第18話 学園長室でのひと時
「はぁー疲れた。年始めは書類仕事が多くてやんなっちゃう。秘書とか雇うべきかなーってあれ!? いつの間に来たのフェアユングくん!?」
「いや、ノックしたし絶対分かっていたよな。して愚痴を聞かせるためにわざと大声を出していたじゃろ」
「バレた?」
「もう慣れたわい。仲河夢心を連れてきたぞ」
「ご苦労様~、二人共座って座って、お茶用意するね~」
ドアの向こうにいたのは、机に脚を乗せて椅子に寄りかかり、脱力しながら愚痴をこぼすアオーグ学園長だった。入学式の時の威厳はどこへやら、家でくつろいでいるかの様にすらりとした手足を投げ出している。
アオーグ学園長はだらしない姿を見られたことは全く気にしていない様子だった。あたし達が来てからもそこまで姿勢を正すことなく、指先をだるそうに振って散らばっていた書類を魔法で机の隅に積み上げた。
入学式の時は話が長くてすぐに興味を無くしたため、こうしてきちんと姿を見るのは初めてだ。
学園長、という割に見た目はとても若い。20代くらいに見える。ゆっくり伸びをしながら椅子から立ち上がったことで高身長であることも分かった。茶色がかった黒髪は、あっちこっちに跳ねている。癖毛というよりは、手入れを面倒くさがった結果のぼさぼさ頭という印象を受けた。
案内されたソファーに腰掛けると、目の前をカップや急須が舞い、魔法であっという間にお茶が用意された。アオーグ学園長がやったのだろうが、そんな素振りは見せなかった。流石魔法の学校のリーダー、これだけ魔法が使えるなら秘書なんて要らないだろう。フェアユング先生の言う通り、あの愚痴はわざと言っていたに違いない。
「でもさ、秘書は欲しいな……駄目かな?」
「昨年の収支報告書見たじゃろ? 魔法の誤爆で校舎の修理費がかさんでいる。残念ながら、新しく人を雇う余裕は無い」
「ううう……いじわる……」
フェアユング先生に諭されて、アオーグ学園長は嘘泣きを始めた。
茶番なのは分かるが偉い人にどう突っ込めばいいのか。戸惑っていると、誰にも相手にされなかった学園長はすっと立ち直り、あたしに手を差し出した。
「やあやあ、君が地球からやってきた仲河夢心くんだね。ようこそ」
「あ、どうも。こちらこそ、受け入れてくださってありがとうございます」
あたしも手を出して、握手を交わした。黒縁メガネの奥から細い目がのぞく。優しい視線だが、観察されている気がして少し落ち着かなかった。
「故郷と環境は違うだろうが、元気にやっているようで何よりだ。学校が始まる前に、同じクラスの生徒を助けてくれたようだし、君のおかげで被害が増える前に公園のスライムも駆除できた。ありがとう」
「あれは友達だからすぐ行動できたことですし。でもそれでお役に立てたなら良かったです」
先程の茶番から一転して真面目な口調になったので、なんだか調子が掴めない。この世界の偉い人はどうしてこうお茶目なのだろうか。
「学校が始まる前に友達が出来るなんて凄いね」
「最初は嫌われてたんですけどね。神様に言われて仕方なく……あ、今は仲良しですよ! それにハルヒとリールもいますし」
「ああ、一緒に来た概念の化身達か。あの二人も特級魔法の種に負けず劣らず凄い存在なんだよねー。今年の一年生は凄い子ばかりで楽しいよ」
学園長が対面のソファーに座りお茶をすすった。あたしにも飲むように目くばせされたので飲んでみた。
地球で飲んでいたものと比べて渋かったが、顔に出すのは失礼なので我慢して、口に含んだ分は飲み切った。さっきの魔物の肉は美味しかったのになあ。
フェアユング先生は横で静かにお茶をすすっている。とても様になっていた。中身がおばあちゃんなだけはある。
「地球って言ったっけ。君が元々暮らしていたところはどんな場所なんだい?」
「えっと、魔法は無いですね。想像上のものだと思われてます。神様もそういうものだったので、実際に会えるなんてびっくりです」
「気軽に会いに行けるような存在ではないけどね。でも神様と対話出来ないのに成り立っている世界とは興味深い。そういえば四季はあるんだよね」
「はい、でも大体の場所では3か月……90日くらいで移り変わります。一部には、ずっと夏とかずっと冬みたいな場所もありますけど」
「季節の移り変わりがあったら全部の季節に備えなきゃいけないから大変そう……。僕実は面倒くさがりだから辛いな。それからそれから?」
「えっと他に、ううん……」
違う世界のことを紹介しろと言われても何を話せばいいのか困る。……という理由なら良かったのだが。こちらに来る前のことはどんどん頭から消えて行っていて、説明できるくらいまとまって覚えている事柄があまり無かったのだ。
「ごめんなさい、うまくお話しできなくて」
「いいんだよ、君の事情はトゥーリーン様から聞いてるから。こちらこそ嫌な思いをさせちゃってごめんね」
せっかく振ってもらった話題を途切れさせてしまい、どうしようかと思っていたら、アオーグ学園長が怪訝そうな顔で話しかけてきた。
「うーん、なんだか概念の化身達の気配を感じるんだよね。まさか服の下に、あの小さなドラゴンを仕込んだりしてないよね?」
「リールなら置いてきました。もしかしてこれですか?」
あたしは腰に付けたホルダーから杖を取り出した。それを見るや学園長の細い目が大きく開かれ、手を伸ばして杖を優しく撫でてきた。あまりにも幸せそうな顔をしていたので、ついなされるがままにしてしまったが、他人に杖を触られるのが良い気がしなくて少し身を引くと、学園長はハッとして手を下げた。
「ああ、ごめんね、凄く綺麗で強い魔力を感じたから見惚れてしまったよ。あの二人の素材から作ったのかい?」
「はい、お店にあったものじゃ合わなくて、店員さんがそう提案してくれたので……二人共快く引き受けてくれて感謝してます」
「そうか、うん、とても素晴らしい」
なんだか含みのある言葉だったが、突っ込みようも無かったのでそのまま聞き流した。
「あれ、そういえばここに呼び出されたのってどんな用事なんですか?」
「え、特級なんて久しぶりにきたし、異世界人とお話ししたかったんだよね」
「……それだけ?」
「うん。珍しいもの見たさだよ。『目』だけにね」
それだけの為にわざわざ呼び出すことがあるのだろうか? 部屋に入った時のあのお茶目が素ならあり得るのか……?
それに学園長はうまく言ってやったみたいな顔をしているが、何のことだか分からなかった。
「あ、言ってなかったっけ。僕は『目』の概念の化身なんだ」
「……え!? 学園長まで概念の化身!?」
クラスにもそれなりの数がいたので、人間と分け隔てなく暮らしているんだろうと想像はついていたが、まさか魔法学園のトップまで概念の化身だとは思わなかった。
「行ったことある場所ならどこでも視えるのさ。トゥーリーン様に加えて僕の『目』まであるからこの辺りの治安はバッチリ。ただそのせいで女子寮には絶対にいれてもらえないんだよねー、僕覗きとかしないのになー」
「だから儂等が部屋に来るのは絶対分かっていたんじゃよ。学園長は適当だから、話はあんまり真に受けないで聞き流すのが良いぞ」
「フェアくん、僕泣いちゃうよ……大事なお目目が腫れちゃうよ……」
ここまで軽くあしらわれていると可哀想に思えてくるのだが、フェアユング先生の慣れた様子を見ていると、こうなるまでに長い道のりがあったのだろう。
治安がバッチリというには、スライムの繁殖を見逃していたりジョートリスくんが爆発騒ぎを起こしていたりしたが、まあ全部をくまなくみるのは難しいんだろう。
「ん、ぼちぼち時間じゃな」
「おや、そろそろ次の授業か。迷わないで戻れるかい?」
「はい、大丈夫です。失礼しました」
本当に雑談だけで終わってしまった。これで良かったのかなあと疑問を抱きながらも、これ以上長居すると授業に遅れそうだったので、一礼して席を立った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夢心が学園長室を後にしてすぐ。フェアユングは空になったカップを置き、真剣な表情でアオーグに尋ねた。
「どうじゃった」
「うーん、正直芳しくないね。目覚めの儀式が遅れた弊害、ではないだろう。あの子の記憶は呪いで削られている」
アオーグは書類の山から一枚の紙を取り出した。夢心の魔力紋である。
所々小さな穴があいた、複雑な模様。それを見て、二人共神妙な顔つきになる。
「やはりその虫食いは、只事では無かったようじゃな」
「僕も初めて見たからびっくりしたよ。特級の模様なのかとも考えたけれど、これは魔力の流れを表すものだ。ぶつ切れに描かれるなんてあり得ない」
魔力紋の虫食い部分をなぞりながら、学園長は夢心を『観察』した結果を考察する。
「問題は、呪いの詳細が不明なんだよね……」
「お主の『目』をもってしても分からぬのか」
「いやいや、僕なんて概念の化身からしたらそこまで強くないから。夢心くんと一緒にいる二人の方がよっぽど強い。でもあの子たちは呪いに気付いている様子が無い」
アオーグは紙を書類の山に戻し、肘をついてため息をついた。
「トゥーリーン様も気が付けば教えてくれるだろうし……となると四神様と同等かそれ以上の強さを持った存在によるものと考えられる」
「それは厄介じゃのう。どうする」
「今すぐにはどうしようもできないよー。まあすぐ死ぬことは無さそうだし、様子見しつつ調べてみよう」
「さらっと命に係わると言いおったな。本当に、面白いクラスの担任になってしまったよ」
口調とは裏腹に重たい空気が流れる学園長室に、授業の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。フェアユングは「よっこらしょ」と重い腰を上げて瞬間移動のための魔力を集め始めた。
「儂も授業だというのに、いかんいかん。今の話でいくと、今度の課外授業には問題なさそうかね?」
「うん、魔法が暴発するって可能性は無いね。でも本気を出さなくたって、あの子はもう森ごと凍らせることが出来るね」
「かっ、なんとも末恐ろしいのう特級というやつは。是非とも研究を手伝って貰いたいものだ。ではな」
話しながら魔法を組み上げていたフェアユングはそう言うと、かかとをトンと鳴らしてその場から消え去った。
「興味も沸いたしすぐ調べたい所ではあるんだけど……まずはこの書類の山を片付けないとなあ。全く、なんでも見えるけどそれだけだからなあ僕ってば。治安バッチリとか見栄も張っちゃったし。『目』だけに」
アオーグはソファーから立ち上がり大げさにため息をつくと、のろのろとした動きで仕事を再開した。




