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第115話 勝利の湯

「うんうん、めでたしめでたし……じゃなくて! あのー、ヘラビス様に聞きたいことがあるんですけど……」


 お話完結ムードが流れている所に水を差すのは非常に申し訳ないとは思ってる。だけど、元々ヘラビス様に用があって会いに来たのはあたし達だ。

 そのことを主張してみると、ヘラビスは何故かあくびを返してきた。


「貴方達には勿論お礼をしたい。私の知識が必要なら遠慮なく貸そう。でも、今日はもう疲れた。人の子達はもう寝る時間」


 戦闘続きで気が付かなかったが、かなり時間は経っていたらしい。見上げれば、空が暗くなり始めていた。

 寝る時間には流石に早いが、瞬間移動があるとはいえもう帰る時間だ。


「大神殿に連絡を取った。温泉宿も用意させたから、そこで休んで明日また来ると良い」

「おお、温泉! あれ、でも源泉周りのアンデットを討伐したばかりだけど、大丈夫なんだろうか」


 アンデットモンスターを生み出していたヘラビスの暴走も収まったから、これ以上悪化することは無い。

 それにしても、この数時間ですぐに水質が戻るとも思えなかった。


「侵されていない源泉を引いている宿が少しだけある。そこから選んだ」

「なら安心だね。ありがとうございます!」


 温泉街の源泉は、あそこが全てではないらしい。流石にそのあたりは考慮してくれたか。


「えっと、泊まるのはここにいる全員で……?」

「パッチは私が返す。心配しないで」


 未だに抱き留めいていたパッチの事を、更にギュッと抱え込むヘラビス。

 「200年かけて一緒に罪を償う」みたいなことを言った直後なので心配しかない。あれは冗談だとしても、本当に返してくれるのか疑っちゃうぞ。


 まあでも、一緒に居たいオーラ全開のヘラビスと、まんざらでもなさそうにしているパッチを引き離すのも野暮か。


「妹のことをヘラビス様に任せるのも申し訳……いえ、ヘラビス様なら安心です」


 兄の務めとしてパッチを引き取ろうとしたマルティオに向けて、ヘラビスから無言の圧力がかけられた。

 百合の間に挟まる男は嫌われるよ。空気読んだ方が良いぞ。


「じゃあねパッチ、休み明けに学園でね」

「はい! 皆様お疲れ様でした、お気をつけて!」


 ヘラビスと、その腕の中に収まったままのパッチに見送られ、あたし達は瞬間移動で墓地を後にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ハイクーレのギルドにも、あたし達が依頼を達成したことが神託で知らされていた。

 戻って来るや否や、ギルドの関係者やその場にいた冒険者たちから熱烈な歓迎を受けた。


「すげえなあ、『光の特級』に出来ない依頼なんてないんじゃないか?」

「ヘラビス様のお力になれるなんて、やっぱり勇者様は流石です!」


 マルティオが終始活躍した、と信じてやまない言葉が飛び交う。

 ゾンビに囲まれて半狂乱になったとは誰も考えていないだろう。


「僕だけじゃこんなに早く達成出来なかったよ。この子達が手伝ってくれたお陰さ」


 集まってきた冒険者の眼差しを優しく受け流すマルティオは、勇者様の風貌にばっちり戻っていた。


「学生証にあった成果レポートは本物だったんですね……」


 あたしの学生証を見て驚いていた受付のお姉さんは、依頼の達成報告をした際にそんなことを呟いた。

 勇者様ならともかく、学生のあたしが受けるにはとんでもない依頼ばかりで信じてもらえていなかったようだ。


 ちなみに報酬はきっちり等分した。

 昼間は遠慮したけど、源泉の調査どころか戦いまくったからね。


 ギルドにはハイクーレ大神殿で会った神官も来ていた。あたし達を宿まで案内するようヘラビスから命じられたらしい。


「ヘラビス様の御声を聴いた時には、本当に救われた気持ちになりました。なんとお礼を申したら良いか」

「街が元に戻って良かったのです。これからも四神様のために、一緒に祈りを捧げましょう」


 リサの言う通り、ハイクーレの街の雰囲気はすっかり明るくなっていた。

 温泉を扱う施設は再開の準備に忙しく駆け回り、土産物屋にも明かりが灯っている。道行く人の顔も晴れやかだ。


 うんうん、やっぱり観光地はこうでなきゃ。


 賑やかな街を進み、奥まった場所にある小さな旅館に辿り着いた。

 深々と頭を下げる神官に別れを告げ、中に入った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「うあー、生き返るー」

「うんうん、素敵な旅館だね」


 見渡す限りもくもくと立ち上がる湯気を、胸いっぱいに吸い込んだ。


 待望の温泉である。このちょっぴり熱い湯加減がたまらないよね。

 あたしとハルヒは揃って恍惚のため息をついた。


 一日の疲れを溶かしていく、ゆったりのんびりした雰囲気……を切り裂くように、リールが泳いで目の前を横切った。


「あつい! ひろい! なんだこれ!」

「リール、温泉は泳いじゃいけません」


 足と尻尾で水面を叩き散らかす、いたずらドラゴンをお湯から引き上げた。


 あ、リールはまだ幼いからあたし達と一緒に女湯に入ってるけど、マルティオはちゃんと男湯だよ。

 間違ってこちらに入ってくる様なラッキースケベイベントは、勇者様には起こりません。


「お、思ったより熱い状態のお湯に浸かるのですね……」

「あっちのジャグジー……魔法泡風呂はもう少しぬるいと思うよ」


 温泉に入るのを躊躇っているリサに、ハルヒがジャグジーを勧めた。


「あちらの方が見るからに熱そうなのですが!? でも、ハルヒ様がそう言うなら……」


 ボコボコと勢いよく泡が出ているジャグジーにおののきながら、リサはゆっくりと足先を付けた。


「あ、本当に適温なのです。沸騰させた薬品みたいに泡が立っているのに」

「リサ、それに入れるの!? 生き物みたいにぶくぶくしてるよ」


 ジャグジーへの警戒がとけて気持ちよさそうにしているリサを見て、逆にリールが驚いた。


「リールも入ってみればいいのです、ほらほら」


 さっきまで自分も怖がっていたのに、勝ち誇ったような表情で挑発するリサ。

 その煽りに乗ったリールは意を決してジャグジーに飛び込んた。

 2人の元気な悲鳴が響き渡る。


「はあー、大仕事の後だから風呂が染みるわー」

「感想が若者のそれじゃないよ、気持ちは分かるけれど」


 治安の悪い街に乗り込み、山を登ってお化けを退治し神様を助ける、これを一日でこなしたのだ。風呂が気持ち良くない訳がない。


「ごはんも美味しかったし、部屋に戻れば布団も敷かれているって聞いたし、至れり尽くせりだね。ずっとここにいたい」


 至れり尽くせりというのは何故か何度か経験しているのだが、大神殿でのおもてなしはきらびやかで落ち着かなかった。和風な感じも相まってか、ここが一番肌に合う。


「何泊もしようと思ったら、流石のむーちゃんの貯金でも難しいんじゃないかな」

「リアルなこと言わないでよー」

「ごめんごめん、地球に居たら一泊するのも無理だったよね」

「なんか逆にリアルなこと言われた……」


 普通の女子高生をやっていたら、こんな立派な宿に泊まることは一生無かったかもしれない。  

 あの頃に比べたら夢のような暮らしをしているんだな。


「泊まりたくなった時にいつでも来られるくらいの稼ぎを続けたいなあ」


 こんな発言だって、十分実現可能な状況なのだ。


 ハルヒが何か含みのある顔でこちらを覗いてきた。

 ちなみにメガネは外しているので曇っていない。


「むーちゃんが自分から未来の話をするようになるなんてね」

「未来ってか、ちょっとした夢? みたいな?」

「小さくたって夢だよ! ほら!」


 ばしゃあ、と水しぶきが上がる。ハルヒが思い切り立ち上がって喜んでいた。

 ハルヒが考えていることをなんとなく察したあたしは、大きく手を振った。


「ゆ、夢とは言ったけど? 言葉の綾ってやつで、進路とかとは全然関係ないじゃん」

「昔のむーちゃんはそういう言葉に対して凄い顔してたよ。でも、今は楽しそう」


 確かに、夢を持てず進路を決められない事に悩んではいた。

 けれど、人前でそんな態度を取った覚えは……覚えて無いだけなのか、それともハルヒが良く見ていたのか。


 抵抗感が無くなったのは、進歩したってことでいいのかな。

 本人に自覚が無いのに、隣で喜ばれるのは変な感じだ。


「私もそろそろ見つけなくちゃなあ」

「そういえば、ハルヒの進路も聞いたことないや。教えてもらったことあったらゴメンだけど」


 あたしがそんな言い訳を添えるのも気にせず、ハルヒはお湯に浸かり直して考え込んだ。

 この反応は多分、本当に聞いたことないやつだな。良かった。


「地球に居た時なら、科学部で経験したことが仕事に繋がるかなって考えたけど……。フィルゼイトでなら、むーちゃんと冒険者をするのが良いな」

「え、あたしは大歓迎だよ! やろうやろう!」


 更にこんな嬉しいことを言われるもんだから、あたしのテンションはうなぎ登りだ。


「今回の依頼で確信したんだ。むーちゃんが受ける依頼って危険なものばかりだから、私が付いてないといつか大ケガしちゃうって」

「『私が居ないとダメだから結婚します』みたいなノリか……」


 それでも、最初は乗り気じゃなかった冒険に一緒に来てくれるようになった。

 これからもそうなるなら嬉しい限りだ。

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