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第124話 春の大陸に降る雪

「は? 雪? ここは春の大陸だぞ、何を言っているんだ?」


 馬車を待つ時間が長くて気が立っていたのか、客の一人が御者に詰め寄った。


「事実です、その影響でこちらへの到着が遅れてしまい、申し訳ありません。かなりの大雪ですので、お疲れでご帰宅が難しいと感じた方はもう一方のルーフルト行きをご利用することをお勧めします」


 御者が嘘を言っているようには見えない。でも、この世界で雪が降るのは冬の大陸だけというのが常識。そうそう信じる人もいなかった。


 客たちはざわめき、シュプリアイゼンに帰るべきか別の街に一泊するべきか話し合いを始めた。


「雪ねえ……寒さは魔法でなんとかなるだろうし、テスト前に一泊旅行は無理だよね」

「外泊手続きもしてないよ。門をくぐったら、すぐ瞬間移動で寮まで戻れば雪も関係なくなるんじゃないかな?」

「よし、じゃあ埋まらないうちに乗っちゃおう。リールとリサも、それでいい?」


 2人が頷いたのを確認して、シュプリアイゼン行きの馬車に乗り込んだ。

 ほどなく馬車は満員になり、動き出した。別の街に行く選択肢を取った人はそう多くないようだ。早く決めて良かった。


「大雪って言ってましたけど、どのくらい積もってるんですか?」

「街の中だと、大人の膝丈ほども……。馬車は全く前へ進めない状況です」

「え、北の大地もビックリな量がこの半日で?」


 御者に詳しい状況を聞くも、むしろ真実味が薄れてしまった。

 あたし達が街を出た時は、いつも通りの小春日和だったのに。一体どうしたんだろう?


「リサ、春の大陸で雪が降ることって今まであったの?」

「いいえ、聞いたことがありません。可能性を考えるとしたら、『冬』のディヴォン様の御力ならトゥーリーン様の力を抑えて冬の天候を作り出せるとは思いますが……」


 神様の力で作られている気候は、同じレベルの力じゃないと塗り替えられないって事か。

 あたしの魔法でも大雪を降らせることは可能だけれど、流石にシュプリアイゼン並みの大都市に何十センチも積もらせることは難しい。

 ……いや、出来ると信じて全力だせばワンチャンあるかな。もちろんやらないけれど。


 ディヴォンだけはまだろくに会話をしたことがない神様だけれど、他の3柱のことを考えれば、いきなり他の大陸に来て異常気象をまき散らす、なんてことはしないと思う。

 だとしたら、また悪い概念の化身コンゼツォンでもやってきたのだろうか。意外とこの世界、物騒ね。


「ねえ、ちょっと冷えてきてない? 防寒魔法かけておくよ」


 寒さが苦手なハルヒが、先手を打って寒さ対策をしてくれた。


「ありがとうございます、手が冷たくなってきていたのです。雪が降っているのは本当のようですね……」

「あったかくなった!」


 リサとリールは、既に冷えを感じていたようだ。あたしはまだ大丈夫だったのは魔法の種ケルンのバリアのおかげかな?


 遠くに街の外壁が見えてきた辺りで、遂に道が白くなった。アインホルンの軽快な足音が、しゃくしゃくと雪を踏みしめる音に変わった。


「四神様のお話で聞いたことはありましたが、本物の雪は初めて見ました。白くてふわふわしているのです」

「あたしもずいぶん久しぶりに見たよ。わあ、本当に降ってる」


 しんしんと降る雪、そして一面の雪景色を見て、あたし達に限らず馬車内は盛り上がっていた。

 と、唐突に馬車の動きが止まる。


「申し訳ありません、ここから先へは馬車が進むことが出来ないので降車していただきます。お気をつけてお進みください」


 前もって告げられてはいたけど、本当に街に入る前に降ろされてしまった。

 進む先の道を見ると、ここを通って行ったらしい人の足跡が目に入る。うわ、既にだいぶ深いな。

 馬車の車輪も、雪にはまる一歩手前といった状況だ。アインホルンたちの蹄も埋まって、寒そうに震えている。


 馬車から降りた客たちは、どうやって門まで進めばいいのかと途方にくれていた。

 ルーフルトに行った方が良かったかも、という声すら聞こえる。


 ハルヒが足跡に沿って数歩進み、そしてすぐに首を振った。


「踏み固められてる場所を辿ろうとしても、足が雪まみれになっちゃう。門まで歩くのは大変そう」

「街からの助けも期待できないよね、そもそも除雪の概念もなさそうだし。……あ、やってみる?」


 自分で呟いた言葉にひらめきを得た。

 今までの氷魔法は自分で氷を作るところからイメージしていたけれど、元からある氷ならそれを動かすだけ。門までの距離はそれなりにあるけれど、除雪して道を作るくらい出来るんじゃないだろうか?


 杖を雪景色にかざして念じてみる。

 積雪さんたち。人が行き交えるくらいの道幅で、どいてくれませんかね?


 門までの道を杖で指し示すと、ずああああああ、と豪快な音をたて、除雪機が通り過ぎたかのように雪が左右へ飛び散っていった。

 モーセの海割りならぬ、ムクの雪割りだ。


 ほどなくして、街まで続く一本道が出来上がった。

 飛ばせたのは上のほうに積もっていた雪だけで、完全に土が見えるところまでは除去できなかった。けれど、この道を行けば雪に足が埋まることはない。

 これに驚き喜んだのは、あたし達よりも雪道に絶望していた観光客たちだ。


「す、すげえ! あっという間に道が出来た!」

「ありがとう、これで街までたどり着けるわ!」

「物を動かす魔法をこんな風に使えるなんて。凄いけど、無理していないかい?」


 ありがとうございます大丈夫です、と言葉を返せば、客たちはまた雪が積もらないうちにと足早に道を進み始めた。


「あ、この道幅だと馬車はギリギリか。もう少し広くできますけど、やりますか?」

「いえ、寒さもありますのでここで引き返します。運行の遅れを取り戻さないといけませんし。お客様が通れる道が出来ただけで十分有難いです」


 御者の言葉に続いて、アインホルンが鼻を鳴らした。他にも待っているお客さんがいるからもうひと頑張りしないとな、といった表情だ。たぶん。

 そうして、馬車は来た道を戻っていった。


「んじゃあ、あたし達も行きますか!」


 真っ白な世界に取り残されたあたし達も、いよいよ移動を再開する。

 ざくざく、と三人分の足音がやけに大きく響く。雪が降ると、周りがなんだか静かになるよね。


 ちなみにリールが雪に降りていた時間は一秒足らず。防寒魔法で守られていても冷たかったらしく、「なんで教えてくれなかったの……」と涙目になっていた。いや、教える前に飛び込んだのはリールなんだけどね。

 今は皆の上を飛びながら、雪がかからないように『傘』を張ってくれている。


「流石のムクでも、こんなに氷を作ることは出来ませんよね?」

「それなんだけど、可能性はありそう。この光景を見た後なら、イメージもしやすいし」

「……じゃあ、この現象の犯人として疑われているかも知れませんね」

「いや、ワンチャンあるとは言ったけどやらないよ!? そもそも今帰ってきてるところだし」

「それを、門の前で待ち構えている人物に必死に伝えることになりそうなのです……」


 リサがなんだか煮え切らない表現をしているので、門のあたりに目を凝らしてみた。

 先に歩き出していた客が列をなし、街に入る手続きをしていた。動きはスムーズで、まもなく全員入るだろう。


 その列とは別に、1人佇む少年の姿があった。リサと同い年か、それより幼い雰囲気すらある。

 ローブを二重に着込んで寒さに耐えている。フードの奥からは青いくせっ毛が覗いていて……。


「なんで、フェアユング先生が街の外に? しかもなんかこっち見てる? え、怒ってる?」


 列に並ぶような進路をとっていたあたし達へ、先生は鋭い眼差しを送ってきた。こっちへ来いということらしい。


「ギルドで依頼受ける手続きはちゃんとしたよね? うん、学生証にその記録はある。テスト前に何遊んでるんだ! っていう雰囲気でもないし……。マジで大雪の容疑かけられてる?」

「そうかもしれないね、人が集まる場所から引き離されてる感じがあるよ」

「ハルヒ、リサ、リール、アリバイの証言は頼むよ。あたしの生死は君たちの言葉にかかっている」


 前にも冤罪をかけられたことがあったな。あの時は確か、学園長が無実を証明してくれたような……。


 考えがまとまらないうちに、先生の前に来てしまった。

 ならばまず、言うべきことを言っておこう。


「あたしは犯人じゃありません!」

「残念ながら、有罪じゃ」

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