味じゃないから」

「ちょっと、命はストック1つしかないんだよ、ほんとに気を付けてね!?」


 ハルヒがこの会話のノリについてこれるようになったのが嬉しくて、場違いににやけてしまった。

 気を引き締めるために頬を叩いて矯正する。リールを頭の上に乗せて、『そっくりのにおい』がする方角を示してもらった。


「ムウ、あっち!」

「よしきた」


 リールの案内に従い駆け足で進んでいく。

 その途中にも何回か影が見えたが、やはりすぐに消えてしまった。リールは気が付いてないようなので、概念の化身コンゼツォンではないのだろう。魔物に襲われることも忘れないようにしなくては。


 すっかりハルヒ達の姿が見えなくなった頃、代わりに大きな岩が正面に見えてきた。地図に記されていた目印の岩だろう。


「あのおやまからにおう」

「え、まさか大岩が概念の化身コンゼツォンってこと?」


 目印になるくらいだから以前からここに存在していたはずであるし、その可能性は低いのだが、如何せん否定はしきれない。目や槍、携帯電話だっていたのだから岩の姿をしていてもおかしくは無い。


 なるべく物音をたてないようにしながら、恐る恐る大岩へ近づく。指先で岩肌をつつき、「こんにちは」と声を掛けてみて、返事が返ってこないただの岩であることを確認した。


「さすがに岩がしゃべることはなかったかあ」

「オマエ、何故動ケル?」


 少し気の緩んだタイミングで突然そんな言葉が聞こえてきて、あたしははじかれたように大岩から距離を取った。


「え、やっぱりこの岩しゃべるの!?」

「タチサレ!」


 まるであたしの発言を合図にしたかのように、ズズズ……と地鳴りを起こしながら大岩が動き始めた。

 それほど動きは早くないが、確実にこちらへ向かってきている。巻き込まれたらあの重量にすりつぶされて一巻の終わりである。


「おっ穏便に! とりあえず話を聞いてくれませんかね?」

「消エロ! 消エロ!」


 提案も空しく、大岩はスピードを上げてどんどん迫ってきた。それでも後ずさりでなんとか間に合う速度なので、大岩を見据えながら逃げ回った。

 話は成り立っていないが、言葉は通じそうなので落ち着いて貰えたら対話が出来るかもしれない。


「落ち着いて……おや?」


 相手にそうしてもらうにはまず自分から、と冷静になって観察してみる。するとある違和感に気が付いた。

 大岩がこれだけ派手に移動しているのに、地面がえぐれていたり、木が倒れたりしている所が見当たらないのだ。そういえば逃げているときに足を取られたりもしていない。


「もしかして、これも幻覚?」

「ムウ、なんでさがってるの?」


 傍を飛んでいたリールが不思議そうにあたしを見つめている。あたしだけが幻の大岩から逃げ回っていたらしい。


「いや、幻覚って分かっても怖いよこれ。解くにはどうしたら……」


 幻覚を解くといえば、正気を保ってる人に思い切り殴られるか、術者を攻撃するか、より大きな攻撃で術ごとまとめて壊すか……最後のやり方が一番手っ取り早そうだな。殴る係がリールしかいないし痛いのは嫌だ。


「じゃあでかいの一発いきますかー」


 あたしは杖を取り出し、大岩から逃げながら魔力を集めた。地球にいた頃にこんなに走り回っていたら息が切れている段階だが、今はむしろ体が温まったくらいで調子が良かった。

 未だに筋トレしかしていないワキュリー先生の授業に初めて感謝した。


「アイシクル……ん、降らせるわけじゃないからレインはおかしいか……ってああ、まだ技名決めてない! 飛んでかないで!」


 技名を悩んでいる間に勝手に氷の礫が大岩へ向かって飛んで行った。数は50ほど、これくらいなら他の魔法を使いながらでも扱えるくらいには熟練したのだが、あまりにも生成がスムーズすぎた。技名を考えるまでもう少し待っていて欲しかった。


 大岩に礫が着弾すると、辺りの風景が歪んで大岩が元の位置に戻った。やはり幻覚だったようだ。


「コウナッタラ……」


 そして大岩の影から、ゴーグル付きのヘルメットを被った小さな狐が現れた。ふわふわもふもふの黄土色の毛皮に、つぶらな瞳。こんな状況じゃなければすぐにモフりにいっていただろう。

 こいつが概念の化身コンゼツォン本体だろうか、それとも油断を誘うために作った新たな幻覚?


「クラエ!」


 ヘルメットから取り出されたのは、これまた小さな振り子だった。催眠術といえば思いつく、穴の開いた硬貨に糸を通したあれである。

 幻覚を見せるのにあまりにもテンプレートなアイテムを取り出したということは、概念の化身コンゼツォン本体で間違いないだろう。

 狐が一生懸命に振り子を揺らすと、あたしの目の前には何度か目撃していた影が現れて、ある形になった。


「なるほど、そういうことね」

「ナンデ、ナンデ怖ガラナイ!?」

「近くで思い切り催眠を掛けてくれたおかげで、やっと見えたよ」

「ジャア……」

「あたしとリールには、残念ながら効かないよ。いや、あたしには別の意味でちょっぴりだけ効いてるかな」


 あたしの目に映る影は、両親の後ろ姿の形をとっていた。


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