第108話 着信アリ
なんとかバーサーカーモードにならずに不死者を倒したマルティオは自信を取り戻し、それに対抗心を燃やしたリールが更に張り切ったことにより、あたし達は遂に捨てられ墓地に辿り着いた。
とは言ったものの、まだ墓らしいものは見当たらない。
マルティオが「ここから墓地だ」と教えてくれた境界線からは石畳が敷かれていたが、それも木々から落ちてきた葉や枝でほとんど見えなくなっている。踏むと寂しげな音を鳴らして砕けた。
「邸宅からそう遠くはないから、昔は『ヘラビス様に見守ってもらえる場所』として人気だったらしいよ。墓地なのに人気っていうのもおかしな話かな」
「いいえ、私も願わくばトゥーリーン様のご加護がある場所で眠りたいと思います」
この11歳、もう終活について考えているぞ。
あたしは……うん、無宗教だからこだわり無いわ。地球よりかはフィルゼイトに骨を埋めたいなってくらいかな。
「それももう何十年も前の話だからね。今はもう森の一部になって……おや、そうでも無いみたいだ」
石畳の幅が徐々に大きくなり、それに従って視界も開けてきた。人工物らしい物陰も多く見える。中心部はまだ木々に侵食されていないようだ。
「墓地に入ってから急に魔物が出てこなくなったね」
「確かに。残弾切れになったのなら有難いけれど、原因調査が難しくなりそうだ」
マルティオの発言は、『有難い』の部分に滅茶苦茶感情がこもっていた。
さて、そろそろヘラビスとご対面できてもおかしくないんだけど、どこに隠れているんだろうか?
「あれ?」
その位置を把握していたはずのハルヒが歩みを止めた。
この辺なの? 人の姿はあたし達以外見当たらないけれど……。
「どしたの?」
「概念の化身の反応が増えた……?」
ハルヒは後ろを振り返ったり正面に戻したり、何度も視線を行き来させた。
「ヘラビス様って分裂できたんだ」
「そ、そんなボケを今振らないで! 突っ込む余裕が無いよ!」
場を和ますための適当な発言だったのに、ツッコミをしようと思ってくれていたことが有難い。流石はあたしの親友だ。
リールも同じように頭をキョロキョロ動かしていた。それに尻尾が逆立っている。
これはあまり良い状況ではなさそうだ。
どちらへ向かうべきなのか、新たに現れたとみられる概念の化身は何者なのか。
身構えたあたし達のところへ訪れたのは──
ピロリンピロリン!
「ひい!?」
「え、このタイミングで通話来る? ちょっと後にしてもらいたいなあ」
電子音に慣れていないマルティオが飛びあがった。
静かな墓地に鳴り響いたのは、スマホの着信音だ。
このスマホにかけてくるのはフェアユング先生だけだ。定時連絡の夜では間に合わない重要な連絡なのかもしれないが、今はタイミングが悪かった。
スマホを取り出して、着信を拒否するボタンをタップしようと画面を確認する。
だが、そこに書かれていたのはフェアユング先生の名前ではなく、『非通知設定』の文字だった。
「非通知なら猶更タイミング悪いわ! ……ん? でもどこから番号漏洩したんだ?」
そもそもこの世界に存在しているスマホは2台、他に電話はおろか、通信機器に属するものは存在しない。非通知からかかってくること自体有り得ないはずだった。
あたし達が留守にしている間に3台目が開発されたとも考えられるが、そんな楽観的にいる事はできなかった。
「むーちゃん、マナーモード切ってたの?」
「え? ううん、音量スイッチはオフにしてるよ。……え?」
授業中は元より、冒険中に電子音を響かせたら、魔物を刺激してしまう。
だから部屋を出るときには、必ず音量のスイッチを切るようにしている。今だってそう、なのに。
音が鳴らない設定にしてあるスマホから響く着信音、『非通知』の文字、そしてここは墓地。
うわー、嫌な予感しかしない。
「あ」
震えた指が画面を滑り、受信のボタンをタップしてしまった。
『……見つけた……』
これまた設定した記憶のないスピーカーモードで、スマホから静かな女の声が漏れ聞こえた。
「おわわわ……幽霊と繋がっちゃったあ」
「切ってください、今からでも遅くはないのです」
聞き覚えのない声に慌てるあたしに、冷静に突っ込んでいるように見えて震えているリサ。
そうだ、通話を切ってしまえばいいのか。何を見つけたのかは知らないけれど、ご退場願おう。
しかしそんな勇気ある決断は、一足先に落ち着きを取り戻したマルティオに止められてしまった。
「その板から聞こえてきた声、もしかしてヘラビス様?」
いや、それは無い。神様がこんな心霊現象まがいなことしないよ!
『……ここから立ち去りなさい……』
ほら! どう考えても死者の安らかな眠りを妨げちゃったパターンだよ!
「ほんとだ、ヘラビス様の声だ」
「ハルヒ、マジで言ってる!?」
「もう、むーちゃん貸して!」
パニックになっているあたしの手からハルヒがスマホを取り上げた。
「もしもしヘラビス様、私です、ハイルンです。今どちらに居られるんですか?」
ハルヒの場違いに丁寧な質問に、何故か答えは返ってこない。
「そうそう、前なのか後ろなのか教えてよ!」
焦れたリールが、ハルヒの肩からスマホに向かって野次を飛ばした。
その瞬間、嫌な寒気を感じた。
リールが得体の知れない声を刺激したから? それもあるけど、もっと根本的に、リールの声に反応したかのような──
『……立ち去りなさい、さもなくば……!』
静かに怒りの籠った声が響いた直後、突風が吹き荒れた。
落ち葉が舞い上がって視界が遮られる。なんとか倒れないように踏ん張り、目に葉が入らないように腕でガードする。
「にょわーーーー!」
しかし、体が軽く踏ん張る力も足りなかったリールが吹き飛ばされてしまった!
「リールちゃん!」
「ハルヒ様! 一人じゃ危ないです!」
リールに一番近い位置にいたハルヒ、それに続いてリサが転びながらもその後を追う。
あたしも行かなきゃ!
「おっと、お前たちまでは呼んでないぜ?」
あたしが一歩を踏み出そうと上げた右足は、謎の声と共にやってきた更なる突風に掬いあげられた。すっかり落ち葉が無くなった石畳にもろに尻餅をつく。
「いったあ! 誰だこんなことしたのは!」
「ムクさん、落ち着いて」
マルティオが即座に治癒魔法をかけてくれたおかげで、痛みは一瞬でなくなった。
だけれど怒りが収まらない。リールが攫われて落ち着いてなんかいられるか。
マルティオの静止を振り切って、飛ばされた方向へ走り出す。
「いや、だからお前たちの相手は俺だっての!」
そんなあたしの目と鼻の先に、バチィ!! っという破裂音と共に黒い雷が落ちてきた。
その中から現れたのは、赤黒い巨大な体と頭に生やした太い角────鬼だった。
サブタイトル、もしかして今の若者には伝わらない……?




