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第112話 『虚無』VS『秋』

「にょわ!?」


 突風に巻き上げられたリールは、かなりの距離を飛ばされた後地面に叩きつけられた。


「いたた……すごい風、ぜんぜん逆らえなかった」

「当然。私の木枯らしに攫えぬものはない」


 地面にうずくまるリールの目の前に、着物姿の女性が立ちふさがった。

 とんがり帽子と長い黒髪の奥から、薄く開かれた瞳がのぞく。


 『秋』の概念の化身コンゼツォン、ヘラビスだった。


「『虚無』よ。フィルゼイトから立ち去る気が無いのなら、この手で葬る」


 ヘラビスが大きく手を振ると、地面が盛り上がり何体もの骸骨が現れた。

 カラカラと骨を鳴らす骸骨たちを、リールは悲しそうな目で見つめた。


「寝てるひとを無理やり起こすのはよくないよ!」

「貴様を消すため、手段など選んでいられない!」


 ヘラビスがリールを指さすと、それを合図に骸骨がリールへと押し寄せた。

 リールは藍玉でそれを一蹴する。


 骸骨が一瞬で消えた様を見て、ヘラビスは伸ばしたままの腕を振るわせた。


「やはりその力は危険……! トゥーリーンは何故こんな概念の化身コンゼツォンを連れてきたんだ」

「そっちが攻撃するからだよ、何もしないなら何もしないよ」

「ほざけ! ここから立ち去れ……消え去れ……!」


 これ以上は話す気も無いと言わんばかりに口を強く閉ざし、ヘラビスは地面に両手を叩きつけた。そこから更に大量の骸骨が顔を出し、リールを取り囲んだ。


「わわ!? お船の上で会った時とは大違いだ」


 夏の大陸からの帰り道、四神日に一言だけ言葉を交わしたことがあったがその時は物静かな印象だった。

 そんな神様から今度は強烈な敵意を向けられ、リールはどうしていいか分からずにいた。

 ひとまず骸骨たちの手の届かない空中へと避難する。


「リールちゃん!」


 ヘラビスに攻撃していいものかと攻めあぐねていたところへ、ハルヒとリサが追いついた。


「ハル! リサ!」


 ハルヒが広げていた両手の中に、リールは思い切り飛び込んだ。

 抱かれてもまだ緊張が解けないのか、リールの尻尾がハルヒのお腹をぺちぺちと叩いた。


「ムウは……むこうで戦ってる?」

「うん、街の異変の原因、なのかな。むーちゃんとマルティオさんなら負けないよ」


 2つに増えた概念の化身コンゼツォンの片方は、戦闘を始めたようだ。何度か雷の音が聞こえた。


 だが、反応から察するにさほど強い概念の化身コンゼツォンではない。特級魔法の種ケルン持ちの2人なら十分対処できる程度だ。


 問題はヘラビスの方だ。神様から向けられる視線は、それだけで身を切られるような鋭さがある。

 足元からは明らかに地面に埋まっている量を超えて、無尽蔵にアンデットモンスターを生み出していた。


 山に蔓延っていた魔物たちも、ヘラビスが生み出し操っていたのだろう。


「ヘラビス様、どうしてこんなことをしているのですか!?」


 ヘラビスは『秋』の化身、命の成長が実を結ぶ時期を静かに温かく見守る女神様。


 そんな教えを信じてきたリサにとって、今のヘラビスは自身の描くイメージからあまりにもかけ離れていて、目の前で起きていることを信じられずにいた。


「神官とて邪魔をするなら、容赦はしない!」

「きゃあ!」


 ヘラビスに近づくものを排除するように吹いた風が、リサを弾き飛ばした。


「リサちゃん!」

「うう……。信じ、ないのです」


 たたらを踏みながらなんとかバランスを取ったリサ。神様から攻撃されたことへの恐怖か悲しみからか、今にも泣きだしそうな顔をしている。

 それでも前を向いて、杖を手に取った。


「たとえ神様でも、死者を無理矢理目覚めさせるようなことは許されません。そんなことを、四神様が進んでやるはずがないのです! きっと悪霊に憑かれているのです!」


 その光景が信じられないことからの逃避か、信仰心の賜物か。

 あながち間違っていない仮説を言い放ったリサは、周囲に種をばらまいて杖先をくるくると回した。


「伸びて絡まり、地を踏みしめ! ヘラビス様を止めるのです!」


 地面に落ちた種から蔦のゴーレムが3体生成され、すぐにヘラビスへ向かって歩き出した。

 それを通すまいと骸骨の群れが立ちはだかる。骨で殴られてもゴーレムの動きが鈍ることは無いが、進路を塞がれ先へ進めない。


「リールちゃん、お願いできる?」

「分かった、とりゃー!」


 リールが放った藍玉が、骸骨の群れを次々に消し去った。進路を確保したゴーレムたちは徐々にヘラビスへ迫っていく。


「まだだっ……!」


 骸骨を消滅させられ一瞬うろたえたヘラビスだったが、もう一度手を振りかざした。

 そこから生まれたのは、青い鬼火。鬼火はゴーレムに触れると勢いよく燃え上がり、更にその炎すら飲み込んで巨大化していった。


「ゴーレムが!」


 灰になっていくゴーレムを助けようと、リサが鬼火に近づこうとする。

 鬼火もそれに気が付いたのか、炎の揺らめきがリサの方へ傾いた。


「リサちゃん、近づいちゃダメ!」


 リサを襲おうとする鬼火との間に、ハルヒが飛び込んだ。


「ハル! リサ!」


 鬼火の勢いが一気に強くなる。

 青い炎は二人を包んだ……ように見えたが、ドラゴン態に姿を変えたハルヒが炎を受け止めていた。


「ハルヒ様! 私をかばって……」

「大丈夫、この炎もアンデットモンスターそのものだから、光属性の私には痛くも熱くも無いよ」


 その言葉通りハルヒの顔は穏やかなもので、対する鬼火は徐々に体をしぼませていた。


 『治癒』の力で鬼火を相殺する光景は、夢心が見ていたなら「こういうモンスターに回復呪文かけたらダメージ入るって本当だったんだ……」という感想が聞こえてきていただろう。


「でも、流石ヘラビス様の力で生み出された魔物だ。なかなか消滅しないね……」

「その姿、ハイルンか? 何故『虚無』の味方をしている!」

「えっ、今まで気付いてなかったんですか!? いや、その状態で人型の私を見抜けないのはしょうがないか……」


 旧知の仲だったはずのヘラビスに認知されていなかったことに一瞬傷ついたハルヒ。

 錯乱した状態では仕方ないと言い聞かせ、改めてヘラビスへ向き直った。


「ヘラビス様、怒りを鎮めて下さい。私達は、あなたや秋の大陸を傷つけるつもりはありません!」

「トゥーリーンはおろか『封印隊の守護神』ともあろう者まで、何故なのだ!」


 ヘラビスの叫びに応じて、鬼火が再び燃え上がった。

 こちらの話を聞く様子は全くない。


「くっ、もう少しなのに……」

「他の魔物も復活したのです!キリがないのです!」


 骸骨や不死者オストーブ、他にも様々なアンデットモンスターが地面から湧き起こった。

 辺り一帯が怨嗟の声に包まれる。大きくなったハルヒの体でもその勢いは抑えきれず、防御をかいくぐった魔物がリサに迫ろうとした。

 リサがもう一度蔦のゴーレムを呼び出そうと杖を掲げたその時。


「もう! いいかげんにしなさーい!」


 幼いながら力強いリールの咆哮が響いた。

 地面が揺れるような強風と共に、藍色の霧が空から降ってきた。


「今度は何ですか!? 毒……じゃない……?」


 とっさに口を両手で覆ったリサ。そのまま目も保護しようとしたが、指の隙間から見えた光景に動きを止めた。


 魔物たちが声を上げながら、次々に霧の中に溶けていく。しかし、ヘラビスも含めて自分たちは無事だったからだ。


「こんなにたくさん迷子にしちゃだめでしょ! もとの場所に帰ってもらいました!」


 そんな台詞が聞こえて空を見上げると、何やらとても怒っている様子のリールがいた。

 いつもの肩乗りサイズではなく巨大なドラゴンの姿になっている。

 力強くはためく羽から、藍色の霧が噴き出している。霧は風に乗って広がり、魔物を消し去っていた。


「あ、ああ……そんな」


 いよいよ力を使い果たしたらしいヘラビスは、その場に座り込んだ。

 力なく顔を伏せ、長い黒髪が地面に垂れた。


「おお!? なんだこの霧! みんな大丈夫―?」


 そこへ、ブートを撃退した夢心とマルティオが到着した。

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