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第16話 夢のための目標

「はあ……」


 部屋に戻って何回目のため息だろうか。あたしは宿題として渡されたプリントに頭を悩ませ続けていた。


 夢を見つける為、という理由もあってここへ来たのに、いきなりそれを問われても非常に困る。

 かといって適当に書くのは嫌で、素直に『なし』と書くのは論外。八方塞がりになっていた。


「ムウ、かけた! みてみて!」


 リールにも同様の宿題は渡されていた。どうやら一足先に書きあがったらしい。

 歯型のついたペンと共に、それを受け取った。


「どれどれ」


 そこにはつたない異世界の文字で、『つよくておおきくてやさしいこんぜつぉん!』と書かれていた。

 いつの間に文字を習得したんだ。


「ムウくらいつよくて、ハルくらいおおきくて、みんなみたいにやさしくなるの!」


 子供らしく真っすぐで素晴らしい目標だった。

 褒めてあげたいところなのだが、どうしても劣等感を抱いてしまいそんな気になれなかった。


「リールでもこんなにしっかりした目標が書けるのに……」

「ムウはかいてないの?」

「うう……みなまで言うな……」


 リールの無垢な言葉が今は心に突き刺さる。自分の宿題を終わらせて人の真っ白なプリントを気にするなんて、本当に『虚無』らしくない子である。


「魔法をちゃんと使って物忘れを無くす、っていうのは夢というか目標ではあるけど、そうじゃないよなあ。ここの職業とかまだ知らないし、勉強を頑張る……のは当たり前って怒られそう。何書けば良いんだあ」


 机に突っ伏して、腕をバタバタさせて空しい抵抗をした。リールが面白がって、動きに合わせて前足を動かしている。


「記憶力……そういえば、ほんのちょっぴりだけど良くなってる気がするんだよね」


 まだまだ人より忘れっぽいことには変わりないが、明らかに変わったことが一つある。

 出会った人の名前を憶えていられるようになったのだ。


 目覚めの儀式を行ってから出会った人たち……トゥーリーンにリサ、灰色の少年ジョートリスは今日まで名前は知らなかったが存在はずっと覚えていた。それにマッチョな杖職人のスタープさんに、ショタババアのフェアユング先生。以前から考えると有り得ないくらいの人数をはっきり覚えているのだ。


 リールは出会った翌朝布団の中で押しつぶしても思い出せなかったし、ハルヒのことも覚えるまでしばらく時間がかかって、今でも申し訳ないと感じていた。


 記憶力が良くなったのは喜ばしいことなのだが、それに関して不安なこともあった。

忘れることが減って、空っぽな部分が少なくなったら、それに親近感を感じて来てくれたリールが離れてしまうのではないか。それに明確な目標なんて自分に無かったものが加わったら、リールが『同じ』だと感じなくなってしまうのではないか……。


 そんな事を考え出すと、不安が止まらなくなってしまった。

 リールともっと一緒にいたい、可愛らしさに癒されたいし、これから成長していく様も見ていきたい。もしあたしが変わることでリールが離れてしまうなら、これ以上変わりたくない。

 気が付くと、その思いは口から零れていた。


「ねえ、リールはあたしが空っぽじゃ無くなったらどうする?」

「どういうこと?」

「このまま記憶力が良くなって、夢を見つけて……『同じ』じゃ無くなっても、一緒にいてくれる?」


 呟いてしまってから、なんかメンヘラ彼女みたいな発言してしまったなと苦笑した。リールはまだ生まれて間もないし、こんな曖昧な言い方をしても分からないだろうに。へこんでいるあたしを心配して、肯定の返事を返してくれるかもしれないが……。


「ムウはおなじだけど、ちがうよ?」


 だがリールは、あたしの想像を超えた言葉を返してきた。


「おんなじところもすきだけど、ちがうところもすき! ごはんおいしいし、なでなでやさしいし、いっしょにねるとあったかいの」


 『違うところも好き』? そんな言葉が出てくるとは思わず、あたしは飛び起きた。

 リールはニコニコしながらしゃべり続けた。


「ムウのいろんなところがすき、からっぽじゃなくなってもムウはムウ! ハルとリサもすき、だからぼくはここにいる!」


 素直な言葉だから、すっと心に入り込んでくる。リールが一生懸命にしゃべってくれたという熱量も合わさって、あたしの目からは涙が零れた。

 自分が変わったら離れて行ってしまうかもなんて、全くの杞憂だったのだ。リールはしっかり成長していて、色んな事を感じ取っている。その上であたしの傍にいるのだ。


「だからね、そっくりぼっこがさけんでたみたいに、つよくなってみんなをまもるの! まもるのももくひょう! かく!」


 ここまで語ってきて新たな目標を思いついたリールは、大急ぎで『まもる!』という一言を書き足した。


「そっくりぼっこ?」

「となりのせきにいたこんぜつぉん、そっくりでなかみはぼっこ……?」


 そっくり、とは概念の化身コンゼツォンであることだ。ぼっこ、というのは槍のことだろう。響きが可愛くて思わず吹き出してしまった。


「あはははは、ぼっこって、大雑把に見ればそうだけど……やばいツボった」


 笑いが収まらず、ヒイヒイいいながらお腹をおさえた。しばらくうずくまっていると、リールが心配そうな顔で寄り添ってきた。


「おなかいたいの?」

「痛いけど平気、こんなに笑ったの久しぶりだなあ」


 笑い疲れてまた机に突っ伏したあたしは、近づいてきたリールの頭を引き寄せて額をくっつけた。


「ありがとうね、なんか元気でてきたよ」

「うん! どういたしまして!」

「さて……テンションは戻ったものの、やっぱり目標は思いつかないなあ」

「ぼくがかわりにかいてあげる!」


 リールはあたしのプリントを引っ張ってきて、さらさらと文字を書き連ねた。


「ムウはこれをもくひょうにするのだ!」


 自信満々にリールが掲げたプリントを見たあたしは苦笑してしまった。だが、却下しようとは思わなかった。


「めっちゃ曖昧だけど……リールが書いてくれたなら大事にしなきゃね」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、きちんと目覚ましをかけて起き、余裕を持って登校したあたしは、席に着いたところで『そっくりぼっこ』に絡まれた。


「夢心殿! 貴殿はシュエート先輩のお知り合いだったのだな。座席も隣同士であるし、これも何かの縁だ。よろしく頼む!」

「あ、どうも、よろしくお願いします、ぼっ……えっと、」

「我が名はランズだ!」

「ランズさんか、ありがとう」


 シュエート、どっかで聞いた名前な気がするけどぱっと思い出せない。ここに来る前に会った人だろう。ともかく、友達の友達は友達というやつで、ランズと握手を交わした。


「そしてその、『虚無』よ。名を聞いたときは思わず警戒してしまったが、触れても問題ないのだよな……? よ、よろしく頼むぞ」

「あくしゅ? ぼっこさんよろしくね!」


 昨日の自己紹介で怖がっていたランズが、リールとも握手したのを見て、あたしは驚いた。概念の化身コンゼツォンなら、あたしよりもよくその力を分かっているだろう。セリフからも怖がっていることが伝わってくるのに、それでも友好を示してくれたのがとても嬉しかった。

 何も起こらないことに安心した様子のランズはほっと息をはいた。それを見ていた周りの生徒たちがわらわらと集まってきた。


「僕も触りたい、ドラゴン!」

「かわいいー、かっこいいー」

「おっきくなったら四神様とどっちが強くなるのかな?」

「ばかいえ四神様が強いに決まってるだろ! でもかっこいいな」


 もみくちゃにされているリールは少し苦しそうだったが、人気者になれて嬉しそうな表情もだしていた。

 『虚無』は一部の神様に歓迎されていないと聞いて、学校でうまくやっていけるか不安の方が大きかったが、これなら心配無さそうだ。こうやって色んな人とリールが仲良くなっていけばいいな。


「やけに活気があるな、元気で結構。だがもう授業を始めるぞ、ほら席につけ」


 人混みに紛れて姿は見えなかったがフェアユング先生の号令が響いたので、生徒たちは名残惜しそうにしながら散っていった。


「おや、中心になっていたのは『虚無』くんではないか、これは意外」

「ですよね、あたしもこんなに早く打ち解けられるとは思いませんでした」

「子供は良く分かってないのだろうが、それが良い方に働いたのだな。若いというのは可能性に溢れておる」


 この中で一番(外見は)幼いフェアユング先生に言われると複雑な気持ちになる。先生はそんなあたしの表情を慣れた雰囲気で見やり、ふと思い出したように言葉を足した。


「そうじゃ。まずは宿題を回収せねばな。後ろから前へ送りなさい。二人は丁度いいからここで見せておくれ」

「えっ」


 リールに書いて貰ったし、なんだか恥ずかしいから直に提出するのは躊躇われる。


「はい! どうぞ!」


 そんなことを微塵も気にしないリールは、あたしの分も合わせて提出してくれた。しかも重ねたりせず一枚ずつだ。めっちゃ見られてる。恥ずかしい……。


「これは、二枚とも筆跡が同じだが」

「こっちがぼくのぶんで、こっちがムウのぶんです!」

「あーそんなにはっきり言わないで! ……そ、その通りです。なかなか迷って書けなかったのを見かねて、リールが書いてくれたんです」

「ほう、これでいいのかい?」

「曖昧ですけれど、まだ何をやりたいか分からないし、それならこの言葉に沿ってやってみるのがいいかなと」


 ここまでバレてしまってはしょうがないので、諦めて素直に事のあらましを伝えた。


 先生の手の中にあるあたしのプリントには、『いっぱいたのしむ!』と大きく書かれていた。

 あたしが楽しいことにはリールも興味を持って挑戦したくなるから、楽しいことをたくさん見つけてきてくれ、というリールからのメッセージも込められている。


「いいじゃないか、目標まで決めてくれる相棒とは! それに1組の連中は毎年お堅い目標が多くてね、色んな事に挑戦しようというフレッシュさが足りなくて困っていたのだよ。お主は可能性の塊だからな、期待しているぞ」


 昨日から何回もそんなことを言われている気がする。素質があってもまだ初心者だからそんなに期待されても困るのだが、褒められているなら素直に受け取っておこう。


 『いっぱいたのしむ』……この目標を胸にして、あたしの異世界学園生活はスタートした。


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