第123話 刺激的な収穫
3匹の小群猿を追い払ってからも何度か魔物と鉢合わせたが、難なく突破した。
そして遂に視界が開け、低木の集まる場所を発見した。
木に成っているのは紫色の小さな実。間違いない、ダーベルだ。
「なるほど。一つ一つが小さいから、数が必要だったんだね」
実の大きさは指の先に収まるサイズ。それがあちこちの木にたわわに実っている。
視界にある分だけで必要数は軽く超えている。採取の邪魔さえ入らなければ、ここで依頼が達成できそうだ。
しかし、好物をやすやすとは取らせまいと、数十匹の小群猿がこちらを威嚇していた。
先ほど仲間が丸裸にされた恐怖があるのか、少し離れた場所に待機している。それでも、あたし達がダーベルに触ろうとすれば一斉に襲い掛かってくるはずだ。
道中で出会った時と違い、追い払うことはできないだろう。
「そのまま遠くで見ていてくださいねーっと」
なので、ここは近寄れないようにするのが正解だ。
『アイシクル・プリズン』で、ダーベルの木々を覆うドームを作る。巨大なビニールハウスのイメージだ。もちろん中は冷やさない。
あたし達の目の前にだけ穴を開け、駆け足で入りそこも塞ぐ。これで邪魔されることなく、安全に採取が出来るようになった。
ダーベルの木へ近づけなくなったことに気が付いた小群猿が、悔しそうに氷の壁を叩いてきた。
「木ごともってく訳じゃないから許しておくれよー、採取してもあり余るし。……飢えたりしないよね?」
「ああ、その心配はないのです。ダーベルの実は小群猿の好物ですが、主食ではないのですよ」
「え? どういうこと?」
「食べてみれば分かるのです。一粒どうぞ」
好きだけど主食じゃない? デザート的な立ち位置なのだろうか。
手に取っていた実を水魔法で洗い、口に放り込む。外側は硬くて味がしないな。
歯に力を込めて、ガリっと嚙み砕いた。
「辛っ!?!?」
その瞬間、コショウの粉をそのままなめた時の様な、強烈なスパイスの刺激が口の中に広がった。
一緒に食欲をそそる香りも爆発したが、それを堪能している余裕はない。
慌てて実を飲み込み咳き込むあたしを見て、リサが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「生で食べると、とっても刺激的なのです。ともすれば毒にも思えるこの刺激を求めて、小群猿達はダーベルの実を食べるのですよ」
確かにこれは、物好きでも毎食食べるものではない。料理のアクセントには良さそうだけど、狭義の意味では食べ物ですらない。
リサの意味深な言葉の意味を、嫌と言うくらいに理解できた。
「説明してくれれば良かったのに、あたしが食べる必要あった?」
「百聞は一見に如かず。体験したことは記憶に残りやすいのですよ」
「そこに配慮されちゃうと言い返せない! リサ、図ったな……」
あたしの恨めしい視線にもどや顔のまま、リサは採取に戻っていった。
あたしの様子をみたリールが恐る恐る、ダーベルの実の匂いを嗅ぐ。
「リールも食べてみる?」
「そんなに辛いの? うーん、やめとく」
共に地獄に落ちよう作戦は、一瞬で失敗した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
採取作業は(あたしの口以外)無事に終わり、登山道まで戻ってきた。
そこから少し歩けば、見上げるほどの高さから落ちる滝と、大きな滝つぼが現れた。ペンクの大滝だ。
「おお、迫力あるー!」
あたしの驚く声なんて、滝の音に比べたらささやき声のようなものだ。
昼を過ぎたので、観光客の数はまばらだ。流れの緩やかな場所で遊んだり、滝の力強さを感じたりと思い思いの過ごし方をしている。
あたし達は滝つぼのほとりに降りて、火照った手足を水に付けた。冷たくて気持ちいい。
リサとハルヒも同じように涼をとる。
「あれ、リールは入らないの?」
「む……」
リールは滝を見て動かなかった。羽をピンと張ったり、閉じたりしてソワソワしている。
「リールちゃん、まだ水が苦手なのかな。ミストとか、プールも最初は怖がってたよね」
「ああ、そういえば。ラゼリンに流されたこともあるしね。でもなんで苦手なんだろう? 『冥界』って分かった今の状況ならなおのことさ、三途の川ってあるじゃん」
死者の世界と関連している川はそれ以外にもたくさんあった気がする。嘆きの川とか。オタク知識は意外とまだ残ってるな。
「自分の概念と関連しているものは確かに気になるけれど、それが全部好きかって言われたら微妙なところかも。私の『治癒』は怪我ありきだけど、誰かが傷つくのは嫌だよ」
「あー、そういうことかあ。それならリールは、水の向こう側に『冥界』があるのは分かってるけど、そっちに行ったら『この世』に戻ってこられないのが嫌だから近寄りたくない、とか?」
「それか、単に寒いのが嫌いなだけかも。ほら、ドラゴンって爬虫類だから」
「ドラゴンって爬虫類なんだ」
あたしの想像が全否定されたことより、それを言い切ったことに驚いたわ。
「私も暑いのより寒い方が苦手だし」
「ハルヒがそうなら、もうそれで決まりじゃん。今まであたしが考えた時間を返して」
ハルヒの追撃で完全にノックアウトされたあたしは、せめてものお返しに足でバシャッと水をかけてやった。冷たいしぶきが勢いよく舞い上がる。
「つめたい!」
思いのほか遠くまで飛んだ水滴が、リールにまで届いてしまった。
尻尾を尖らせたリールは、あたしを睨むと魔法で水を浮かせてこちらへ投げつけてきた。
「アイシクルガード! リールってば水が苦手なのに、水魔法は上手だよねえ。そこはシュロムの影響なのかな」
「いつも一緒に遊んでるからね。それはそれとして、むーちゃん、魔法で防ぐなら私も守って欲しかったな……」
自分の前にだけ氷の壁を張ったせいで、それに弾かれた水が隣にいたハルヒにかかっていた。くしゅん、と可愛いくしゃみの音。
このあと滅茶苦茶謝りました。
◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を取ってもうしばらく休憩をはさんでから、帰路につくことにした。
下り坂をするすると降りて、登山口に戻ってきた。帰りの馬車はもう来ていてもおかしくない頃だけど、客が溜まっているところを見るに到着が遅れているようだ。
「どうやら、一つ前の馬車も来ていないようなのです。何かあったのでしょうか」
「まじか、あんまり遅くなると門限怪しいな……瞬間移動で帰る? それか空飛ぶか」
シュプリアイゼンへ帰るなら、空路の選択肢もある。門番にどうやって帰ってきたのかいちいち説明するのが面倒なため、基本的には馬車で移動するようにしていたが、それを考慮しなければ飛んで帰るのが圧倒的に早い。
「この人数だと乗り切らない可能性もありますし……あ、来ましたね」
悩む暇は一瞬だった。馬車が同時に二台こちらへやってくる。他の客もほっと胸を撫でおろしていた。
しかし和んだ空気は、馬車から立ち上がった御者の言葉で凍り付いた。
「現在、シュプリアイゼン周辺は雪が降っています。街まで近づくことが出来ないため、停留所より手前で降車していただく事にご了承いただける方のみ、こちらの馬車へお乗りください」




