第116話 邸宅訪問
「マルティオさん、この度はお世話になりました」
「それはこちらの台詞だよ。君たちがいなければ、この件が解決するのはもっと先だったはずさ」
温泉宿で疲れをとったあたし達は、再びヘラビスの邸宅へ向かおうとしていた。
あたし達の事情に巻き込む訳にはいかないし、マルティオも次の依頼がある。ここでお別れだ。
「確かに。勇者様一人で源泉に向かっていたら、逃げ帰っていたに違いないのです」
「いや、流石に倒すよ!? でもそこで満足していた可能性は十分ある。モンスターが増殖していた本当の場所と原因には気付けなかっただろう。完全に解決できたのは、紛れもなく君たちがいてくれたお陰さ」
完璧に、というにはブートには逃げられてしまったけれど、そっちは封印隊に任せればいい。
あたし達の力で街が元通りになったというなら誇らしいことだ。お風呂も夕飯も最高だからね。
「誰かと一緒に冒険するのは楽しかったし、1人の目線では気が付かないことがあると学べた。僕も本格的にパーティーを組むことを考えないといけないかな」
マルティオも昨日のことをきっかけに、前向きに考えられるようになったようだ。
それは良いことなんだけれど、ひとつ心配なことがある。
「アンデッドに攻撃する時、味方を巻き込まないで下さいね!?」
「大丈夫。誰かと組む時は、墓地へ向かうような依頼を受けなければいいのさ」
「結局逃げてるし!」
勇者の更なる成長がみられるかと思ったけど、そこまで甘くはないらしい。
いや、ここで甘えちゃ意味ないのでは? サムズアップしてるけど全然カッコよくないよ。
「勿論、君たちとならそんな策を練らずとも自由に冒険できる。また組ませてもらいたいけれど……」
「あたし達春の大陸に帰るし、卒業はしばらく先だからなあ」
「そ、そうだよね。寂しいけれど、またの機会があれば、よろしくね」
「はい」
握手を交わし、別々の方角へ歩き出す。
少し進んでから振り向くと、マルティオは名残惜しそうにずっと手を振っていた。
「律義だねえ、流石勇者様」
相手が見えなくなるまで礼をし続ける、なんて旅館の女将さんじゃあるまいし。
「律義というか、あれは本当に寂しがってるよね」
「別れ際の会話はほぼムクとしか交わしてませんでした」
「今も目で追っているのはむーちゃんの事だし……」
「でも当のムクは、勇者様の本性を見てから猫かぶりを辞めてしまったのです」
「それが逆に魅力的に見えたんじゃ?」
「成程、ソロ活動が長いということは女性がらみの話もあしらい続けてきたと」
「それが今回の冒険、吊り橋効果で……」
「ハル? リサ? なんの話してるの?」
「リールにはまだ早い話なのです」
◇◇◇◇◇◇◇◇
マルティオと別れた後、ハイクーレの土産物屋でお菓子を買った。かぼちゃに似た野菜、キュルビを使ったクッキーとパイだ。
今まで神様の元へは呼ばれて行っていたが、今回はこちらが訪問する側だ。
手土産……神様当てならお供え物? のひとつでも用意するべきだよね。
「このパイめっちゃおいしそう。もう一回買いにこようかな」
一度来た場所なら瞬間移動できる。今買い込むより帰る直前に買った方が、出来たてのものを持ち帰られるからね。
「おやあんた、勇者様と共に街を救ってくれた子じゃないか! ありがとね、こいつももっていっておくれ」
「わ、ありがとうございます」
なんて考えていたら、店主のご厚意で箱が追加されてしまった。
まあ、包装済みのものなら期限長いだろうしいいか。
「代わりにさ、マルティオ様の活躍を詳しく教えておくれよ。大ファンなんだけど、本人は全然語ってくれないから気になって。そういうところも格好いいんだけれどねえ」
おおっと、話の長いおばさんに捕まってしまった挙句、答えづらい質問をされてしまった。
何て返したらいいだろう……。
「それは素晴らしかったのです。剣先から溢れる光で大地を満たし一瞬でアンデットモンスターを消し去る姿は、正に勇者と表現すべきものでした」
「はあ~、やっぱり凄かったのねえ」
困った時のリズエラ先生。何も嘘は言わず、神々しさを盛ってバーサーカーマルティオのことを話してくれた。
「……持て囃されて困る顔を見られないのが残念なのです」
善意100%ではなかったけれど。
お土産用のとんがり帽子(ヘラビスのとお揃い)で遊ぶリールを捕まえて店を出て、瞬間移動のため街の外まで移動する。
念じて目を開けば、そこはもうヘラビス邸の前だった。
レンガ造りの立派なお屋敷の、これまた立派なドアを叩く。
「こんにちはー」
昨日は呼びかけに反応は無かったが、今日はもちろんご在宅。
中からヘラビスの声が聞こえてきた。
「あっ。来たのね。少し待って」
……ご在宅だったのだが、何故か扉は開かない。
慌てた様子の言葉の後、屋敷の中で風魔法が吹き荒れた。
食器の擦れる音、ドアがバタバタ閉まる音が断続的に聞こえてくる。
「今片づけるって……パッチが帰った後、そのままの状態?」
あたし達が来るのを分かっていたのに、片づけていなかったらしい。
ただ、家の芝生が整っているのを見るに、普段からズボラにしているとは考えにくい。
お泊り会の余韻が名残惜しくて、手を付けけられなかったのだろう。愛が重い。
「お待たせ。入って」
昨日の戦闘で乱れていたのとはまた違う、長い黒髪のぼさぼさ具合。眠たげな瞳。
随分とお楽しみだった様子のヘラビスが、あたし達を出迎えた。
「し、四神様のプライベートを覗いてしまいました……罪にならないでしょうか」
それを目の当たりにしたリサが、変な理由で慌てていた。
ディザンマみたいに公務放り出して住民と一緒にサーフィンするような神様もいるし、心配しなくていいと思う。
「不格好で申し訳ない。整えて来る、ここで待ってて」
中に入って廊下を進んだ突き当りの部屋にあたし達を案内すると、ヘラビスはお色直しにこの場を去った。
ブラウンの木製家具で統一されたシックな応接間だ。
椅子に座ると、どこからともなく飛んできたコウモリがお茶を持ってきた。
「うわ!? 魔物?」
「ヘラビス様の使い魔なんじゃないかな。ほら、お辞儀までしてる」
羽とは別に独立した腕をお腹に当て、コウモリはぺこりと頭を下げた。
襲ってくる様子も逃げる様子もないので、頭を撫でてみた。
するとコウモリは「きい」と嬉しそうな声を上げて、部屋の隅に飛んで行った。
「ぼくも」と代わりにやってきたリールを撫でたりお茶を飲みながら待つことしばし、ヘラビスがいつものとんがり帽子を被って戻ってきた。
「改めて、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
「大蝙蝠、お客様のおもてなしを有難う」
ヘラビスが先ほどのコウモリに向かってネクタリンを投げた。
コウモリは器用にそれを捕まえ、部屋から出ていった。
「桃食べるんだ、可愛いなあ」
「大蝙蝠は賢くて空も飛べる、優秀な使い魔。庭の手入れもしてくれている」
あ、家の周りを綺麗にしてるのってヘラビスじゃないんだ。
「ヘラビス様! ささやかなものですが、お納めください」
リサがお土産を恭しく差し出した。
封を開けて中を見たヘラビスは、少しだけ驚いたような顔を見せた。
「これはまだ奉納されていない新作焼き菓子。有難う」
神様は色んな場所から奉納品を貰っているのか。よく贈られる物と被ってなくて良かった。
「それと、昨日助けてくれたことも本当に感謝している。あのままではいずれ、直接街を脅かしていた」
「でも、もうそんなことはしない?」
「しない。私の概念、『秋』に誓って」
リールが真剣な表情で尋ねると、ヘラビスは概念の化身の盟約の言葉を返した。
「私を鎮めただけでなく、混乱を招かないよう情報の秘匿もしてくれた。この恩は忘れない」
「わざわざ言いふらすものじゃないですし」
ギルドへの報告は「源泉に湧いていたアンデットモンスターを倒したこと」としか話していない。
それに加えてヘラビスが街に神託を下したことで、温泉が元通りになると信じてもらえたのだ。
あんなに喜んでいる街の人々に、「神様が悪い概念の化身に憑りつかれていたのが原因」なんて話をするのも野暮だよね。解決したんだし。
「ヘラビスのあんな姿を聞かせたら、謙虚の精神とは? ってなっちゃうよね」
「ムク、神様に向かってその言い方は何なのですか。貴方はもう少し謙虚になるのです」
「いい、気にしてない。そもそも、その『謙虚の精神』というのは私が教えた物じゃない」
「「え?」」
今、憑りつかれた云々よりよっぽどヤバい情報漏らしませんでした?
「私があまり語らない性格だったせいで、勝手に広まったもの。昨日も言ったけれど、私は元気な子が好き」
「言われてみれば、パッチは謙虚どころか元気の塊だ……。誤解を解こうとはしないんですか?」
「今更直すのも面倒」
神様の言う事ならすぐに聞いてくれると思うけど……。本人が気にしていないなら良い、のかなあ?




