第19話 課外授業の準備
「今日の授業はここまでにしておこう。残りの時間は来週の課外授業に向けての話し合いの時間とする」
いつもより早めに授業を切り上げたフェアユング先生から、そんな言葉が告げられた。
聞きなれない言葉にざわつく教室を咳払いで沈めると、先生は課外授業について説明を始めた。
「授業も進んできて、知識も体力もそれなりについた頃じゃろう。実際に使うことで、それはより確実にお主等の力となる。よって来週末は、一日かけて町の外で授業を行う」
ここの授業は面白いものばかりだが、やはり座学が続くとだれてくる。そこに舞い込んだこの話は、生徒たちを大いに活気づけた。
ここから歩いて1時間程の場所にあるウルドの森で、キゴンと呼ばれる木の実を採取するのが目的だ。魔物も出るが、弱いものばかりなのでよく課外授業に使われる場所らしい。
4人一組で行動し、木の実は一人1個ずつ、つまりチームで4個とってくる。取りすぎると他のチームに行き渡らなくなる可能性があるので数は厳守だ。
魔物に遭遇したら、戦闘が主目的ではないため向こうから攻撃してきた場合のみ応戦すること。好戦的な魔物はいないため遭遇しても逃げていくことが多い。
昼ご飯は食べられる草や木の実を見つけて食べること。食べずにいると知識が無いとみなし減点される。……などと細かいルールが説明された。その後森の大まかな地図が配られた。
「なんだ、ギルドが活発じゃないとか言っておきながら探索クエストみたいなのやるんだ」
授業中なので呟く程度に留めたが、実際めちゃくちゃ興奮している。あたしの体には俄然やる気がみなぎってきた。
「キゴンの特徴は授業で教えた通りじゃ。生えていそうな場所をチームで予想して探索するのじゃぞ」
「質問です、リールは人数に含まれますか?」
「虚無くんは赤ん坊だから夢心君とセット扱いじゃ。少なくとも今年中はそうなる」
「じゃあハルヒとリサで三人か、あと一人どうしよう」
すっかり4人でいることに慣れてしまったため、新たに一人探すというのはなかなか難しい。既にクラスの中でもグループが完成しつつあり、今回のチームもそれに沿ってほぼ出来上がっていた。
隣の席のランズ……は概念の化身同士で意気投合しているのでそこでチームを組みそうな雰囲気だ。
ではジョートリスくんなら……と思ったが既に何人からか勧誘を受けている。先を越されてしまった。
他にあたしが名前を憶えているような子はまだいない。どうしたものか。
「僕をいれてくれない?」
辺りを見回しながら悩んでいたところへ、リサの前の席に座っていた少年から声をかけられた。
「おお、ありがたい! みんなもいいよね?」
年上の異世界人が混じった異質なメンバーに声をかけてくる人がいるとは思っていなかった。あたしの号令に、三人は揃って頷いた。
「ありがとう。僕、シュロムっていうんだ。得意な魔法は水だよ、よろしく」
シュロムは椅子から身を乗り出して挨拶した。ごく普通の小学生といった印象である。今まで出会った人達の個性が強すぎて、それでも新鮮に感じた。
「水って、あたしがまだ使いこなせてないやつじゃん! 頼りにするね」
「特級でも使えない魔法あるんだ。でも今回の授業で使うか分かんないよ」
「いやあこれで氷、草、水、回復にリールは闇魔法と考えると、かなりいいチームになったんじゃないかな。あ、雷が来たらちょっと辛いか」
「雷を使うような魔物は森にはいないよ?」
「ごめんね、むーちゃんの悪い癖だから気にしないで」
頭の中がゲームのステータス画面でいっぱいになっていたが、ハルヒの冷たい一言で現実に引き戻された。
「しまった、これはゲームではない。早く作戦立てないと!」
気を取り直してあたしの机の周りに皆を集め、改めて地図を確認した。
スタート地点と書かれているのは森の南端。縮尺が不明だが、そこから少し北に移動すると川がある。その先には目印になりそうな大きな岩や倒木、開けた場所が記されている。もちろんキゴンがどこに生えているかは書かれていない。
あたしは薬草学のノートを取り出し、キゴンの特徴を読み上げた。
「幹は細長く、扇形の葉をつける。実は魔法の種より一回り大きいくらいで、ごつごつした皮に包まれている。湿気が多い所を嫌い、特に日差しを好むため周りの木々に覆いかぶさるように葉を広げる」
「となると川の近くには生えませんね。日差しを受けるなら開けた所に生えている可能性が高いのです」
「結構奥まで進まないといけないか、まあスタート地点から見えるところに生えてたら探索の意味ないもんね」
あたしは開けた場所と書いてある地点に〇を付け、それで満足していたが、リサはあたしのペンを横取りして大きな岩の部分にも〇をし、更に倒木には△をつけた。
「目印になるくらい大きな岩があるということは、多少植物が間引かれています。その隙間を狙って生えている可能性はありますね。倒木は、倒れた時期が最近なら日差しが入り込んでいますが、その養分を狙って様々な植物が根を伸ばすので微妙なところなのです」
「そこまで考えられるのか、得意分野なだけあるね」
「このくらい当たり前なのです。この課題はいささか簡単すぎるのです」
リサのいつものドヤ顔は無く、むしろ課題の難易度に不満げな様子だった。
「最初だから、きちんと授業を聞いていれば簡単なようにしてるんだよ。わざわざ遠出するのに、いきなり難しい課題だとみんな詰まって意味が無くなっちゃう」
「ぼくはたのしいほうがすき!」
「ハルヒ様に、リールまでそう言うなら引き下がりましょう。ならばこの課題、完璧以上にこなしてやるのです!」
リサのやる気がなんだか凄まじい。
「完璧以上って、キゴンは取りすぎたら駄目なんだよ?」
「言われなくても分かっているのです。例えば珍しい薬草を採取したり、食事もきちんと調理して先生にお裾分けする分まで作ったりするのです!」
「おお、それいいかも。賛成、やってみよ!」
返答は聞くまでもなく、皆興味津々にリサの話を聞いていた。
リサの知識量は豊富で、ウルドの森に生えている薬草を10ほど、食べられる木の実や草、キノコを……これは数えきれないくらい語ろうとしていたので途中で止めたが、とにかく沢山教えてくれた。薬草学2年分くらいはもう単位を認めてあげても良いんじゃないだろうか。
これらを回収するための道具や調理器具を考え始めたところで授業時間が終了し、放課後に買い出しに行く約束をして一度解散となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
男性と女性で寮は分かれているため、一旦部屋に戻って準備を整えてから再度学校の前に集合したあたし達は、『スタープ魔法用具店』へ再び足を運んだ。
息を吐いて身構えてからドアを開ける。初回ほど入口の近くにはいなかったものの、やはりスタープさんの図体は迫力があった。
「いらっしゃい! 久しぶりな顔と、初めましての顔……と、おかえりぃ!!」
初めましてはリサとシュロムのことだと思ったのだが、なんだかスタープさんの様子がおかしい。磨いていた杖を放りだして、凄い勢いでこちらへ向かってきた。
身の危険を感じたあたしとハルヒは直前で回避し、とっさのことに反応できなかったリサは硬直してしまっていたがギリギリ進路を外れてぶつからなかった。しかし一番後ろにいたシュロムはもろに巨体のタックルを食らってしまった。
満面の笑みを浮かべたスタープさんは、剛腕をそのままシュロムに回してハグした。
「パパ、苦しい、首締まってる……」
「スタープさん、シュロムが気絶しそう!」
「おおお、すまんすまん。久しぶりだったからつい……。シュロム、帰ってくるなら言ってくれれば良かったのに」
「今日はお客さんとして来たんだよ。みんなと一緒」
「そうか、お友達が出来たのか。パパは嬉しいぞ」
「……パパ? スタープさんとシュロム、親子なの!?」
あたしの疑問にスタープさんは笑顔で、シュロムは解放されたものの苦しそうに咳込みながら頷いた。
「そうさ、ここから学校までそんなに距離は無いのに、全寮制だからって離れ離れになってしまってな。パパは凄く寂しかったんだぞ」
「まだ二週間もたってないよ、大袈裟だな」
過保護オーラを放つスタープさんから少し離れてそんな風に呟くシュロム。よく見ると顔が似ている気がする。将来シュロムもこんなムキムキになるんだろうか……。
我が子を存分に愛でてから、ようやくスタープさんは店主の顔に戻った。
「で、今日はどんなものをお探しで?」
「来週ウルドの森に行くんです。その為の買い出しを」
「なに!? こんなに早くモンスターの出る場所に行くなんて困るぞ……その日は臨時休業して護衛に行くか」
「いや、それじゃ授業の意味が無くなっちゃいますから。あたし達が付いてますし!」
「んまあ嬢ちゃん達が強いのは分かるが……」
「でも、行くなとは言わないんですね」
心配そうにするスタープさんの気持ちは分かるが、だからこそ行くことは止めようとしない点が引っかかった。
「そりゃ俺もしょっちゅう素材集めに冒険してたし、それで家族に迷惑をかけたこともある。それに男はスリルとロマンを求める生き物だ。止めることは出来ないさ」
「パパは無茶ばかりしてよくケガして帰ってきてたもんね、僕は痛いの嫌だからそんなことしないもん」
あらら、反面教師にされてますよ。
スタープさんはバツが悪そうに頭をかいた。
「そ、そろそろお会計をお願いしたいのですが」
リサは先程の騒動から立ち直って、いつの間にか商品を沢山抱えていた。切り替えが早いというか要領が良いというか。初対面のインパクトがあたし達よりも強くて近寄れなかったのだろう。
「そうだった、客として来てたんだったな。毎度あり!」
支払いはみんなで割り勘をして済ませた。
名残惜しそうに店の玄関からずっと見送るスタープさんの視線がようやく無くなったところで、あたしはシュロムに謝った。
「ごめんね、家族のお店だと知らずにあそこに行っちゃって」
「ううん、ちょっと暑苦しいパパだけど元気でよかった」
「シュロムはお父さんの事好きなの?」
「うん、バカな事もするけど好きだよ!」
不満を言いながらも、シュロムは嬉しそうに答えた。
「ナカガワさんもそうでしょ?」
「夢心でいいよ。……お父さんかあ」
言い淀んだあたしを心配そうに見つめるハルヒの顔が視界の隅に見えたが、大丈夫だと笑い返してこう答えた。
「お父さんもお母さんも働き者だよ。好きかどうかは分からないけど、色んな事を教えて貰ったよ」
仕事ばかりしてると子供が寂しがるとか、ついには家出しちゃうこととかね。
それを口に出さないくらいは空気を読んだ。
シュロムは難しそうな顔になった。
「分かんないの?」
「そういうお年頃なのよ、シュロムももう少し大人になったら分かるよ」
11歳は思春期というには微妙な時期だ。どう表現していいのか分からない、この複雑な心情を理解するにはもう少し時間がかかるだろう。
それよりも、このことをまだ覚えていた、フィルゼイトに来る前の記憶が残っていたことにあたしは安心した。寂しかった、というのはもう記憶の中にあるだけで、今は思い出してもなんとも思わなくなっているのも好都合だった。どうせ今日も遅くまで帰ってこないんだろうな。
まだこちらを気にしているハルヒの眉間をほぐしながら、あたしは久しぶりに感じた『懐かしい』という感覚に満たされた気持ちになった。




