第106話 勇ましい者と書いて勇者
数分後、ハルヒがおもむろに足を止めた。
「マルティオさん、本当にこの道で合っていますか?」
そして先頭を歩くマルティオに向かって、突然疑問を投げかけた。
せっかく道案内をしてくれているのに疑うの!?
「……それはどういう事かな?」
ほら! 勇者様の紳士フェイスがちょっと硬くなってるじゃん!
「いえ、ヘラビス様の住居への道のりとしては正しいのだと思っています……詳しい場所は知りませんが。マルティオさんが道を間違っていたり、別の場所を目指したりしているとは疑っていません」
足止めの理由が分からず戸惑うあたし達──しかし、リールだけは何か感じ取ったようだ。
「でも、コンのにおいはあっち」
リールが尻尾で示した方角は、あたし達が進んでいた方角とは少しだけ違っていた。
今は少しのずれでも、このまま進めば大きく違う場所にたどり着いてしまうだろう。
「私たち概念の化身はお互いの気配を感じ取ることができます。段々その方角からずれてきたので、念のため確認しておこうと思って」
なるほど、ヘラビスの家があるというからそこを目指していたけれど、外出中の可能性だって大いにある。
それにハルヒとリールが同じ方向から気配を感じ取っているなら、間違いなくその場所に居るだろう。
2人への信頼もあってあたしとリサはそのことを理解できたが、マルティオの反応は鈍いものだった。
「そっちは源泉のある方角だね……。どのみち向かう予定だし、ヘラビス様のご邸宅はもうすぐだ。そこを確認してからのほうが確実じゃないかな?」
その意見ももっとも、とは思ったが言い淀んでいたのが気になった。
何か含みのあるような雰囲気も感じたが、ここまで来て神様の家を拝まないのも勿体ないか。
念のためという優先度に下がってしまったが、目的地は変えずに進むことになった。
マルティオの言葉通り、程なくして木々の切れ目から建物が見えてきた。
ハイクーレの神殿よりも遥かに大きい、ブラウンを基調としたレンガ造りの立派なお屋敷だ。壁には蔦が絡まっているが、それも無造作に生えたものではなく調和が取れている。
山中の地面は落ち葉で覆いつくされていたが、この屋敷の周辺は芝生が見えていて整えられていた。
「こんにちはー」
正面にある大きな扉を叩いてみるも、反応は無い。やはり留守のようだ。
「やっぱりハズレかー。じゃあ源泉の方行ってみましょー」
「違うよむーちゃん、こっち」
ハルヒに首根っこを掴まれ、方向を修正された。よく届いたね。
森の中は目印になるものが無くて、方向感覚が狂いがちだ。
ハルヒに手綱を引かれながら、次の場所へ向かうあたし達。しかしそれを追うマルティオの足取りが重かった。
「何か気になることでも?」
「いや。ハルヒさんとリール君の言っていることが正しかったのだ、と反省していたところだよ」
「そこまで気に病まなくてもいいですよ」
ハルヒが気遣う声をかけるが、それでもマルティオの表情は明るくならない。
「温泉が濁っている原因があるとすれば何でしょうか……モンスターのたまり場になってしまっている、とか?」
話題を逸らそうとしてくれたのか、リサがマルティオに話しかけた。
「どうだろうね、源泉はかなり温度が高いし飲み水にも適していない。湯気につられて訪れることは合っても長居はしないと思う」
「普通の生き物ならそうでしょうが、高温が気にならず水を必要としない魔物……例えば先程の不死者なんかがうろついていたら」
「……あり得なくは、ないね」
ゾンビに汚された温泉、想像するだけで気持ち悪い……。
もしそうなら一刻も早く退治しなくてはならない。そしてリールと一緒に、綺麗になった温泉を満喫するのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その場所は、温泉が湧きだしている影響で草木が殆ど無く、ごつごつとした岩肌が広がっていた。
湯気が立ち込め視界が悪い上、足元は濡れていて滑りやすくなっている。温泉の成分が固化してへばりついた箇所もあり、いわゆる温泉の臭いが濃く漂っていた。
とまあいつもの如く足元事情は最悪なんですが、誰もそんなことは気にしていません。
理由は湯気の向こうにちらつく人影……不死者の群れがうなり声を上げながら源泉の周りを徘徊していたからだ。
彼らに仲間意識は無いのか、たまに体がぶつかり合ってバランスを崩した個体が温泉に落下し、動かなくなっていた。そこから温泉の色が形容しがたいものへ変わっていく。
ホラーというかグロというか、どちらにせよ年齢制限がかかりそうな光景である。
「僕らが犯人です、と言っているようなものですね」
うろたえるあたし達をよそに、リサは普段と変わらない調子でいた。
こういう光景、「見ちゃいけません!」の対象の方が冷静に受け止めてたりするよね。
「ではマルティオさん、よろしくお願いするのです」
「え!? 僕!?」
「光の魔法で浄化するのが一番早いと思うのです。以前幽霊霧の大群も退けたと聞きましたし」
「まあ、確かに……。分かった、任せてくれ」
リサの強引なお願いも聞いてくれる勇者様。だけど、剣を構えた手が震えている。いや、手だけじゃなくて最早全身ガクブルしていた。
大勢いるゾンビに戸惑って……というか、怖がってる? いやそんなまさかね、勇ましい者と書いて勇者なんだからゾンビ程度にそんなに怖がる訳がないよね。
「早くしないと気が付かれてしまいます、ほら!」
剣を構えたまま動かないマルティオにしびれを切らし、リサがその背をぐっと押した。
「あ、あ、まだ心の準備が……!」
反動で足音が響き、ゾンビの一部がこちらに頭を向けた。
ゆっくりと、しかし確実に群れが迫ってくる……!
そして、何かが切れた音が聞こえた、気がした。
「うわあああああやっぱり無理!!! ひいいいいいいい!!! 来るな、来ないで、頼むうううううう!!!」
「ちょっとマルティオさん!? お、落ち着いて下さい!」
突然暴走状態になったマルティオが、剣を振り回し光線を乱射し始めた。
大半はゾンビの群れに当たって、物凄い勢いで浄化されていく。しかし、少なくない量の流れ弾があたしの横を掠めたりリサの頭上を飛んでいったりした。
辛うじて味方に直撃する軌道ではないため、こちらを意識はしてくれてるんだろう。でもこっちにゾンビはいません!
光線は辺り一面を蹂躙し、間もなく不死者は消え失せた。
それから少しして、ようやくマルティオのバーサーカーモードが解除された。
「ハア、ハア……もういない、よね?」
それでもなお剣先に光を宿して、キョロキョロ辺りを見渡すマルティオ。
そこに今までの威厳は一切なく、へっぴり腰の新米冒険者と言われても納得してしまう有様だった。
「マルティオさん、もしかしてお化けが苦手なのですか?」
リサ、核心を突くのは止めてあげて! みんな理解しちゃってるから!
「あー、うん、まあ、そう、なんです……」
剣を仕舞ったマルティオは、観念したように頷き身を縮ませた。
「幽霊霧退治の時ももしかして、こんな感じだったのですか」
「一度は断ったのだけれど、他に受けられる人もいなくて仕方なく……。一人で行って、目を瞑って魔法を振り回して強引にね。その様子を直接見た人はいないから、功績として称えられることも多いけれど、正直もう思い出したくないよ」
皆に凄いと持て囃される中でこんなことを考えているとは、誰も予想していなかっただろう。
「嫌な予感はしていたんだ。アンデッドがいると覚悟していたけれど、まさかあの時並みに多いなんて。この先にある、捨てられ墓地から流れてきたにしたって多すぎる……って、まだいたの!?」
墓地があるらしい方角に目を向けたマルティオが、その目を大きく見開いて腰を抜かした。
湯気の向こうから、また数体の不死者が歩いてきたのだ。
「ちょいやー!」
しかし、その姿が完全にあらわになる前にリールの藍玉が放たれ、魔物の姿は消え去った。
「ふふん、そこの腰抜けさんより僕の方が役に立つもん!」
「こら、確かにマルティオさんの腰は抜けてるけどそんな事言わないの。はいはい、リールは偉い偉い」
頭をこちらに突き出して褒めてアピールを続けるリール。
それを抱き留め撫でながら、マルティオに尋ねた。
「あっちに墓地があるんですか?」
「ああ。昔は整備されていたけれど、ある時アンデッドが湧いてから放棄されてしまった。生き物の亡骸に溜まった魔力が悪さして生まれる魔物だから、埋葬もされなくなった墓地からあんなに出現するとは考えにくいけれど……」
「その理論からすると、森に不死者が湧いた事実のほうがおかしいですね。ちなみにハルヒ様、ヘラビス様の居場所はどちらに?」
「今魔物が来た方角……そんなに遠くない。その墓地で間違いないだろうね」
となれば次の行先は、捨てられ墓地に決まりだ。
マルティオは案内の役目も源泉調査の依頼もこれで達成したようなものだから、ここで解散してもいいのだけど──
「き、君たちをこんな怖くて危険な場所に置いていけるわけないじゃないか! 不死者増殖の原因も突き止めなきゃ、また同じことが繰り返されるかも知れない!」
と、震えながらも立ち上がり威勢よく宣言されたので、このまま同行することになった。
セリフの後に「そうしたらまた僕に依頼が来る、それだけは止めないと!」って聞こえた気がするけど、気のせいだと思っておこう。
威厳は完璧に消滅したけど、実力は確かだ。一緒に来てくれるなら心強い。
ここに来てようやく、パッチのお兄ちゃんなんだなという実感が湧いてきた。




