第111話 漆黒の球体
第96話と関わる話になるので、リアルタイムに追ってくれている読者様は読み返すことをオススメします。私も見返しました(遅くて申し訳ない)。
「くそ、何だったんだあいつら。強すぎるじゃねーか!」
何もない暗闇を蹴とばした赤い足は、くるりと宙を一回転して元の位置に戻った。
ブートはフィルゼイトを飛び出し、更に空間を超えて遥か遠い場所に退避していた。
支えの無い空間だと気づき、足の代わりに腕を振り下ろす。苛立ちを抑えようとせず、むしろ存分に開放することで概念の化身としての存在を高め、傷を癒そうとしていた。
「俺様も本調子じゃなかったとはいえ……。まあ、あの坊主の片割れを従えてるってなら当然なのか?」
逃げたのは敗北を悟ったという理由もあるが、頼まれ事を果たすためある情報を持ち帰らなければならないという理由が大きかった。
その場所へ飛ぶため、もう一度空間を渡るための魔力を練る。その間にブートは依頼主との出会いを思い返した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
出会いの場も今と変わらぬ何もない暗闇、宇宙空間だった。
遠くに僅かに星々の光が見えるだけの場所。そこに、更に深い闇が漂っていた。
漆黒の球体は何かを探す様に、あちらへ行ったりこちらへ来たりと、不規則に動いていた。
「ようよう、何かヤベーもんが怒り散らかしてるな?」
ブートが声を掛けてみると、どうやら意思があるようで、音もなく近寄ってきた。
(──じゃま)
「ちょっと待て、それ以上近づかれたらダメなやつだろ!?」
興味本位で近づいてみたが、身体的な意味で接近しすぎるのは不味い。
そう直感したブートは球体から距離をとり、まじまじと観察してから改めて話しかけた。
「ふーん、探し物か。手伝ってやろうか?」
(──なんで?)
何故考えていることが分かるのか、何故初対面なのに協力しようとするのか。
と、疑問を浮かべる闇。こんなものがこの世界にあったとは。
ブートは好奇心が抑えきれなかった。
「楽しそうだからだよ、文句あるか?」
(たのしい……?)
「あー、お前からは怒りと悲しみしか感じられないな。そりゃ分からんか」
何を言っているのか分からない、とでも言いたいのか、人が首を傾げるように球体がくるりと回転した。
「地球で生まれてしばらくは幸せだったんだぜ、俺様が近づくだけで人間共が争いだして、あっという間に怒りの渦が周りを飲み込んでいく……。眺めているだけで存在が大きくなった。だが途中で邪魔をされて、地球を離れざるを得なくなっちまった」
遥か遠くに見える地球の光を睨みながら、ブートは話を続けた。
「封印隊とか言ったか? 捕まったらもう楽しめなくなるなんて冗談じゃねえ! ……とまあひと悶着あったから、しばらく地球には戻れないんだよな。他に行く当ても無かったし丁度良いんだよ」
空を切った拳をもう片方の手で押さえ、少しだけうずくまるブート。
封印隊と交戦した際に負った傷は深く、時間が経った今でもまだダメージを残していた。
(ふうん──それなら)
球体はブートの提案に乗るつもりになったらしい。頷くように傾いて、ブートに近づいた。
「だから寄るんじゃねえって! 触ると不味いんだろ?」
(ふれたら──きえちゃう)
「やっぱりヤベー奴だった! せっかく逃げてきたってのに、こんな所で消されるなんて勘弁してくれよ」
ブートは頭を抱えながら安全な距離を取りなおした。
はあ、と深いため息をついてから球体に向かって手をかざす。
少し間を置いて、手のひらから黒い雲が生じた。
黒雲は帯電しながら形を変え、色も少しだけ青みを帯びていき、最終的に小さなドラゴンになった。
「探し物はこいつで良いのか? へえ、ドラゴンね」
(──! そう、それ)
急に目的の物が現れたことで、球体は激しく震えた。
まがい物であることには気が付いているようだが、それでも意識はドラゴンにくぎ付けだ。
この闇をここまで動揺させることが出来る存在に、ブートは少しだけ恐怖を感じた。
「オッケー。じゃあ坊主はここでじっとしていな。下手に動くと探し物に気が付く前に消しちまうぞ?」
(──たしかに)
球体の記憶を読み取り「探し物」──怒りと悲しみを蓄えた闇の中にあった存在を感知したブートの能力を認めたのか、素直に要求を受け入れた。
「そいや、まだ名前を聞いて無かったな。俺様は『憤慨』の概念の化身ブート。坊主は?」
名前を問うと、何故か球体は寂しそうに少しだけしぼんで、こう呟いた。
(──たぶん、『虚無』の概念の化身。ゼーン)
そしてドラゴンの分身に覆いかぶさり、それを取り込みながらもう一言。少しだけ怒りの籠った声でこう言った。
(あと、これもたぶん、『虚無』──)
◇◇◇◇◇◇◇◇
「同じ概念を持つ概念の化身だなんて冗談だと思っていたが、あのドラゴンを見た感じ、あながち間違ってもいなさそうというか……。足して2で割ったらちょうど良さそうだよなあ」
漆黒の球体──ゼーンも、リールも、確かに『虚無』という概念を持っていた。その上どちらも別の概念を持っていた。
別の概念が何なのかまでは判断できなかったが、どちらが『虚無』に近いかと言えば、間違いなくゼーンだ。
「ドラゴンの方も『虚無』と呼ばざるを得なかったが、あれの『虚無』成分一割くらいだよな? 九割別物なのにそれが何なのか認識出来ないって……気持ち悪いな」
この世の概念を体現化した存在である概念の化身同士は、お互いが何を象徴としているのかが感覚で理解できるはずだ。
「まさか、この世のものじゃない概念が入っている? ゼーンなんかさっき出てきた幽霊霧って奴と似てるもんなあ……っと、出来た」
転移の準備が整い、早速ブートはそれを発動させる。
ゼーンから少し距離を取った位置へと瞬間移動した。
「うえ……もう少し休んでからやるべきだったか。思ったよりしんどいな」
そこまで強大な概念を持つわけではない身での連続転移に、ブートはよろめき呻いた。
だが、怒りが怒りを呼ぶ面白い話をブートが停滞させるわけにはいかなかったのだ。
「おーい坊主、戻ったぞ」
声を掛けられたゼーンが、遠慮がちに近寄ってくる。距離の取り方は覚えたようだ。
(──どうしたの?)
「どうしたのって、戻ってきたんだから要件は一つじゃねえか。見つけたぞ」
見つけた、という言葉に闇が震えた。
「フィルゼイトって星だ。だが気を付けろよ、あのドラゴンの取り巻き意外と強いぞ」
(つよい。──そうか)
「ドラゴン自体も、星の神様相手に押し勝ってたみたいだからな。いくら敵を吸い込んじまえるとはいえ」
ブートが助言をしきる前に、ゼーンが這いよるように近づいてきた。
それはゼーンの力の及ぶ距離。ブートの左足が、いつの間にか消滅していた。
「おい! 近寄りすぎだ! なんてことを」
(──つよくならなきゃ)
「せっかく協力してやったのに、俺様を取り込むつもりか!?」
右足をバネにして距離を取ろうとしたものの、間に合わず右足も消滅する。
(『虚無』はないもの。しられてないほうが、つよくなる)
ゼーンの存在を知ってしまったブートを消滅させれば、『虚無』としてより強固な存在になる。そう言いたいのだろう。
(リールはぜったいに、ぼくがてにいれる)
強い決意の言葉と共に、闇が大きく膨れ上がる。
「だからってよ……あー、畜生」
力の残っていなかったブートは、成す術なく闇に飲み込まれてしまった。
この先、怒りの矛先を見つけた闇がどう動くのか見届けられない事を悔やみながら。
一人だけの世界になり、自身の力が高まったことに満足したゼーン。しかしその後、ポツリと呟いた。
(──フィルゼイトって、どこ?)




