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第118話 呪いの解明

 ヘラビスに向けられた両手から、大量の魔力が溢れだした。

 あたしにはまだ扱いきれない程に巨大な力の奔流が、部屋を満たしていく。

 その神秘さに感銘を受けてか、リサが「うわあ……」と声を漏らした。


 ヘラビスの手が微かに動く。と、魔力が体内にじわじわ入り込んでくる感覚に襲われた。なんだかくすぐったい。

 呪いについて調べているはずなので、抵抗せずにそのままじっとしていたのだが……


「きゃっ」


 ヘラビスは何かに弾かれたかのように、後ろの壁に激突した。


「ヘラビス様!? 大丈夫なのですか!?」

「平気。でもちょっと危なかった」


 怪我は無いようですぐに立ち上がり、服をはたいて身なりを整えた。


「呪いの防御機構に弾かれた。今のを無理矢理突破していたら、多分屋敷ごと無くなってた」

「ええ……なんちゅー呪いに掛かってるんだあたし……」


 危なかったというのは、ヘラビスだけのことじゃなかったのか。

 10回パスワード間違えたら初期化されるスマホ並みに過剰な守りだ。

 それだけ呪いを解かせたくない……絶対に殺すための呪いだということだ。


 期待があっただけに悔しさがこみ上げる。神様でも突破できないファイアウォールをどうしろというのか。


「でも、誰が作った呪いなのかは分かった。見た時から予想はしていたけれど、私が太刀打ち出来ないことで確信に変わった」

「本当ですか! なら、その人に突撃取材すればいいってこと!?」

「恐らく。ハイルン、貴方なら可能なはず」

「え、私ですか?」


 あたしに呪いをかけた犯人が、ハルヒの知り合い?

 封印隊の仲間とかだろうか。


「『記憶』の概念の化身コンゼツォン──ゲドニス様。あの方の力で作られた呪いに違いない」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 それからしばらくして。

 涙とインクでぐちゃぐちゃになったハルヒを、あたしは一生懸命慰めていた。


「そうだよね。私やヘラビス様が見抜けないレベルの呪いなんて、それ以上の力がある概念の化身コンゼツォンにしか作れない。それで物忘れ……『記憶』に関係することなんて、もうゲドニス様以外有り得ないのに。どうして気が付かなかったの」

「はいはい、もうそれ三回くらい聞いたから。時間はかかったけど辿り着けたんだから良いんだよ」

「ああ、返信まだかな。殴り書きでもいいから、早く教えて欲しいよ」

「あの本にメッセージ書いたのついさっきだから。内容的にも即返信は無理だし。あとリーダーに殴り書きされたら、誰も解読できなくなるよ」


 ゲドニス様と呼ばれた概念の化身コンゼツォンは、ハルヒの上司だった。

 直属という訳ではなく、概念の化身コンゼツォンのリーダーであるヴェルテの右腕のような存在らしい。


 それならリーダーから話を聞けるはずだと、ハルヒが通信用の本にメッセージをしたためてくれたのだ。さっきの台詞と涙をこぼしながら。


 チュンケルの森であたしが倒れた時も似たような状況だったよなあ。魔物に襲われていないのとあたしが平常心なだけ、だいぶマシだけど。


「呪いは強力。それこそ、罹っている本人の周りにも僅かに影響を及ぼせるくらいには」


 なかなか泣き止まないハルヒの元へ、ヘラビスがやってきた。


「ずっと近くにいたハイルンにも悟れなかったのは、能力の有意差もあるけれど。呪いによって仕向けられていた……正体に辿り着きそうな時に、それを忘れさせていたから」

「そんな作用まであるなんて……。じゃあ、あたしが近くに居たら皆も忘れっぽくなっちゃうってこと? この呪いと同じことを、あたしも無意識にしていたかも知れない……?」


 ハルヒを慰めるはずの言葉の反対側に、あたしへの刃が付いているように感じてしまった。

 あたしが一緒に居たせいで、皆もあたしと同じ思いをしていたとしたら……?


「そんなことないよ! ムウとの思い出はいっぱいあるもん!」


 リールがあたしの頭に乗り、尻尾でぺたぺたと頬を撫でてきた。


「ムウが初めて作ってくれたシチューの味だって、ちゃんと覚えてるよ! すごくおいしかった!」

「そうだっけ。しまったなあ、地球のことはもう全然覚えてないや」


 それでも、リールがあたしと出会った日の事を教えてくれたのは嬉しかった。

 ヘラビスも影響は僅かだと言っていた。それなら周りにいた人達は、呪いに関する事だけ忘れるようになっていた、と考えていいのだろう。


「解呪を試みた先程のように無理に近づかなければ、害と呼べるほどの効果は無い。故に、貴方が周りから距離を取る必要はない」

「ヘラビス様の仰る通りなのです。入学してから、いいえ、その前から一緒にいましたが、特に問題はありませんでした。今更離れようなんて言いませんよね?」


 ヘラビスの論理的な説明も、リサのちょっとツンデレな発言も、冷えかけたあたしの心を温めてくれた。


「こんな頼りない概念の化身コンゼツォンに愛想が尽きたっていうなら、止める権利はないけれど……。むーちゃんと離れるなんて、寂しいよ」

「卑屈ドラゴンさん、いい加減に立ち直ってくださいな……。みんなありがとう。あたしもみんなと一緒にいたい」


 いつまでも落ち込んでいるハルヒの背中を優しくはたいた。

 みんながそこまで言うんだから、あたしもそれに応えないとね。


「ヘラビス様、色々教えてくれてありがとうございます」

「私の力で解決出来れば良かったのだけれど、力不足で申し訳ない」

「とんでもないです。ヘラビス様の知識を借りられなかったら、それこそもっと遠回りしていたと思いますから」

「遠回りと言えば。対処療法になるけれど、魔法の種ケルンの力を最大限引き出し続けることが大事。魔力の豊富な場所から……つまりこの星、フィルゼイトからは出ない方が良い」


 それはつまり、元居た場所──魔力の少ない地球に今戻るのは危険だということ。

 特に戻る予定も、その気も無かったので問題ないね。


「それから、魔法の種ケルンを眠らせてしまう植物にも──」

「あ、それは知ってます、マイグロですよね。というかそれで死にかけた結果、呪いの可能性に行き当たったんです」

「思ったより修羅場を潜り抜けている。それで、『冥界』も逞しく成長したのか」


 ヘラビスは感心した顔つきであたし達を見つめた。

 その陰でハルヒが声を詰まらせていた。チュンケルの森でのことを思い出したのだろう。

 ヤバい、また卑屈モードに入っちゃう。話題逸らさないと。


「そもそもどうして、あたしはこんな呪いにかけられたんだろう。そのゲドニスって概念の化身コンゼツォン、あたしと面識あったりする?」

「ゲドニス様は、むーちゃんのご両親や高校の先生のことは知ってるはずだよ。こっちに留学するっていう風に記憶や記録を変えてくれたの。でもむーちゃんには会ってないはずだし、そもそももっと前から呪いには掛かっていた訳で……」


 意外な所で接点はあったが、それは呪いとは無関係だった。

 緑色のドラゴンで黒縁メガネをかけている、という容姿も教わったが全然記憶にない。

 当たり前か。忘却の呪いをかけた張本人のことは、いの一番に消されるに決まっている。


 ここで考えていてもしょうがない。本人にアポが取れたら、根掘り葉掘り聞いてみよう。


 その後はしばらく歓談して、ヘラビスの使い魔であるスケルトン達が作った料理をごちそうになった。

 マルティオが居たら気絶していた光景だったな……。料理は普通に美味しかったよ。


 そして、邸宅を去ろうとした直前に、ハルヒが声を上げた。


「あ! リーダーから返信来た!」

「マジで!? どれどれ……うーんやっぱり読めない。ハルヒ、なんて書いてあるの?」


 急いで返事をくれたのだろう。文字は以前見た時より三割増でミミズに近づいていた。

 ハルヒも解読の為にしばらく本を見つめ続ける。そして、大きなため息を吐いた。


「『全部知ってた。解決方法ももう少しで出来上がる。楽しみにしてて』だって」

「知ってた!? もしかして、初めて会ったあの時に?」

「だろうね、そこしかリーダーとむーちゃんの接点ないもん。どうして黙ってたの……」


 解決策が再び見えてきた事は嬉しいが、それを隠されていたことに複雑な気持ちを抱いた。


 あれって何か月前だ? 3か月くらいは経ってるよね?

 封印隊も忙しいだろうから、この期間で解決策を編み出してくれた事には感謝するべきなんだろう。でも、やっぱり納得できない。


「リーダーの事だから、いきなり持ってきてハイルンを驚かせようとしていたに違いない」

「もう、その顔がありありと浮かんできて嫌になっちゃいます。……あ、今のは内緒でお願いしますね?」

「勿論。厄介ごとには関わりたくない」


 部下たちに嫌だとか厄介だとか言われているぞ。それでいいのかリーダー。

 でも今は、ハルヒやヘラビスに同情した。色々苦労があったんだろうな。

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