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第110話 怒りの源

 ブートがその手に集めた魔力が黒い雲として見えるようになった。バチバチと発電するそれは更に大きくなり形を変えていく。


「何か完成しちゃう前に叩いた方が良いんじゃないですか?」

「いや、魔力が形を変えている不安定な時に魔法をぶつけるのは良くない。最悪両方とも爆発して辺り一帯が吹き飛んでしまう。攻撃するなら完成した瞬間だ」


 砂漠に降っていた雨と同じ現象か。それなら今は待ってタイミングをうかがうしかない。


 やがて雲は二つに分かれ、一つは人の形を取り始めた。

 大きさはあたし達より小さい。リサと同じくらいだ。


 そろそろ出来上がるなと思った瞬間、それはあたしに近づき、こう叫んだ。


「異世界人が! くたばりやがれ!」


 そしてあたしの胸に突き付けた杖から、風の刃を放った。


「うわあっ……!」


 至近距離で魔法をくらったあたしの体は、十数メートル後ろへ吹き飛んだ。


「ムクさん!?」


 それを見たマルティオが慌てて回復魔法を飛ばそうとするが、そこにもう一つの黒い雲が割って入った。


「邪魔だ……って、あ、ああ、ゲ、幽霊霧ゲシュペン!?」


 黒い雲は薄く広がり、幽霊霧ゲシュペンの群れになった。

 アンデットモンスターを間近に見てしまったマルティオは腰を抜かしてしまう。


「モンスターも当たりだが、子供の方も意外と当たりだな! ここまで戦闘力のある怒りの源クエレダートが出来るなんてなあ」


 黒い雲から現れた子供と幽霊霧ゲシュペンを従えて、ブートは満足そうに笑った。


「こ、これも精神操作の一種なら……。対象の記憶にある最も大きな怒りと恐れの象徴を具現化した、ってことかい?」

「おお、その通りさ。魔法の干渉を防がれたとしても、実体化したものを見ちゃあ平静は保てないよなあ?」


 震えながらも状況を理解しようとするマルティオに、ブートは余裕の笑みで答える。


「それにしても、女の方は勢い良く吹っ飛んで行ったなあ。この強さと態度にはなんだか親近感が湧くぜ」


 横でふんぞり返っている子供を見て、ブートがそう言った時。


「本当にそっくりだよ、記憶にあるそのまま・・・・・・・・・ね!」


 氷の雨が当たり一面に降り注いだ。


「うわ、ムクさん!? 僕にも当たってるよ!」

「さっきのお返しです。防げてるから良いじゃないですか」


 空を飛んで舞い戻ってきたあたしは、マルティオの無事を確認してそう返した。


 ブート達にだけ魔法を当てることも出来たが、目つぶしのお礼にマルティオも巻き込んでみた。

 特級のバリアは氷の雨も、風の刃もバッチリ防げるのだ。風の勢いは殺しきれなくて吹っ飛んじゃったけど。


「それにしても、あたしが一番イラつく存在ね。図星すぎて笑うしかないわ」


 それなりに強い風の魔法を使える、態度の大きな子供。

 ブートの魔法で出来上がったのは、ユングルの分身だった。


 ユングルの分身はあたしの魔法で所々が霧に戻っていたが、まだ戦えそうな状態だ。

 あたしを見てわざとらしく舌打ちをした。


「数は勝ってるんだ、一気に畳みかけろ!」


 ブートの指示を受けたユングルと幽霊霧ゲシュペンが臨戦態勢になる。


 それを先に制したのは、マルティオの光だった。


「こいつらがこんなに増えなければ、僕じゃなくても対応出来たはずなんだ。よくも、よくも大量発生してくれたな!」


 敵を見据えたマルティオの視線が、一気に鋭くなる。

 それと同時に剣から放たれた無数の光線が、幽霊霧ゲシュペンだけを正確に貫いていった。


 不死者オストーブの時みたいに半狂乱になっていない。流れ弾も一切無かった。


「おー、さっきとは全然違いますね。今の方が伝説になるに相応しい光景でしたよ」

「出てきた時は驚いたけれど、実体があるなら恐れるほどではないさ。本物の幽霊霧ゲシュペンはもっと儚く不安定で、でももっと恐ろしいよ……」


 魔法を打ち終わった剣を下げ、震えだすマルティオ。

 せっかく格好良く決まっていたのに、台無しになってしまった。

 この短時間で怖がりを克服した訳じゃなかったかー。


「まだだ!」


 消えていく幽霊霧ゲシュペンの間を縫って、ユングルの分身がこちらに飛び出してきた。

 その体を、あたしは大きな氷の柱を出して弾き返す。

 ぶつかった衝撃で、分身から漏れる霧の量が増えた。


「分身とはいえユングルを氷漬けに出来る機会が巡ってくるなんて。ブート様ありがとー!」


 満面の笑みで感謝を述べると、何故かブート達は震えあがった。


「ちょっと待て。一瞬でも男の方は怯えていたのに、お前はなんで全く怖がらないんだ!?」


 おやなんだ、そんなことも分からなかったのか。

 『憤慨』の概念の化身コンゼツォンって名乗っておきながら、詰めが甘いね。


「ユングルの事を見ていたら確かに怒りがこみ上げるけど、それだけ。こっちに来てから本気で怖い目には遭ってないし、それより前の事は忘れちゃった」


 強い魔物に囲まれてピンチになったり、花粉を吸っただけで死にかけたりなんかしたけれど、それを覚えているということ自体があたしにとって幸せなのだ。

 「恐れ」の感情が付いている記憶を探すのが難しくて、「怒り」の方が優先された結果ユングルが出てきたんだろう。


「それにね、怒りの象徴だろうが何だろうが、こんなにハッキリ再現してもらったら、そりゃあ嬉しくてたまらないよ」


 ヒュプノに幻覚を見せられたあの時、あの幻覚はとてもおぼろげだった。

 対して今回のユングルは生意気な顔も見せるし、喋りもする。

 この魔法は、記憶があたしの中にちゃんと残っていると証明してくれたんだ。


「意味が分からん、こいつ正気か!?」


 困惑するブートを尻目に、あたしはユングル目掛けて「アイシクル・プリズン」を放った。

 突然周りを氷で塞がれたユングルは、氷を叩いたり風の刃で切り裂こうとした。しかし、もちろんそんな攻撃ではびくともしない。


「ファイクちゃんをいじめた分と、あたしが今まで我慢してた分……じっくり味わってね」


 氷の牢獄から、冷気が内側に向かって染み出した。

 今までは隙間から「アイシクル・ミスト」を流し込んでいたのに、いつの間にか自動冷却機能が付いたらしい。冷蔵庫の量産が出来そうだな。


 じわじわと襲い来る冷気に蝕まれたユングルは、始めは暴言を吐いていたが、やがて動きを止め、そして黒い霧に戻って姿を消してしまった。


 ユングルの姿のまま氷漬けになってくれると思ってたのに……残念。


「よし、じゃあ最後はあんただね」

「畜生、こんなはずじゃ……!?」


 ブートの遥か後方から、怨念の声と僅かな地響きが伝わってきた。

 リールが飛ばされた先でも、戦いが起こっているのだろう。


「くそ、あっちも劣勢か。仕方ねえ、せめて伝えに行かなきゃ・・・・・・・・面白くならねえからな」


 何かポツリとこぼしたブートは、黒い雷となって空に昇って行った。

 バチッ! と音がしたのも束の間、地上に残されたのは焦げた落ち葉だけ。


「あ、逃げた!?」

「む、追いつくのは難しそうだね……。今は仲間たちの方を優先しよう」


 光の速さ、どころか光になって逃走しただけあってすぐにその姿は見えなくなってしまった。


 ブートを追いかけることは諦めて、あたし達はリールが飛ばされた場所へと急いだ。

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