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第113話 秋の廻天

「あらリール、久しぶりに大きくなったねえ」


 数十分ぶりに再会したリールは巨大な姿になっていた。

 手を振るとすぐにこちらに気が付き、「ムウ!」と甘えた声を上げて地上に降り立った。

 頭を下げてすり寄ってきたので撫でまわした。よしよし。


「ヘラビスが間違ったことしたから、ぼくが止めなきゃいけなかったの!」


 一通り甘え終わったリールは、今度は怒りだした。襲われたこと……に対してではないっぽい?

 件のヘラビスはふさぎ込んでしまっている。


「ヘラビス様! ご無事ですか!?」

「……」


 マルティオが駆け寄るも、反応は無い。


「ブートが憑りついていた精神的ダメージが抜けていないようだ。任せて、心を癒して守るのは得意分野だ」


 マルティオが高く掲げた剣の先から、光の雨が流れ落ちた。神秘的な光景は、見ているこちらまで癒される。

 光の雨を浴びたヘラビスの肩が跳ね、ゆっくりと顔を上げた。


「あ……マルティオ。久しぶり」

「良かった。お元気になられたようで何よりです」

「えっと、私は何をしてたんだっけ……?」


 正気は取り戻したものの、まだ記憶が曖昧のようだ。


 その様子にしびれをきらしたリールが、いつもの肩乗りサイズに戻るや否やヘラビスのみぞおちに体当たりをした。

 長い髪の毛が宙を舞い、ヘラビスの体がばたりと倒れた。


「おばかー!」

「ちょっと、お馬鹿はリールよ! 病み上がりの神様に何やってるの!?」


 あたしの静止も無視して、リールはヘラビスの体に乗った。

 ヘラビスはリールのことをどかそうとはせず、仰向けになったままリールに話しかけた。


「あ。『虚無』……あなたが私を止めてくれたの?」

「止めてもとまんなかったから、みんな還したの!」


 リールの言葉を聞いて、ヘラビスの細い目が見開かれた。


「私、とんでもないことをしてしまったのね。神様失格」


 自分が何をしていたか、思い出したらしい。


「ヘラビス様がお心を痛めることはありません。『憤慨』の概念の化身コンゼツォンと名乗る者からすべて聞き出しました」


 悲しげな表情を浮かべたヘラビスに向け、マルティオがブートから聞いた話を説明した。


「やっぱり悪いものが憑いていただけなのです」


 この説明を受けて一番安堵していたのはリサだった。

 暴走しているヘラビスを間近で見たから、いくら神官見習いとはいえ信仰心が揺らいでいたのかも知れない。


 ヘラビスは話を聞き終わると、リールを優しくどかして体を起こし、あたし達に頭を下げた。


「ごめんなさい」

「いや良いんですって、ブートがちょっかい出してきたせいですから」

「『憤怒』のやり方は怒りを増幅・・させること。無い物は増やせない。私の中に『虚無』を憂う気持ちがあったからこそ、こうなってしまった」


 あれ、そうだったの?

 夏の大陸からの帰りに四神様と出会った時は、友好的じゃなかったのはディヴォンだけだった気がする。


「トゥーリーンが勝手に『虚無』を連れてきて、凄く不安だった。この世界が壊されてしまうのではと。ディザンマは呑気に賛成して、ディヴォンは私と一緒に反対した。ハイルンの頼みだったこともあって、結局受け入れることになった」


 そういえば、こちらに来てすぐは秋と冬の大陸には行かない方が良いって話になってたっけ。あの時ヘラビスに敵対心が無かったのは、ディザンマの依頼を達成していたからか。


 淡々と話す中にハルヒの名前が出てきて、ハルヒは申し訳なさそうに大きな体を縮こませた。

 というかハルヒもドラゴン態になってるし。思ったより激しいバトルしてたの?


「トゥーリーンやディザンマからの話で、悪い子ではないのは伝わってきた。でも、油断は禁物。私は秋の大陸を守るために何をするべきか考えていた。そこを『憤慨』に付け入られ、結果はこの通り」


 万が一リールが秋の大陸を攻撃してきた時に対抗できるように、ゾンビの群れを活用したりする作戦を練っていたんだろう。

 その思考をブートに悪用されてしまったのだ。


「でも、大陸を守るっていうのは神様の使命なわけだから、ヘラビス様は当然のことをしただけだよね。やっぱり悪いのはブートだよ。逃がしたのは惜しかったなあ」

「むーちゃん、逃げられちゃったの?」

「そうなんだよ、逃げ足だけは早かったなあ」


 あたしが戦いの顛末を話すと、ハルヒは何故か安心したような声を出した。


「世界を害する概念の化身コンゼツォンが現れたのは封印隊に報告済みだから、今はそっちに任せておけばいいよ。確かに逃がしたのは痛いけれど、殺しちゃってたらまた別の場所で復活しかねないからね」


 そうか、だから悪い概念の化身コンゼツォンは封印するんだっけ。

 封印隊の妖精さんと剣のコンビ、元気にしてるかなあ。


「ですからヘラビス様、お顔を上げてください」


 これだけ明るい雰囲気を演出し、マルティオが勇者スマイルを向けても、ヘラビスはまだばつが悪そうな表情をしていた。


「でも……貴方達だけじゃない、街の皆まで不幸にしてしまった」


 確かに、ハイクーレの治安が悪くなったり温泉がゾンビのせいで濁ってしまったり、被害は出ている。

 でもヘラビスが正気に戻ったのだから、街もすぐに元通りになるだろう。


「そ、それが許されないのなら、パッチはどうなるのですか」


 そんな説得を考えていた矢先に、リサが声を上げた。


「あの子はとってもドジで周りに迷惑をかけていますが、同じくらい皆を笑顔にしています。ヘラビス様のただの一度の間違いが許されないのなら、あの子は何代先にも許されないことになってしまうのです。そんなことは……ないと言ってください」


 確かに、パッチは回数だけで考えたらヘラビスの何百倍と迷惑をかけてそうだな……。

 ヘラビスもパッチのドジっ子属性を知っていたらしく、そのことを思い出したのか突然噴き出した。


「ふふ、そうね。あの子と一緒に罪を洗う修行をするのも悪くない」

「ん??? どうしてそうなる???」


 斜め上の妄想に思わず心の声が出てしまった。

 パッチはヘラビスのお気に入りとは聞いていたけれど、そんなにか。


「でも私と一緒にいるには寿命が心元ない。あと200年はないと」

「許されるまでの期間なっが」

「だから……ううん、元よりパッチのことは全く責めていないし、私もじっとしている場合じゃない」


 ヘラビスは今までふさぎ込んでいたのが噓のようにすっと立ち上がり、とんがり帽子をかぶり直した。


「ありがとう、春の神官。人に諭されるような神だけれど、私も頑張るから貴方も頑張って」

「は……はいなのです!」


 ヘラビスにお礼を言われたリサは、とても嬉しそうに返事をした。

 リサって人を元気づけるの得意だよね。まさか神様まで立ち直らせるとは思わなかったけど。


「ずいぶん長い間、パッチに話しかけていなかった気がする。マルティオ、パッチは元気?」

「えっと、僕も忙しかったので……。学園に顔を出した時も会えませんでしたし」


 マルティオが演武を披露した時か。

 あの時はパッチがマルティオのことを避けていたからね。


「そう……それなら。パッチ、おいで」


 ヘラビスがすっと両腕を上げると、上空に光の輪が現れた。

 リールが身構えるが、「もう魔物は出てこないから安心して」とヘラビスがなだめた。


 数秒後、輪の中から何かがドサッ! と音を立てて落ちてきた。

 僅かに敷かれていた落ち葉が舞い上がる。


「痛た……またドジってしまいました、ってあれ? ここは一体どこでしょう?」


 落ちてきたのはなんと……というか案の定、パッチだった。

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