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第15話 自己紹介

 教壇の陰から現れた謎の男の子は、自分のことをクラス担任だと言い出した。

 飛び級で学園を卒業した天才少年とかだろうか……? 言葉使いが妙に老人くさい所もあり、余計に混乱が広がる。「何を言っているんだこいつは」状態である。


「薬草学のフェアユング……と言えば分かる者もおるかの」

「まさか、『若返りのクランテ』ですか!?」

「如何にも。まあ成功には程遠い研究結果しか残せてない、その道の老いぼれよ」


 全然話が入ってこない。男の子が頬杖をつきながら老いぼれとか言い始めた。

 だがリサにはその正体が分かったようで、ハルヒに向けるような尊敬のまなざしを男の子に送り、その人物について語り始めた。


「クランテ・フェアユング……薬草学の権威で、寿命に関する研究を行い、ついにその身を若返らせることに成功したという、あの御方なのですか!?」

「そこまで大袈裟に紹介されると困るのう。50年もかけて準備を整え自分を実験台にしてみたら、ピチピチの17歳になるはずが6歳まで戻った挙句体の成長が止まってしまい、ついでに性転換までしてしまったのだよ。いやあ大失敗」


 フェアユング先生は舌を出して頭を掻いた。見た目は愛らしいのに言葉遣いのせいであんまり可愛いと思えない『てへぺろ』だった。

 つまりこの男の子、中身は低く見積もっても60歳以上のおばあちゃん……ロリババアを超えし者、ショタババアということになる。新たなジャンルを発見した瞬間であった。


「ちなみに今年で110歳だからの、気遣っておくれよ。はっはっは」


 いきなり予想を覆された。開いた口が塞がらないとはこのことか。

 先生の正体が分かって感嘆の声を上げる者や、未だに状況が把握出来ず友達に説明を求める者で教室が更にざわついたが、フェアユング先生はそれを拍手で鎮めた。


「さて、儂の自己紹介はこんなものでいいだろう。これから4年間面倒を見るのだ、お主等の名前を覚えなければな。ほら前から順番に名乗りなさい」


 フェアユング先生が一番前の席の生徒を指名したことで自己紹介タイムが始まった。生徒は順番に出身地や魔法の種ケルンの等級、得意な魔法や目標などを話していく。


 これ、今言われても忘れちゃうんだよなあ。仲良くなってから改めて言って欲しいと何度思ったことか。

 ハルヒに愚痴ったことがあるのだが、共感してくれたのでこれはメジャーな悩みだと知って安心した記憶がある。


 件の少年は割と早く順番が回ってきた。ここはしっかり聞いておかないと。

 あたしは集中して耳を澄ませた。


「ジョートリス・アブグルンド。冬の大陸から来た。炎の一級。今は寮に待機させているが、火炎狼フランメヴォルフのパルトのテイマーだ」


 リサと同じ名前の法則性なら、ジョートリスが名前か。クールな雰囲気にごつい名前、もうなんていうかどストライクである。冬の大陸から来たのに炎使いっていうギャップも素晴らしい。推し決定である。

 そしてあの狼はパルトというらしい。やっぱりお留守番だった。


「むーちゃんそわそわしすぎ、挙動不審だよ」


 溢れ出す気持ちから机を小刻みに叩いていたところをハルヒに窘められた。いけない、これでは変人だと思われてしまう。ただでさえ年齢が上で不安要素も満載なのだから、ここは大人しくしておかないと。


 年齢といえば、先ほど年上に見えていた生徒は、なんと全員概念の化身コンゼツォンだった。ハルヒとリール以外にもいたんだな。でも神様がそうなのだから、そこまで驚くことは無かった。


「ランズという。概念は『槍』だ。正義のため、平和のため、学園でこの身を磨き上げて敵を貫く! 何か困ったことがあれば力を貸すぞ。よろしく頼む!」


 一番印象的だったのは、隣の席にいたこの概念の化身コンゼツォンだ。見た目からは少年よりも青年という表現がしっくりくる。口調や最後に決めた敬礼も含めて軍人みたいだ、という印象を受けた。


 人数が多いのでかなり時間がかかったが、とうとうリサまで順番が回ってきた。


「リズエラ・リーンといいます。神官見習いをやっていて、将来神官の役目をきちんと果たせるようにここへ勉強に来ました。よろしくおねがいします」


 緊張でいつもの「なのです」口調が無くなっていた。固い動きで席に着く。

 いよいよあたしの出番だ。何をどこまで言えばいいのかまとまらないが、立ち上がり思いついたことを伝えた。


「えっと、仲河夢心です。地球っていう異世界からやってきて、魔法はまだ不慣れなところがあります。16歳で、氷の特級です。あと、こっちは友達の概念の化身コンゼツォン、リールです。ほら、皆に挨拶して」


 特級という単語に教室がざわつくが、まだいまいち実感が持てていないので反応に困る。

 矛先をそらすべく、机の上に座っていたリールを促した。


「リールだよ! 『きょむ』のこんぜつぉん! すきなものはムウ!」

「よーし今日も可愛い。じゃなかった、今言った通り凄い力を持ってる子だけど、優しいし無暗に使わないように言い聞かせてあるんで、安心して仲良くして下さい」


 あたしも少し緊張してしまったが、言うべきことは言ったと思う。

 周りの反応は、『虚無』の部分で怖がっている人もいるが、ドラゴンに目を輝かせている子供の方が多い気がした。無邪気な好奇心のまなざしを浴びて、リールは照れている。


 怖がっていない子たちは恐らく単語の意味が分かっていないのだろう。そこから仲良くしていって、うまく皆と打ち解けられればよいのだが。


「お主が神に目を付けられた異世界人か。楽しみじゃのう」


 フェアユング先生はニヤリと笑ってそうコメントした。見初められるとかではなく、目を付けられたってどういうことだ。サプライズの件もあるし、トゥーリーンのお茶目は常識なのだろうか……。


「まだそんな大したことは出来ませんけど、使いこなせるようになりたいです」

「よろしくね、おばーちゃん!」


 サッとまとめて話を終えようとしたのだが、リールの爆弾発言でフェアユング先生が硬直してしまった。

 中身の年齢と性別を見抜いて言ったのだろうが、若返りを求めてそれを果たした彼女に言うのはとてもまずい。

 何と弁明しようか慌てていたら、少し間を置いて先生から反応が返ってきた。


「……生まれて間もないと聞いているしな、赤ん坊の素直な発言に目くじらを立ててもしょうがない。だが他の皆は発言に気を付けるのじゃぞ。代わりにたっぷり年を取らせてやるからな。次が最後じゃな、自己紹介せい」


 物凄く苦い顔をしているが責められることは無かった。脅し文句が聞こえたような気がするが、先生の心が広くて助かった。

 あたしはほっと溜息をつきながら席に座り、入れ替わりにハルヒが立ち上がって話しだした。


「上崎遙日です。『治癒』です。むーちゃ……仲河さんと同じく地球から来ました。よろしくお願いします」

「お主はそれでよいのか? 流石に完璧に元の姿でいられると大きさ的な問題はあるが……」

「はい、これでいいんです。授業もみんなと同じように受けさせて貰います」

「四神より上の存在に教えるものなど無い気もするが、これも貴重な経験じゃな。分かったぞ」


 先生はリールの時とは違う苦い顔で頷いた。確かにハルヒも神様をやっていた身だ、そんな人に対して授業するとなると110歳でも緊張するのだろう。


「全員終わったな。4年間同じクラスじゃから仲良くな、あまり喧嘩するでないぞ。互いに切磋琢磨し、恵まれた魔法の種ケルンを磨き上げ、お主等が心に思い描いている夢を実現させるのじゃ。それを全力でサポートするのが我ら教師の役目だと思っているからの」


 可愛い男の子から老人のような言葉が出てくるのに慣れてきたところで、最後に提出物を教壇に置き、代わりに一枚プリントを持って帰るように言われて解散となった。


「……提出物?」

「魔力紋のことですよ、もしかして忘れたのですか?」

「ええ、忘却は呼吸ですから……なんだそれ」


 リサはあたしに呆れるのに慣れてきたのか、ドヤ顔で説明してくれた。


「魔法を使う時の魔力の流れ方は、人によって微妙に違うのです。それを特別な道具を使って模様にして、本人証明に使うことがあるのですよ。ここでは学生証に写して使っていますね」


 またワクワクする単語が出てきた。自分だけの紋章とか堪りません。

 とにかく、忘れたものはしょうがないので先生に報告した。


「年上が忘れものとは情けないねえ。まあ毎年何人か忘れてくる輩はいるから道具は持ってきておるよ」


 先生は懐から、魔法の種ケルンより一回り大きい球体にペンがくっついたような道具を取りだした。


「こいつに魔法の種ケルンを入れて魔力を流しな。ペンが動いて魔力紋を紙に書きだすが、書き終わるまでずっと流しっぱなしにするんじゃぞ」


 言われるがままにやってみると、ペンがゆっくりと動き出した。

 じりじりと動いて、たまに止まって、なかなか模様が書きあがる気がしない遅さである。


「え、おっそい。これ時間かかるし魔力もかなり使うのでは?」

「解析の時間もあるから、3級以下だと補助をつけないとままならない量を使うぞ。級が高くても子供なら一日分使ってしまうから、事前に用意するように言ったのじゃぞ」

「ん? つまり忘れた人は、ここで体力切れになってぶっ倒れろってこと?」

「初日に忘れ物する阿呆にはちょうどいい仕置きじゃろ」


 ショタババアの極悪スマイル頂きました。

 いきなり地獄のカウントダウンが始まってしまった。止めるわけにもいかないので、悟った顔で魔力を流し続けた。


「削られる……無くなる……初日以外倒れてないのに……」


 永遠にも思える時間が過ぎ、ようやくペンが紙から離れていった。複雑な魔法陣に、ところどころ小さな穴が空いたような不思議な模様になった。

 そしてあたしは、息を切らしながらもなんとか持ちこたえた。


「疲れた、9割は持っていかれた気がする……でもまだ立てる、勝ったぞ!」

「流石じゃな、これを耐えるとは」


 フェアユング先生は驚いた顔で見つめてきた。今までこれを使って倒れなかった生徒は担任で持った限りはいないらしい。


「特級を持つこと自体初めてなのもあるがな。余計にこれからが楽しみになってきたわい。そら、これが明日までの宿題じゃ」


 魔力紋を写した紙をじっと確認してから他の生徒のものに重ねて、代わりに一枚プリントを渡してきた。

 いきなり明日までの宿題とはハードである。


「内容は……将来の夢について、か」

「先程も言ったがな、生徒の夢をサポートするのが儂らの仕事じゃ。それを示してもらわんことには始まらないから、こうして毎年初めに聞いておるのだよ。明確なものでなくてもいいから、何をやりたいか書いて出しておくれ。二日連続で忘れ物をすることの無いようにな?」


 フェアユング先生はそう言うと、書類を抱えて教壇を元の高さに戻し、教室を出て行った。

 気が付けば教室にはほとんど人が残っていなかった。


「むーちゃん、大丈夫?」

「うーん、難しい。いきなり難題と向き合うことになるとは」


 将来の夢、かあ……。


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