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第109話 赤鬼VS特級

 黒い雷が落ちた場所に現れた赤鬼は、丸太のように太い腕を交互に回した。

 肩をほぐす様なゆっくりとした動きだが、威圧感は絶大だ。それにあんな腕に殴られたら人間なんか簡単に吹っ飛んでしまう。

 あたしは慌てて赤鬼から距離を取った。


「あーあ、無駄な力使っちまったじゃねえか。あんなに血相変えて『虚無』を追いかけようとするとは思わなかったぜ」

「リールのこと知ってるの……? もしかして、さっきハルヒ達が感じた二つ目の反応はこいつ?」

「こいつ、とは不愛想だな。俺様は『憤慨』の概念の化身コンゼツォンブート。人間如きの相手なんて本当はやってられねえが……まあいいだろう」


 赤鬼──ブートは下がったあたしを追うことはせず、回していた腕をごつごつした膝に置き、屈伸を始めた。

 そして視線をリールが飛ばされていった方向へ向ける。


「『虚無』と会いたがっていた『秋』の怒りがビンビン伝わってくるなあ。ぶつかり合えばもっと面白いことになるし、『治癒』も向こうにいるから死にゃしないだろう。こっちで遊んでる間に消耗してくれたらラッキーだな」

「当たり前だよ! ハルヒは最強のヒーラーだからね、誰も死なないしついでにお前はぶっ飛ばす!」


 あたしのことを軽視した発言が、妙に癇に障る。

 杖を引き抜くのと同時に氷の礫を飛ばすが、巨体に見合わぬ軽快な動きで避けられてしまった。


 この不意打ちで当たらないとかクソゲーか!


「ムクさん、もう一回落ち着いて!」


 マルティオが再び治癒魔法をかけてきた。もう転んだ痛みは無いのに何を無駄なことを……、あれ? イライラしていたのが落ち着いた。

 というか、なんであんなにイライラしてたんだ?


「この概念の化身コンゼツォン、精神に干渉する魔法を使っているみたいだ。名前から察するに、怒りを増幅させて周りを見えなくさせる、正常な判断力を奪うってところかな」

「あ? もうバレちまったのか」


 ブートが屈伸を止め、体を起こしてマルティオを観察し始めた。


「しかもお前には効いてないみたいだな」

「光の魔法の種ケルンに負の精神操作は無意味だよ。ハイクーレの人々が険悪になっていたのもこれが原因だね」

「ん? 俺様が憑りついてたのは『秋』だけだぞ? おいおいまさか、山向こうの人間の街が俺様の影響を受けてたってのか。本当に人間は感情に操られやすいな!」


 ハイクーレの人々をあざ笑う姿にまた怒りが沸いたが、マルティオの魔法のお陰か体が勝手に飛び出すことにはならなかった。


 ヘラビスに憑りついていた、ってことはさっきまでのあたしよりも深く長く、怒りを膨らませていたのだろう。

 そのせいで神殿でも、ヘラビスに好かれているらしいパッチですら交信ができなかったのだ。


 そしてその怒りは、どういう訳かリールに向いている……。


 結局この赤鬼をぶっ飛ばして、リールを助けに向かうプランは変わらなさそうだ。


「だいたい分かった。マルティオさん、二人でこいつをさっさと倒しちゃいましょう」

「うん、勿論さ! こいつを倒せば万事解決しそうだからね」

「おいおい、俺様さっき名乗っただろう? ……ブート様と呼びやがれ!!」


 「こいつ」のところを敢えてゆっくり発音すると、それに気が付いたマルティオも乗ってくれた。

 これに反応し思い通りにキレてくれたブートは、黒い雷を身に纏い突進してきた。


 飛行術でそれを躱し、すれ違いざまブートの背中へ大きな氷塊を飛ばした。

 死角への一撃が決まったと思われたが、感づいたブートはぐるりと振り返り、迫りくる氷塊に合わせて拳を打ち合わせた。


 ブートの表情はあたし達の発言への怒りと、襲い来る氷塊に対応できた誇らしげな様子がないまぜになっていた。


 その顔が、ブート自身の拳と共に崩れていく。


「ぐっ……なんつー硬さだ!」


 ブートは手を払い、氷塊を打ち落とした。地面にぶつかった氷にはヒビ一つ入っていなかった。

 代わりに、氷塊と打ち合った拳の皮膚が剝けている。血は流れていないが、魔力が漏れているのが分かった。


「脳筋フォルムだったから、魔法の攻撃もパンチやらキックやらで対応すると思ったんだ。『絶対割れない氷』、上手くいって良かったあ」

「絶対割れない氷だと? そんな魔力食い放題のイメージ、どうやったら実現するんだ!?」


 出来るんです、特級ならね。

 いや、今まではイメージ不足とか何だかんだ失敗続きだったんだけど、今は出来る気しかしない。


「ほらほら、嘘だと思うなら割ってみなさい。『アイシクル・レイン』!」


 頭上から降ってきた氷の雨を見て、ブートは舌打ちをしながら回避した。

 

 その氷が突然、眩い光を放った。


「うおっ!? 何だ、前が見えねえ」

「うわ!? 目が! あたしの目まで!」


 氷を回避するためにその動きを凝視していたブートはもちろん、その様子をニコニコ見つめていたあたしの視界も潰れてしまった。

 杖を瞼にかざして『治癒』の力を借りると、だんだん目が見えるようになってきた。


「ふむ、どうやらヘラビス様としか関わっていないというのは本当のようだ。街に訪れていたら『何でもできる光の特級』と言われる僕の噂を聞かないなんてことは無いからね」


 マルティオは納得した様子でふむふむと頷いていた。


「ふむ、じゃなくて! やるなら言ってください、あたしの目も潰れましたよ!?」

「あ……ごめん、味方を巻き込まないっていうのは難しいね」


 ずっと一人で戦ってきたから、そういった加減が出来ないというのは理解できる。

 でもソロでやっている理由を知ってしまったから、どうにも間が抜けて見えてしまうなあ。


 こんな人でも特級で、冒険者として活躍できるならあたしも出来るんじゃない? と感じてしまうのだ。

 魔法の調子が良いのはこの思考のおかげかもしれない。


「なめるんじゃねえぞ!」


 視界を潰されたはずのブートがマルティオに向かって突進した。

 間一髪、突進自体は躱せたマルティオだったが周りに帯電していた黒い雷を受け、体を強張らせた。


「大丈夫ですか?」

「……っ、うん、これくらいならすぐ治せるよ」


 痺れながらも魔法を使って回復したらしい。流石一人で冒険していただけのことはある。


「精神汚染が生業なんだ、心のある場所が分かれば目なんか使えなくても戦えるぞ!」

「おお、解説サンキュー。つまりあたしの目、潰れ損じゃん……」

「ご、ごめんよムクさん」


 回復した目を細めて見れば、マルティオは肩をすぼめて小さくなった。


 心を感知しているなら、無心になれば見失うのかな?

 昔のあたしなら出来たかも知れないなあ。今は色々覚えていられるようになったから。もちろんこの方が良いに決まってるけどね。


「それにな、向こうもおっ始めたみたいだ。怒りのエネルギーが集まってきたぜ」


 ブートが空に手をかざすと、傷から漏れている以上の魔力が集まってきた。

 何か仕掛けてくる。あたしとマルティオも杖や剣を掲げて魔力を集めだした。

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