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第120話 憤怒は消えても

 夢心達が秋の大陸を離れた頃。


 フィルゼイトの遥か上空、宇宙空間と言っても差し支えない高さに、一匹の妖精がいた。

 小さな体から、大きな喚き声が発せられる。


「今度は一瞬たりともハイルン様に会えなかった! もう、私が何のために封印隊の仕事をしていると思っているのだ!」

「世界に仇なす概念の化身コンゼツォンの封印のためだ」


 妖精の愚痴に、腰に刺さっていた剣がため息をつきながら相槌を打った。


「それはそうなのだ。でも、ハイルン様からの情報と聞いたら会えると思うじゃないか……それがこんな何もない空に二人ぼっちだ。愚痴も吐きたくなる! シュエート、貴様なら分かってくれるだろう?」

「分かる。ジーグルの考えている事が分かってしまう、それが良いことなのかは私には分からぬ」


 『封印』のジーグルと『剣』のシュエートである。

 ハイルンからの報告を受け、『憤怒』のブートが消えた地点を調べていた。


 おしゃべりをしながらも、しっかり体は動かしている。

 程なくブートが瞬間移動をした地点を見つけ、その後を追うための道具を取り出した。

 薄い板に表示されたキーを、シュエートがその剣先で優しくつついて操作する。


「痕跡を消そうとしていないな。身を隠すのは不慣れな概念の化身コンゼツォンらしい」

「その代わりの腕っぷしの強さ、だろう? 出来れば二度と戦いたくない……。あの地球人が撃退した事だけは感謝しないとな。弱っている今のうちに、さっさと捕まえるぞ!」


 以前ブートと戦闘した封印隊は未だに立ち直りきっておらず、この報告を受けてジーグルとシュエートの2人の傷が優先的に治療された。それだけ概念の化身コンゼツォンの中でも封印の技術に対して評価を得ている。


「よし、準備できた。ジーグル、首飾りの用意を」

「任せろ! 『封印』の力よ、我が命に従い鎖となれ!」


 ジーグルがヒュプノに施したのと同じ、封印の首飾りを顕現させる。

 その直後、2人の目の前に光の穴が現れた。


「この座標にまだいるとは限らないが、警戒して臨むのだぞ」

「勿論だ! では、行くぞ!」


 臨戦態勢になった2人は、勢いよく光の穴に飛び込んだ。


 その先に待っていたのは、何もない暗い空間だった。


「適当に飛んだ、としては随分離れた座標だ。ここに目的を持っていたなら、何かあるはずだが……」


 シュエートが辺りを見回すも、宇宙空間の漆黒に僅かに星の光が瞬いているだけ。

 もっと広範囲を調べるか、と前に出たシュエート。

 その握りを、ジーグルが強く掴んで牽制した。


「痛っ。何をする」

「こちらの台詞だ! あれが見えないのか!? 確かに闇に紛れて見えにくいが……いるぞ!」


 声量を抑えながらも怒鳴るジーグルが、握っていた封印の首飾りを何もない前方へ放り投げた。

 しばらく宙を舞った首飾りは、途中で何かに刺さったかのようにピタリと停止した。

 そして、次の瞬間、跡形もなく消えてしまった


「消えた!? いや、あれはまさか……いる・・のか?」


 首飾りが消えた空間が、僅かに揺らめく。


(ちょうどよかった。おしえて)


 闇が話しかけてきた。


「漆黒の球体、物体を消し去る能力。間違いないな、噂のブラックホール型概念の化身コンゼツォンだ」

「あれが……あいつが」


 身構えた2人に、再び声が掛けられる。


(フィルゼイトは……リールはどこ?)


「「……!」」


 馴染みのある場所と人物をいきなり問われ、2人は一瞬硬直する。

 しかしそれを敵に悟られまいと、シュエートが声を張り上げた。


「知っていたとて教える義理は無い。貴様、何者なのだ」

(ぼく──は、『虚無』の概念の化身コンゼツォン、ゼーン)

「『虚無』だと? それは……」

「ゼーン……貴様が、ボゲインを……!」


 リールのことが口を突きそうになったジーグルは、そのことに気が付く前に相棒の異変を感じて言葉を詰まらせた。


 かつてゼーンが消し去った概念の化身コンゼツォンの中にいた、シュエートの友。その仇を討ちたい衝動と、この情報を持ち帰るべきという使命感の板挟みでシュエートが震えていた。


「シュエート、堪えるのだ。おい、ゼーンとやら! ここに赤鬼の概念の化身コンゼツォンがいたはずだ、見なかったか?」

(ブート、けしちゃった。フィルゼイトのばしょをきくまえに。だからおしえて、リールはどこ?)


 ゼーンがじれったそうに、にじり寄ってきた。


「これ以上は対話出来そうにない、撤退しよう!」

「あれも封印対象だ! ジーグル、やらせてくれ!」

「無理だ! 首飾りが効かないのが見えてただろう!? 弱らせれば行けるかもしれないが、弱らせ方が分からん! リーダーに伝えるのが先決だ!」


 封印の首飾りは、当たればすぐに概念の化身コンゼツォンの能力を封じ込めてしまう強力なアイテムだ。それこそ、無暗に使うとジーグルが危険視され封印対象になりかねないほど。

 そんな力が全く効かなかった相手に、2人で戦うのは無謀だった。


「やってみなくては始まらぬ!」

「闇雲にやれば、ボゲインさんと同じ道を辿るだけだ。私はシュエートに消えて欲しくない……」

「それは……」


 頭では理解していても譲れないシュエートに、必死に説得するジーグル。

 2人の葛藤は、しかしゼーンの一言で中断される。


(おしえてくれないならいい。きえて)


「っ! まず……」


 殺気を感じて、ジーグルが転移の道具を起動させ、光の輪が現れた直後。

 それより大きくなった闇が、辺りを飲み込んだ。

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