第129話 春の訪れ
再び沈黙が訪れた学園長室に、ドアをノックする音が響いた。
「ど、どうぞお入りください」
部屋の主である学園長が、緊張した様子でドアの向こうへ声をかける。相手が誰なのか概念の化身の力で視たんだろう。校長先生が緊張するような相手はそんなに多くないはず。
予想通り、現れたのはトゥーリーンだった。
「遅くなりました、申し訳ありません」
「トゥーリーン様、神殿の方は大丈夫なのですか?」
「ええ、ディヴォンが去ったことで冬の力が薄まり、気候を塗り替えることができました」
窓を覗くと、確かに雪は止んで春らしい陽気が戻ってきていた。じきに積もった雪も溶けそうだ。
代わりにトゥーリーンは疲れた様子がある。本気を出してもディヴォンとの力比べには勝てなかったのだろう。
「トゥーリーン様、少しお休みになってください」
「気にしないでリズエラ。春の大陸を治める者として当然のことをしているまで……いえ、すぐに解決できなかった当然の報い、という方が正しいでしょうか」
いつも朗らかなトゥーリーンが珍しく悔しそうな表情を浮かべる。それからあたし達に向き直り、ふわりと頭を下げた。
「お久しぶりですね、そして申し訳ありません。ディザンマとヘラビスから事情は聞いたかと思いますが、わたくしからも謝らせてください」
悪い意味で慣れてしまったのか、一生徒に謝罪をする神様を止める人はもういなかった。
「『虚無』……いえ、今は『冥界』でしたわね。リールが攫われてしまった件について、関係あると思われる情報が神殿に入ってきました。ディヴォンはこの街に入ってすぐ、ティランネ商会へ押しかけあるアイテムを要求したそうです」
「それってまさか、魔封じの杭?」
「ああ、やはりそうでしたのね。いくら四神の中で一番強い力を持っていても、ドラゴンの姿をもつ概念の化身であるリールの力には敵いません。魔封じの杭ならその関係を逆転させることができますから、報告を受けた時にもしやと……」
「アイツ、俺が狙っていたアイテムまで奪ったのか!?」
トゥーリーンが言葉を言い終わる前に、ゾルくんが食い気味に質問をした。
「い、いえ、きちんと料金は支払ったそうですわ」
「そうじゃない、ティランネ商会にも数本しかない魔封じの杭。ユングルに協力したのに結局はぐらかされて、手に入らなかったそれをアイツが……!」
ユングルという人名に、かすかに記憶が呼び起こされる。
合唱魚討伐の時ゾルくんがユングルに加勢したのって、魔封じの杭を手に入れるためだったのか。
何に使うつもりだったのか? もちろん、ディヴォンを弱体化させるためだろう。
「ディザンマ。ジョートリスにも今の事態が伝わっているのですか?」
「ジョートリス? あ、この男子の名前か。ある程度は嗅ぎつけていたみたいだし、夢心ちん達と一緒に行ってもらうには心強い味方なんじゃないかと思ってな」
「もう……この子の事情は知っているでしょう?」
「だからこそ。芽吹いた花が実るためには、試練も必要」
「うう、ここは秋の大陸じゃないのよ、私は春の大陸で、温かな陽気で癒してあげたくて連れてきたのに」
ゾルくんがいると思っていなかったトゥーリーンが、慌ててディザンマに状況確認をしている。ヘラビスも口を挟んで、なんだか軽く揉めているみたいだ。
「ここまで聞かれてしまった以上、邪険にすることもできませんか……。でもわたくしは、あなたに無理をして欲しくありません」
「トゥーリーン様。春の大陸に、シュプリアイゼン魔法学園に連れてきてくれた事は感謝しています。でも、俺は行きます。ここで黙って見ていることは出来ません」
「でしょうね。ならばわたくしも、最大限協力させてもらいます」
ゾルくんの説得を諦めたトゥーリーンは、真剣なまなざしでその言葉に応えた。
「協力って、あれ? 『不干渉の掟』があるのでは?」
「それも聞いていたのですね。ですが、わたくしに限って言えば、ディヴォンが先に破って春の大陸で好き勝手してくれたのです。相応のお返しは必要じゃないですか」
にっこり微笑んだトゥーリーンを見て、ハルヒが声にならない叫びを上げた。
神様、というか怒った女性の凄みが出ている。
「わたくしが直接出向くのは無理ですが、可愛い神官見習いのリズエラがいます。彼女に授けられるだけの力を渡して全力支援を──」
「あ、あの」
威圧感全開のまま計画を語りだしたトゥーリーンを遮ったのは、リサだ。
神様相手にその対応は珍しい。
「私……ディヴォン様に敵対することが、できません」
「え!?」
聞き間違いかと思った。リサが一緒に来てくれない!?
「冬の大陸は草木に厳しい環境で、私の魔法が役に立たないというのもあるのですが……。どうしても、神様に杖を向けることが怖くて」
「で、でも! ヘラビスの時は頑張ってくれたじゃん!」
「あの時は、ヘラビス様のお考えじゃない行動を無理矢理とらされていると思ったからできましたが、今回は違うのです。ディヴォン様の意志だというのなら、神官見習いが逆らうことは、できないのです……」
「そんな……」
予想もしていなかったリサの不参加とその理由に、あたしは言葉を失ってしまった。
「ああ、ごめんなさいリズエラ。貴方はもう十分頑張っていたのよね」
涙を浮かべ始めたリサを、トゥーリーンが抱きしめる。腕の中から、嗚咽が聞こえてきた。
「神官だけじゃない。今までの反応でも伝わっていると思うけれど、私達は基本的にそういう存在。ジョートリスだって、立ち向かうのはそれを超える理由があるから。地球の常識にはないことだけど、分かって」
あたしが抱いた……抱いてしまった不満を読み取ったのか、ヘラビスがそんな言葉を耳打ちしてきた。
神様が実在していて、敬われている。その傾向が強い神官という人々に囲まれて過ごし、自分もそれを目指しているリサには、神様と敵対して戦うという事は途轍もなく大きな壁。むしろ、破ることなんて微塵も考えないものなのだ。
壁を越えてくれと頼むのは簡単だが、そこまで無理をさせる理由はなかった。
「……分かった。リサはここで待ってて。ちゃっちゃっと解決して、リールと一緒に返ってくるから」
「ムク……リール……ごめんなさい」
「いや、考えてみたらリサは何も悪くないし。混乱させてるディヴォンが悪いんだし」
「むーちゃん! その言葉もたぶん罪悪感で混乱させちゃう!」
涙が引いた代わりに目をぐるぐるさせてしまったリサを、ハルヒが撫でた。
「私がリサちゃんの分も頑張ってくるから、気にしないで」
「本当に申し訳ないのです、ハルヒ様の手を煩わせてしまう事も」
「ハルヒもリサのこと混乱させてて笑う」
「うう……色んな意味で悔しい……」
気にするなと言われたのに深々と頭を下げるリサ。
その反応に悔しがるハルヒのそばに、ディザンマが近づいてきた。
「流れで行ってもらうノリにしちゃったけど、ハイルン様にこんなこと頼むのアリなんだろうか?」
「ディザンマ様、今更気になったんですか? 封印隊だったのは昔の話ですし、今は『上崎遥日』ですから」
「む、そういえばそうだったな」
確かに、ハルヒが四神様より上の存在として首を突っ込んだら、余計に話がややこしくなる問題だ。
それも考えて、ハルヒ個人として行くと宣言したのだろう。ディザンマも納得した顔で一歩下がる。
「既に数々の依頼をこなしている貴方達なら、必ず達成できると信じていますよ」
トゥーリーンがリサを椅子に座らせると、手を組んで胸に当て、祈りの姿勢を取った。
「では、改めて。仲河夢心、上崎遥日、ジョートリス・アブグルンド。冬の大陸の霊峰シェーナホルンへ向かい、冬の神ディザンマからリールを奪還してください」
『はい』
こうして、あたしとハルヒとゾルくんで、冬の大陸へ向かうことになった。
ユングルとゾルくんの約束のくだりは31話にあります。
あの勝負はユングルが負けたので「契約は無効だ」と八つ当たりされたようです。




