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第135話 山の中へ

 気温調節スカーフがあれば、どんな環境に入っても適温で活動することができる。

 でも人は、どうしても視覚情報に抗えずに言葉をもらしてしまう時があるのだ。


「あっつ……」


 そう、目の前に広がる光景は「熱さ」そのものだった。


 人が何人か通れる幅がある、ごつごつとした岩の道。そこから一歩でも踏み外せば、待ち受けるのは溶岩だ。その溶岩のプールを泳ぐヘビの魔物や、すぐ上を涼しい顔で飛ぶコウモリの魔物がいた。

 彼らには熱耐性があるんだろうけど、見てるだけでこっちが燃えてしまいそうな錯覚を受ける。


「あたし達、昨日まで雪の中を進んできたはずなんだけど!?」

「シェーナホルン参道は神官の修行に使われる場所だ。下層は灼熱の火山、上層はまた気温が下がり、極寒の氷山を進むことになる。登りきるのに時間がかかるのは、この気候変化も影響しているな」


 参道は山の斜面ではなく、山の中に続く道だった。

 洞窟を進むにつれてどんどん気温が上昇していき、いつしかマグマだまりに放り込まれていたのだ。


「目に見えている以外にも、溶岩に隠れている魔物は少なくない。俺の探知でなるべく避けて進むが、戦いの準備はしておけ」

「リサちゃんの魔物避け薬、使わせてもらおうか。この熱さと溶岩越しに効くかは賭けだね」


 ゾルくんが杖を一振り、それに合わせてハルヒも薬を撒く。

 コウモリの魔物が離れた場所に停まったから、魔物避けは効いていそうだ。流石リサ先生。


 準備が整ったところで移動を再開。

 魔物の妨害はしばらく無かったけれど、道を絶対外れることの出来ない緊張感が空気を満たす。おかげで進むスピードは今までに比べて明らかにゆっくりだ。


「パルト!」


 加えて、どうしても道が狭くて魔物を避けきれない場面は出てくる。

 一匹のヘビが溶岩から飛び出してきたのを見て、あたしは杖を構えた。

 しかしそれより早く、ゾルくんはパルトを呼んだ。パルトの毛が灰色から赤く変わり、ヘビに体当たりした。勢いそのまま、二匹共溶岩に突っ込む。


「え、パルト!? 大丈夫なの?」

「問題ない、見てみろ」


 赤い液体の中に消えていったパルトが無事なのか一瞬焦ったが、すぐに陸に上がってきた。

 毛から滴る溶岩は地面を溶かしているが、パルトは平気そうな顔をしている。口にはヘビの鱗を一枚くわえていた。


 ハルヒがそれを見て、何か思い出した表情を見せた。


「そっか、毛の色が変わっている間は炎に耐性があるんだったね。溶岩に入っても平気なんて驚いたけれど」

「こうなるとしばらく手入れもしてやれないのは難点だがな。熱すぎて触れない」


 テイマーバトルでリールと戦った時にみせたアレか。

 自分から爆発できるくらいだから、溶岩に潜っても平気……魔物とはいえとんでもない能力である。


 パルトは「ヘビは追い払って、ついでにとってきたよ」と鱗をゾルくんに向けるが、それすら蒸気を上げていて手に取れる状況では無かった。

 困った顔をするゾルくん、なんだか微笑ましい。


「それにしても、呼ぶだけで指示が分かるなんて偉いというか、2人の息がピッタリなんだね」

「まあ、ずっと一緒にいるから、な。パルトには本当に助けられている。俺がその分を返せているのか怪しいくらいに」

「そんなの、今のパルトを見たら一目瞭然じゃん。役に立てて嬉しそうにしてる。ご主人様のこと、めちゃめちゃ大好きだよ」


 嬉しそうに尻尾を振っていたパルトは、あたしの一言に動きを止めた。

 目が泳いでいるような印象もある……もしかして、恥ずかしがってる?


「前にリールにも同じことを言われたな」


 ゾルくんがそう言ってパルトを見ると、「キュウン」と鳴いて伏せ、前足に顔をうずめてしまった。

 恥ずかしがってるな、これ。


「はいはい、ごちそうさま。早く進もう」


 ハルヒが伏せているパルトを持ち上げた。

 えー、もうちょっといじっても面白そうだったのに。


「そうだ、火山エリアのうちは氷魔法を使うなよ」

「突然のアイデンティティ否定!? どうして、あたしの魔法なら溶岩の中でだって溶けないように出来るよ?」

「それなら余計に、だ。ここの魔物は熱さに慣れてる、逆に言えば冷気に敏感だ。氷魔法に反応して余計な魔物まで集まって来るぞ」


 あたしが魔法を使うより早くパルトをけしかけたのは、そういうことか。


「氷山エリアでは逆の事が言える。立場が逆転するから、今は体力を温存しておけ」

「そっかー。それなら、しばらくは後ろから応援してるよ」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 順番交代はいつになるのかとそわそわしていたのだが、霊峰シェーナホルンの大きさは伊達では無かった。

 一日では火山エリアを抜けられず、野営の準備をする時間になってしまった。


 参道の中継地点になっている横道に腰を下ろす。ずっと地面が熱いから、なかなか座って休憩もできなくて大変だった。

 スカーフを巻いていて自分自身は平気でも、荷物は燃えちゃうからね。

 ここは分厚い石畳が敷いてあるので、登ってシートを引けば耐えられる温度になる。


 そんな気候だから、持ってきた食料は皿ごと地面に置けばあっという間にアツアツになる。

 不思議な食事体験をしながら、今後の予定を話し合った。


 ゾルくんの探知と魔物避け薬のお陰で、スムーズに移動できているらしい。明日のうちには氷山エリアに入り、頂上も視野に入ってくるようだ。


「ただ、休憩なしに明日頂上まで突撃するのは無理がある。手前で少し休んで、夜明けと共に仕掛けよう」


 ゾルくんの提案にあたし達は頷く。

 夜明けと共にって、ちょっとカッコいいよね。警戒している相手は夜中よりも明け方の方が判断力が鈍る、って何かの漫画で読んだ気がするし、これが一番スムーズで確実だろう。


 食事が終わればやることも無いので就寝だ。

 しかし山小屋があった昨日までとは違い、ここでは夜間の見張りが必要だ。

 順番を決めようとしたら、ハルヒが一番に手を上げこう言った。


「見張りは私に任せて、みんなはしっかり休んで」

「え、ハルヒはどうするの?」

「そうだ、お前だけに無理をさせるわけにはいかない」


 ハルヒの申し出にあたしもゾルくんも反対するが、ハルヒはにこりと微笑んだ。


「大丈夫、概念の化身コンゼツォンは魔法で出来てるから。社会に溶け込むのに普段は夜に休眠するけど、実際は睡眠をとらなくても問題ないんだよ」

「もしかしてそれ、『封印隊の守護神』やってた時に乱用していたのでは」

「乱用っていうか、それが普通だったし……って、そのあだ名は呼ばないでよ」


 またしてもブラック企業の一面を垣間見てしまった。封印隊、本当に今は改善してるんだよね?


「……ならば任せた方が合理的か。申し訳ない」


 みんなでハルヒに頭を下げる。

 普通の冒険ならきっちり分担するけれど、頂上が近いことも考えれば効率的に回復しておきたい。今はハルヒの厚意に甘えよう。


「いいのいいの。ほら、おやすみなさい」


 お姉さんモードになったハルヒにお礼を言い、石畳に横になった。

 む、寝心地の悪さはスカーフじゃどうしようもないか。次はマットレスの代わりになるものも持ってこよう。次はリールと一緒に山登りしたいな。


「リール、もうすぐだからね」


 頂上にいるリールに届くように、洞窟の天井にそう語りかける。

 それからあたしは目を閉じた。

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