第17話 魔法学園の授業
「なにここ滅茶苦茶楽しい!!!」
授業が始まって一週間が経った。
あたしは学園の食堂で、リールとハルヒ、リサと昼食を取っていた。
今日のランチは魔物の肉の煮物である。何の肉か明記されておらず不安だったが、高学年の実習で狩ってきた獲物らしくリーズナブルなお値段だったので注文した。鶏胸肉のような食感で少しパサパサしているがおいしい。
シュプリアイゼン魔法学園という場所は、未知の体験に満ち溢れていた。
「無邪気すぎて、本当に年上なのか疑うくらい楽しんでいますよね」
リサがパンをかじりながらツッコミを入れてきた。
そう見られている自覚はあったが、気にならないくらい毎日が楽しくてたまらないのだ。リールが目標にしてくれたおかげだろうか。
「たのしい、おいしい、しあわせ!」
「いやほんとに仰る通りですよリールさん。楽しんで何が悪い」
もちろん学業もちゃんと取り組んでいる。
大半の学生が年下なので、先生たちの教え方はあたしからすると多少子供向けである。しかしフィルゼイトに関するあたしの知識は周りのレベルに達していないので、むしろその方が分かりやすくて良い。
記憶力がだんだん良くなってきたのもあって、印象的な授業は多く頭に残っている。
まずは担任のフェアユング先生の『薬草学』。薬草と銘打ってはいるが、1年生は身近な植物、野菜のことから学んでいく。もちろん知らない野菜ばかりなのだが、たまに見た目が似ているものや名前がそっくりなものがあって興味深い。
何故かネギだけは見た目も味も名前も一緒だった。何故だ。
それから『歴史学』。この世界の成り立ちを様々な視点から教えてくれる。
授業内容はもとより、この授業のポイントが高い所は先生にある。ビリス・ジェスヒートという若い男の先生なのだが、一言で表すなら『ひ弱メガネ童顔男子』だ。
「失礼します……」と言って猫背で教室に入ってくるし、誤字を指摘されるとすごい勢いで謝ってくるし、授業中に入ってきた羽虫に驚いてひっくり返る。その度に生徒から笑われているが、それを怒るどころか「ちゃんとしなきゃ……」としゅんとしてしまう始末だ。母性本能をくすぐられるというか、守ってあげたくなる。
そういうハプニングが無ければ、授業はしっかりやってくれる。話が調子ついてくるとニコニコしながらつい関係ない知識まで披露してしまうのも可愛い。
「あんな弱弱しい先生が壁の魔除けを張っているなんて信じられないのです……もっと強そうな人かと思っていました」
「学園の先生になるくらいだから、実力はあるんでしょう。あの様子を見てると確かに不安になるけど……」
リサとハルヒはビリス先生に不満があるようだ。確かに頼れる先生かと言われると微妙なところではある。
「まあまあ、可愛いから許そうよ。授業面白いし! まさか魔法の種がミトコンドリアだとは思わなかったよ」
「その例え、私が言ったんだよ。むーちゃんはミトコンドリアの事覚えてなかったのに」
「いいじゃん、細かいことは気にしないの」
大昔、フィルゼイトにいた人間の祖先は魔法が使えなかったらしい。魔法を使える魔物にやられて絶滅しそうになった際に、小さな宝石の様な魔物を体内に取り込んだことで魔法が使えるようになり、現在まで生き残ってきたという。それが現在の魔法の種の元になったとされている。
ミトコンドリアも人間の祖先(というには前過ぎるけれど)の生き物がバクテリアを取り込んだのが始まりだから似ている、と授業の後にハルヒが言っていたのだ。
「魔物と共生してるんだよ? 言い方を変えると内に宿しているんだよ? あら厨二病ホイホイな設定、あたしそういうの大好きよ」
「ずるい、ぼくもムウのなかにはいりたい」
魔法の種に嫉妬したリールは、ぐりぐりとあたしに体を擦り付けてきた。今日も虚無が可愛いです。
「私が驚いたのはワキュリー先生の実戦授業かな。まさか魔法よりも体を鍛えることをメインにしてくるとは思わなかったよ」
「確かに、あの授業もいろいろイメージと違ってびっくりしたなあ」
いわゆる体育の授業に相当するのだろう、実戦授業を担当するのは女戦士のワキュリー先生。先生の魔法の種は4級。学園に入学してくるどの生徒よりも等級が低いのだが、凄まじい雷の魔法とそれにひけをとらない剣舞で頑丈な的を木っ端微塵にしていた。
『等級が高い奴ほど魔法に頼る。そして魔法が使えなくなった時真っ先に脱落してしまうのだ。だから魔法に限らず、あらゆる手段で戦い身を守る事が必要だ! その方法を貴様らに叩き込んでやる!』と宣言され、今まで3回あった授業が筋トレと木剣の素振りだけで終わっているのが現状だ。少しも手を抜くことが許されず、まるで兵士を養成しているかのようだった。
「あの授業って魔法も習うんだよね……? その気配が無さ過ぎて心配」
「先生がお手本で使っていたのであると思いますが、しばらくは只の筋トレになりそうですね……」
どちらかというとインドア派なリサは授業のたびにぐったりしていたので、苦手な教科になりつつあるとため息をついた。
「私はもちろん薬草学が一番好きですが、商学もとてもためになりますね。計算はあまり習っていないのでしっかり身に着けたいのです」
「うーん、正直あれはパスしたい……」
『商学』とは商売に関わることを学ぶ授業で、しばらくは簡単な足し算引き算と文字の練習に充てられる。要するに小学一年生の国語算数である。
文字は翻訳魔法でどうとでもなるし、流石に四則演算は出来るので、もっぱらリールが一生懸命勉強しているのを眺める時間になっている。
「リールにヒントあげたりするのも楽しいんだけど、基本的に暇だからなあ」
「むーちゃんも文字覚えればいいのに。翻訳魔法を使えない場面だってあるかもしれないよ?」
「ハルヒがワキュリー先生みたいなこと言ってる!」
こんな風に雑談をしながら4人で昼食を食べるのが習慣になっていた。
高校でも何人かで固まってお弁当を食べていた気がするのだが、もう日記無しにはハルヒ以外のことが思い出せなくなっていた。少し寂しいが、過ぎた事はしょうがない。
今はこの楽しい時間を頭に刻んで、忘れないようにすればいいのだ。
「仲河夢心、探したぞ。学園長がお呼びだ」
ご飯を食べ終わり、次の授業が始まるまでのんびりしていようと思っていた矢先、後ろから声をかけられた。しかし振り向いても傍には誰もいない。
「……気付いておるのじゃろう? 目線を下げないか」
「はーい、ごめんなさい先生」
言われた通りに下を向くと、フェアユング先生がムスッとした顔で立っていた。
先生が小さな男の子の姿である事にも慣れてきて、特に身長の高い生徒の間ではこのように見えないふりをして先生をいじるのが流行っていた。
「学園長の部屋まで案内するから付いてきなさい。虚無くんは置いて一人でな」
「ぼくはいけないの?」
「呼ばれているのはこやつだけじゃからな。次の授業までだからそんなに長くはかからん。待っていなさい」
「……おばーちゃんのばかあ」
リールは、今度は嫌がると分かっていて先生のことを『おばあちゃん』と呼んだ。先生の額に皺が寄るが、ギリギリのところで怒りをこらえているようだった。
「リール、人が嫌がるようなこと言っちゃいけません」
「いやなことしてきたの、おばーちゃんだもん! ムウについてっちゃだめって!」
「それを命令してきたのは学園長だから、先生は悪くないんだよ。あたしもさみしいけど、すぐ戻るから待っててね?」
「……わかった、まってる」
しゅんとして縮こまってしまったリールを撫で、ハルヒに預けてあたしは席を立った。
「お騒がせしました、案内お願いします」
「なんだかお主等の関係は、友達とか相棒というより恋人のようじゃな」
先生はため息をつきながら言ってきたが、あたしは嬉しくなってしまった。
恋人がいたらこんな感じなのだろうか。離れるのが寂しいって言ってくれるのは、必要とされている実感があって嬉しい。
「褒めた訳ではないのじゃが。異世界人は鈍感なのかねえ」
「あ、それは分かってます。分かってて照れてます。えへ」
「……行くぞ」
先生はあたしのボケをスルーして、足早にその場を立ち去ろうとしたので慌てて後を追った。
食堂を出てすぐ階段を上り、ずっと奥まで進んでいく。角を曲がると突き当りにある、周りの部屋より一際立派なドアが目に飛び込んできた。上に飾られたプレートには『学園長室』と書かれている。
先生は軽くノックをして、そのドアをゆっくりと開いた。
「失礼します」




