第117話 部分的にそう!
「それにしても『虚無』……リール? 可愛い子」
爆弾発言もなんのその。マイペースなヘラビスは微妙な表情を浮かべたあたし達を置いて、リールを抱え上げた。
リールは大人しくされるがままだ。緊張しているというより、散々色んな人達に愛でられてきたので慣れてしまっているようだ。
ヘラビスに触れられただけで声が裏返っていたパッチの反応とは大違いだ。
「あたし達のチームの紅一点ですから」
「それを言うなら黒一点……いや、蒼一点?」
ハルヒが一生懸命突っ込んでくれているというのに、ヘラビスはリールに夢中だ。
可愛いのは分かるが、こっちにも反応して欲しかったな!
「最初に抱いていた印象と全然違う。恐ろしくないし……温かい」
「あったかい? 熱は無いよ」
「そうじゃない。自我がある、思いやりがある、アンデットモンスターにすら寄り添える。──リール、貴方は本当に『虚無』?」
リールの尻尾がビクッと跳ね、それから力なく垂れ下がった。
一番苦手な「自分の概念を問われる」言葉が思いがけず飛んできたのだ、無理もない。
「あの、ヘラビス様、それなんですが……」
言葉が出なくなってしまったリールに代わって、ハルヒが経緯を説明した。
色々あって『虚無』では無いことは判明したが、本当の概念はまだ分かっていない、と。
説明をしている間に、リールの調子も立ち直ってきたらしい。抜けていた力が戻っていた。
あの時は何日も落ち込んでいたのに、強くなったね。
「アンデット達を消し去った時、リールは『帰ってもらった』と言っていた」
「ヘラビス様?」
一通りの事情を理解したはずのヘラビスの反応は、随分と的外れに感じた。
昨日あたしとマルティオが駆けつける前の出来事だろうか? それが今の話と何の関係があるのだろう。
「あの子達にとって還る場所と言えば、『あの世』」
「……え、それってリールが『冥界』竜的なアレってこと!? 希少種ってこと!?」
単語から連想されてしまったゲームのモンスターの名前が、口から飛び出してしまった。
電気は纏っていないしあんなに大きくも無いけど。同じなのは体の色くらい?
「ヘラビス様、それはリーダー……『この世』の概念の化身であるヴェルテとリールちゃんが対をなす存在であるということですか? それならリーダーが認知できて当然のはず……」
「逆。『この世』に存在しないものなのだから、リーダーに分からなくて当然」
世界中の誰も、死んだ先の事は分からない。だから、『この世』に『あの世』の事は分からない。
でも、誰もが一度は考えたことがある、「死んだらどうなるんだろう」という想像。それが集まってリールという概念の化身が生まれた……?
「当たりみたい。ほら」
ヘラビスがリールを手放した。
リールは目をぱちぱちさせて、その場に浮いている。羽や尻尾はうねうねと、くすぐったそうに動いていた。
「なんだろ、『虚無』って言われてた時より、そわそわして、ぽかぽかする」
「リール……。リールの本当の概念は、『冥界』なの?」
念を押してそう尋ねると、リールは胸を張ってこう答えた。
「分かんない! けど、たぶんそう! 『虚無』よりはそう!」
「部分的にそう、みたいな言い方!」
本来の『虚無』と交じり合った結果こうなったのだから、むしろ正しい表現なのか?
はっきりと判明した訳ではないけれど、一つの正解に辿り着いたという事になるのかな。
それなら良かった。リールが抱えていた大きな不安が解消されたのだから。
「ありがとうヘラビス、ぼくのことを教えてくれて」
「推測を述べただけ。リーダーに認知出来なかったのと同じように、リール自身もこの世にいるせいで『あの世』という自分の概念が見えなくなっていた。こんな推測もできる」
お礼を言われたヘラビスは表情を変えず、でも嬉しそうに話を続けた。
皆もそれを興味深そうに聞いている。
あたしもヘラビスの推理を聞いていたのだが、だんだん話についていけなくなってきた。
この世やらあの世やら似たような単語を何度も言われて、頭が混乱してきた。
「ちょっと提案させて! 『あの世』だとヴェルテと似てて混乱するから、『冥界』って呼ばない? リールはどう?」
「うん、そっちの方がかっこいい!」
「対照的だと分かる呼び名の方が良いのでは?そもそも、勝手に概念の化身の呼び名を変えるのってどうなのでしょうか?」
「ど、どうなんだろ……こんな事例がそもそも初めてだろうし……」
あたしの提案にリサが反対し、ハルヒも困惑する。
えー、良い方法だと思ったのに。
「本人が一番馴染む呼び方にするべき。その方が概念の認知も進んで力が高まる。そうでしょう、『冥界』の概念の化身?」
「うん! すごく元気になる!」
助け舟を出してくれたのは、意外なことにヘラビスだった。
新しい名前を呼ばれて、リールは声を上げながら部屋中を飛び回った。ここに来る前よりも明らかに元気になっている。
「後でリーダーに報告しておけばいいか。リールちゃんがこんなに気に入ったんだから」
その様子をみてハルヒも納得したようだ。そうなればリサも言わずもがなである。
「そうか、リールちゃんには『冥界』の力があったから、フォイカイト砂漠でラゼリン様の事を感じ取れたんだね」
「砂漠? ああ、なんか言ってたね青い光が見えたとか」
あの時は深く考えなかったけれど、あの時から既に『冥界』の片鱗を見せていたんだな。
「先輩のお墓はディザンマが直している。完了したら、四神で揃って参拝する」
「ボロボロでしたからね……。補修されたら改めて、私達も祈りを捧げに行きます」
ハルヒの答えに、しんみりした空気が流れた。
ヘラビスがお茶をすすり、それに続いてあたし達も渇きを癒していく。
空になったタイミングで、大蝙蝠がおかわりを淹れに来てくれた。
「そうそう、『冥界』と言えば。仲河夢心、貴方からそれに似た呪いの香りがする」
「その相談に来たんですよ!」
ヘラビスが場の空気を立て直してくれたことへの安堵と、新たに出された話題の重要性に大きな声が出てしまった。
話が紆余曲折脱線をしまくったが、今日ここへ来たのは──もとい、秋の大陸へやってきたのはあたしの物忘れの原因を探るためだ。
それが病気や魔法の種のせいではなく、呪いかもしれない。その道に詳しいだろうヘラビスに助言を求めて、こんな場所までやってきたのだ。
「え、というか今、呪いって言いました? 本当に?」
「間違いない。とても強力な忘却の呪い。特級魔法の種でなければ、とうに全てを忘れて動かぬ躯になっている」
原因は予想通りだった。その上、ヘラビスはいとも簡単にそれを見抜いて見せた。
だとすれば、次に浮かぶ質問はこれだ。
「この呪いを解く方法は、ありますか……?」
治すのに必要な物があるなら取ってくる。お金ならいくらでも稼いでくる。
呪いをかけられる原因になった罪を償えというのなら、どうにかして償おう。
やっと覚えていられるようになった思い出を、これ以上忘れたくなかった。
チュンケルの森で倒れた時のように、突然死にかけるのももう御免だ。
色んな感情が頭の中を巡って、声が震えていたことに気が付いた。
地球に居た頃にとっくに諦めていたと思ってたのに、解決が目の前に見えてきたらその希望にすがりたくなっていた。我ながら変わったものだ。
「やってみる」
あたしの胸の内を知ってか知らずか、ヘラビスは迅速な対応を魅せてくれた。
立ち上がり帽子を被り直すと、離した両手をあたしに向かって突き出した。
あっちは正確には『冥海龍』ですが、まあそこまで本文で突っ込むのも蛇足なのでここに書いておきますね。




