第132話 港町タイバイ
馬車が揺れて、浮遊感が無くなった。
冬の大陸に到着したようだ。
「……ゾルくん、着いたよ」
「ワウ」
あたしとパルト2人がかりで体をさすると、ゾルくんはゆっくりと起き上がった。
「寝すぎた。済まない」
「いや全然、謝ることなんてないよ」
ゾルくんは昔話をしてくれた後、疲労感からかすぐに眠ってしまった。
途中言葉が詰まるような場面があったほどの話だ、無理もないだろう。正直、あのまま起きていられたらなんて声を掛けたらいいのか分からなかったから、あたしとしても助かった。
正直今も気まずいけどね。本人がまた話す気になるまで、掘り返すのは止めておこう。
馬車を降りると、そこは一面の銀世界だった。
「さっむ!!」
叫んだ息が真っ白になる。慌ててトゥーリーンから貰った荷物を漁り、気温調節が出来るスカーフを巻いた。
「ふー、落ち着いたぁ」
「魔法を使わずにここまで快適にできるのは有難いな。だが、飛ばされる可能性もあるし周りの目もある、着込むことも必要だろう」
降り立ったのは、大きな宿屋の庭だった。トゥーリーンが予約を取っておいてくれたのだ。
場所柄そこまで人目はないが、確かに通りすがりの人が不思議そうにこちらを見ている。
更に荷物をのぞき込んで、コートを取り出し身に着けた。
宿に入って到着を告げる。荷物は従業員がすべて運び込んでくれた。
飛行馬車のまま霊峰まで行けたら楽だったのだが、流石に吹雪の中何日も飛ぶことはできない。そもそも大陸を渡った時点でかなりの重労働。休養が必要になるので、アインホルン達とはここでお別れだ。
温かい飲み物を渡されて一息つく。シュプリアイゼン大神殿から派遣されてきた、ということになっているので、学生3人でも賓客扱いだ。
「とはいっても、すぐに霊峰へ向かうので10日ほどは帰ってこれませんが……」
「霊峰へ? それなら20日はかかるはずでは……いえ、大神殿のお方々なら可能なのでしょうね」
ハルヒの言葉に、受付の人が不穏な発言を返す。
この港町タイバイから霊峰シェーナホルンへは、普通に歩くと20日かかるらしい。大陸の中央にそびえ立つ山に向かうならそのくらい掛かるか……と思ったら、これは『ふもとまで』の日数。山を登りきるなら更に倍の時間を要するという。
「ん? これ間に合う?」
あたし達には飛行魔法や瞬間移動もあるが、さすがに心配になってきた。
トゥーリーンが急かしていなかったから、もっと早く着くものだと思っていたのに。
「大丈夫だ。あと、狼用品店はこの場所で合っているか?」
「はい、そちらにございますよ」
あたしの不安をゾルくんは一蹴。何かお店の場所を確認して、「買出しに行く」と入口へ向かった。
「あ、あたしも行くよ!」
慌てて後を追う。ハルヒも付いてきてくれた。
「1人で問題ない」
「あたしが1人だと問題! 何が足りてないのか分かんないし、道も分からんし! あらやだ役に立たないお姉さん!」
「むーちゃんのその設定生きてたんだ……」
ちょっと騒がしくしすぎたかな? でもゾルくんは特に表情を変えず、あたし達に歩調を合わせて歩き出した。付いてきて良いってことだよね?
早速、気になったことを聞いてみる。
「さっきの計算だと、普通の人なら40日かかる道のりってことらしいけど……」
「特級に概念の化身だ、飛行魔法なら一日中使えるだろう? 時間を要するのは雪に足を取られるからだ」
「ん、なら問題ない……けど、ゾルくんは?」
「『火の部族』を舐めるな。パルトに乗って魔法で援護すれば、どんな荒れた雪道も進んでいける」
パルトも「そうだよ、僕はご主人様を乗せたまま、いくらでも氷を溶かして走れるからね」とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「狼用品店に行くのは、その準備のため?」
「ああ。あの食料だとパルトの分が少し足りない」
「え、魔物用の食料も結構あったはずだけど……」
ハルヒが馬車に積んであった荷物を思い出しながら言った。
「普通の10日分だったな。俺を乗せて雪原を走るには体力を使うから、量もそうだが内容も少し変えたい」
人を乗せて走るとなれば、スタミナのつく食べ物は必要だ。それなら納得……と、店に着いたようだ。
「いらっしゃい……あんれ!? ゾルちゃんじゃないけ?」
「久しぶり、パルトの物を買いに来た」
ゾルくんと店員のおばさんは知り合いらしい。おばさんは目を見開いて歓迎した。
「いつ帰って来たのさ、言ってくれればご飯でもなんでも用意したのに」
「ついさっきだから。あと、すぐに出発するから気持ちだけ受け取っておく」
いつもよりゾルくんの口調が柔らかい。これが冬の大陸で暮らしていた時の素なのかな。
「ギビンドおじさんのとこにいるのかい? それならパルちゃんのごはんはそっちに届けるけど」
「いや……行ってない。今は宿に泊まってるし、だからすぐに出発するって──」
ギビンドおじさん、というのはゾルくんを引き取った親戚の名前なのかな。
あんまり聞き耳を立てていてもよろしくないだろうし、お店の中を見ていよう。
狼専門店、というだけあって食べ物は肉肉しい。日持ちしないように見えるけれど、自然の冷凍庫が広がる大陸では移動中に腐る心配は少ないのだろう。むしろ食べる時にカチカチになってそう。
パルトはおとなしく、しかしこの棚にキラキラした目線を向けている。その隣ではハルヒも……ハルヒこれ食べるの? ドラゴンだから?
荷蔵という、魔物の背に荷物を括り付けるための道具も大型犬サイズ。そりに繋ぐための頑丈なロープもある。犬ぞりができるってことか! ちょっと興味あるな。
「ねね、貴方達はゾルちゃんのお友達? あ、もしかして彼女さん!?」
商品を眺めていたら、おばさんの矛先が急にあたしに向いた。
「あの子危なっかしいところあるから、頼んだわよ」
「はい!!」
「むーちゃん、『いや彼女とかではないですし』みたいな下りやらないんだね。むしろ即答なんだね」
「良い関係だと思われてるなら、否定する方が失礼じゃない?」
「ゾルくんはそれでいいの……あ、聞いて無さそう」
ゾルくんは注文書に一生懸命記入をしていた。結構買うねえ。
「それ、運べそう?」
「パルトに背負わせればいける。食べ物は消費していくからだんだん軽くなるしな」
「あたしのアイテムポーチ、余裕あるから入れて良いよ?」
「……それこそ重くて運べなくならないか?」
「平気平気、容量拡張とか重量軽減とか付いてるから。この前2週間留学した時だって、荷物入れっぱなしで活動してたくらいだよ」
ゾルくんが信じられないような目であたしのアイテムポーチを見やる。
ここまでの性能のある物は持っていないのだろうか?
「一体いくら払えばそこまで大きく出来るんだ」
「えっとね……」
金額を覚えていないと答えるより早く、ハルヒが説明を始めた。
そういえば、新調するとき結構な額を使ったんだっけ。その前に使ってたやつだと確かにこの量は入らないし、詰め込むとかなり重くなりそう。
話を聞いたゾルくんは「……なんとか買えるな」と呟いた。ギルド活動に精を出しているゾルくんなら、あたしのようなぶっ飛んだ額ではないにしろかなり貯金はあるのだろう。
結局、購入したものはあたしとハルヒのアイテムポーチに入れることになった。それからもいくつか買出しをして、お昼ご飯までは宿で休憩。
万全の状態で、港町タイバイを出発した。




