第21話 空飛ぶ魔法
ぬかるみに嵌ったり虫の突撃を食らったりしない様に、辺りをしっかり確認しながら歩くことしばらく。草木が風になびく音に混じって、耳に届くせせらぎの音が段々と大きくなってきた。
「向こうに見えるキラキラしてるのって川かな?」
「そうみたい、やっと着いたね」
渡された地図を見た感覚ではすぐに川まで辿り着けそうだったのに、思いの外時間がかかってしまった。ハルヒは目印に辿り着いてほっとしている様だったが、あたしは4時間で間に合うのか少し不安になってきた。
水が流れる音が近づく度に木々の間隔が広がり視界が開けていき、遂に岸辺に到着した。
川は透き通り、心地よい音をたてて流れている。幅は2メートルくらいだろうか。助走をつけて思い切りジャンプすればぎりぎり対岸に届きそうだ。だが川の流れがそれなりに早く、失敗すると流されてしまいそうなのであまり試したくはない。
「おみず、ばしゃばしゃながれてる」
リールは初めて見る川に興味を持ったのか、顔を水面につけて川の流れに逆らうようにして遊びだした。流されないか心配で様子を見ていると、急に目を見開いて飛び上がった。
「いたい! なんだこいつ!」
リールの下顎には、立派な魚が食いついていた。鱗がギラギラと青く輝いていて、リールの顔と同じくらいの大きさはある。
慌てて駆け寄り助けようとしたら、リールは前足で器用に魚を剥がし、そのままお口へインしてしまった。
「おいしいからゆるそう」
「リール、たくましくなったね……」
元から物怖じしない子だったが、ドラゴンの威厳のような物が身についてきた気がする。
一瞬前まで輝いていた魚の鱗が光を失って、リールの口からぽろぽろと零れた。無造作に魚を噛み砕いているので口元が血だらけだ。
あたしは他に魚が近くにいないことを確認して、川の水でタオルを濡らして拭いてあげた。噛まれた跡が心配だったが、傷にはなっていなかった。
「川に不用意に入れば水生の魔物に襲われるのは常識なのですよ」
「身をもって学びました。流れも速いし、近くに橋もない。凍らせたら……上流が氾濫しちゃうよね。となると、飛んで渡るしかないのかなあ」
水といえば氷、と連想してしまうあたり、水の魔法はまだまだ使えそうにないなあ。
飛行の魔法は習っていないが、魔法使いといえばオーソドックスな魔法だ。ちょっと浮いて移動するくらいなら、魔法の種が2級以上の1組なら誰でも出来るだろう。
しかし、その考えは直後に否定されることになった。
「わあああああああ!?」
上流から悲鳴が聞こえてきて、一斉にそちらを振り向いた。
視界の先には、小さな人影が川を飛び越えるどころか、対岸の木々を超えて吹っ飛んでいくのが映った。チームメイトだろう岸辺にいた3人が慌てて杖を振る。するとその3人も同じようにすっ飛んでいった。
「えっ……なんだ今のは」
「飛行の魔法でよくある失敗なのです。大方、どんな風に飛ぶのか細かくイメージせずに、単純に『空を飛ぶ』ということと『川を飛び越える』ことを混同させてしまったのでしょう」
バサバサと、小枝を折りながら重いものが落ちていく音が聞こえた。特に助けを求める声は聞こえてこないので大きな怪我はしていなさそうだ。
「そうだった、魔法の種って空気読まないもんね、言われた通りのことしかやらないゆとり世代だもんね」
「ゆとりせだい……が何かは知りませんが、確かにイメージを魔法の種に伝えるのは難しいことなのです。焦らず落ち着いて、飛ぶ高さ、速さ、この場合は終着点も明確にイメージすると確実なのです」
リサはそう言うと杖を取り出し、分かりやすいようにイメージしていることを呟きながら魔法を使った。
「高さは魔物がジャンプしてきても大丈夫なように、ムクの身長分くらい。速さはバランスを保てるように、歩くのと同じくらい。ゴールは川の対岸。では、ゆくのです」
唱え終えたリサが杖をくるくる回し始める。すると先程の言葉通りに、高さをもって浮かび上がったリサの体がゆっくりと川の上を滑っていき、対岸に着地した。
「お見事ですリズエラ先生」
「久しぶりに聞きましたねそのあだ名。さあ、皆もやってみるのです! って、リールは付いてきていたんですね」
いつの間に飛んでいたのか、リサの隣にはリールが座っていた。ドヤ顔が可愛い。
「みんなはやく!」
「オッケー、すぐいくよ」
あたしは意気込んで杖を引き抜いた。しかしその間に、ハルヒは慣れた顔で向こう岸へ飛んで行ってしまった。
「うーん、ドラゴンの時より飛ぶの面倒かな」
「羽で飛ぶのと魔法を使うのは違うんだろうね。ていうか早すぎ、なんでシュロムまでもう飛んでるの!?」
「飛ぶのは遊ぶときにたまにやるから、このくらいなら楽勝だよ」
「……お手本、いらなかったのですね」
先程の衝撃映像に比べてあまりに皆が簡単に飛べてしまっているので、リサが愚痴をこぼすのも無理はない。
早くあたしも向こうに渡らなくては。
会話の合間に貯めておいた魔力を確認しながらそう考えていたら、まだ飛ぶイメージがついていないのに魔法の種が輝いた。
一瞬の後に、あたしは対岸の皆の輪の中に現れた。
「……あれ?」
「あれ? じゃないのです! 今のは瞬間移動ですよね」
「多分、飛んでないし……でもこの方が早くて魚にも襲われないし正解じゃない?」
「瞬間移動って結構難しいんだよ」
「お父さんもできないよ、ムクさんやっぱりすごい!」
どこまでが一般的なのかまだ感覚が掴めておらず、こういう時の反応に困る。
難しいって言ってるハルヒがこの前やってたことだし……ってこの子は神様だった。
「ムウ、しゅろ、ぼくもすごいよ!」
リールが対抗心を燃やしてあたしの頭の上で尻尾を振った。頭に当たる衝撃の威力が上がっている気がする。
というか、リールはさっきまで地面にいたはずだ。いつの間に移動した……?
「もしかして、あたしの魔法を見て瞬間移動覚えたの?」
「しゅん! しゅん!」
可愛らしい効果音と共に、リールは地面とあたしの頭上とを瞬間移動で往復してみせた。
「もう、二人共常識を弁えてください! 入学式の時はハルヒ様が瞬間移動していましたし、出来ない方がおかしいみたいじゃないですか……」
「リズエラちゃんに同じく、凄すぎてよく分からなくなってきたよ」
子供には少々刺激が強すぎたようだ。出来るものはしょうがないんだけどな。
とりあえず全員無事に川を渡ることが出来たので、森の更に奥へと進み始めた。次の目標は大きな倒木だ。
先程まで辿って来た道よりは木々がまばらで進みやすい。
軽快に進んでいたのだが、シュロムの背中が段々丸くなってきた。疲れてきたのだろうか。
「シュロム大丈夫? 少し休んでく?」
「あ、疲れた訳じゃないんだ。ムクさんやリールみたいに魔法が上手くなりたいけど、僕の魔法の種は2級だし無理だよなって考えてて」
「そんなことないよ。飛ぶのは上手だし、やってみなきゃ分からないよ」
「いいんだよ、前にも言ったけど、危険なことはあんまりしたくないんだ。お父さんみたいに商人になるなら、街から出ないで済むような方法でやっていきたいな。それか、役人になるのも危険がなくて良さそう」
話の流れで聞かされたシュロムの目標は、11歳とは思えないほど現実的な目標で、夢を持っていないあたしからしてみても夢の無い内容だった。リサもお父さんの仕事を継ぐって決めているようだし、フェアユング先生が嘆くのも分かる気がした。
「せっかく学校に来たんだから、もっと挑戦してみようとは思わないの? ここで魔物倒すぞー! とか」
「自分から行くのは駄目って言われてるじゃん。先生が見てるところなら安全だろうからいろいろやるけど、今は何かあってもすぐ来てくれるとは限らないから嫌だよ」
森に来るまでの道中で騒いでいたのとは別人のようだ。変に憶病すぎる気がする。これ以上はおせっかいになってしまうだろうか。
「静かに、魔物が見えました」
もう少し話を聞いてみようとした所で、リサにストップをかけられた。
指さす先では、草むらの中に大きな木槌が動いているのが見えた。




