第105話 選ばれた才能
話がまとまったのでそそくさとデザートを平らげ、その足でギルドの受付へ戻った。
表向きはマルティオさんの源泉調査に同行させてもらうため、その許可を得る手続きを踏みに来たのだ。よそ者がいきなり神様のお宅に突撃訪問すると言ったら、誰も首を縦には振ってくれないだろう。
とはいえあたし達はよその大陸の学生でランクも蕾のまま。許可が出るかちょっぴり不安だ。
案の定、受付のお姉さんは渋い表情であたし達の学生証を眺めていた。
「マルティオさんの頼みとはいえ、学生を山の方へ連れて行くというのは……!? こ、これだけの依頼を達成出来ているなら問題ないでしょう。頑張ってくださいね」
おや、思ったよりすんなり通された。
いや、むしろ下手に出られた? なんか怯えられている気もする。
学生証を通して依頼の履歴を見たみたいだけど、依頼主のインパクトなら夏の大陸の神様ディザンマか。でも幻影蛙退治も学園長の依頼だし難しさなら負けてないよな。思い当たる節が多くて困る。
「どうもありがとう。あと、僕から頼んでおいて申し訳ないのだけれど、この子達のことはあまり気にしないでほしいな。交換留学でフルトに来ていて、来週には帰ってしまうから」
「そうですか、優秀な冒険者が増えたと思ったのに残念です」
ギルドに常駐することへの勧誘や変な噂は流さないように、やんわり釘を刺してくれた。
先ほど来た時は受付嬢に関わらず色んな方向から視線が注がれていたが、それも今ので殆どなくなった。
その後はすぐに街を出て、目的地であるバークータ山を目指した。
道すがら、マルティオはハルヒから回復魔法の飛ばし方を教わっていた。「パーティを組むのが久しぶりだから、上手くできるか不安だけど……」というような謙遜をよそに、秒でハルヒから太鼓判を押されていた。
「うん。回復魔法は十分うまい。守りながらは戦えなくても、治しながら戦えるはず。じゃあどうして一人で活動してるの……?」
合格判定を出したにも関わらず、なぜかハルヒは不満そうだ。
もし自分と同レベルの技量を求めているならそれはやりすぎだぞ。『治癒』そのものに勝てるわけないじゃん。
ところで、もともと互いに冒険の準備をしていたからというのもあるが、山を越えるというのに改めて準備をしなかったのは理由がある。
しばらく進むと周りには木々が増え、街からこちらの姿が見えにくくなった。そのタイミングでマルティオは足を止めた。
「この辺りでいいかな。じゃあみんなで輪になろう」
マルティオさんが差し出した手を、ハルヒは半信半疑といった様子で見つめた。
「本当に出来るんですか?」
「ああ、この山はだいぶ探索したから地形は把握できている。4人を連れても向こう側まで飛べるよ。そして君たちも自力で街まで瞬間移動が可能だから、帰りの心配も少ないね」
そう、歩いて目的地を目指すのではなく、マルティオさんの瞬間移動でショートカットしてしまおうという作戦なのだ。
マルティオはヘラビスの屋敷を直接訪れたことは無かったため、近くの座標までという制限付きだがそれでも十分すぎる。慣れない山道を歩くのは大変だからね。
あたしは一人でならかなり遠くまで連続して移動できるようになったけれど、誰かを一緒に移動させるのはまだ試したことがない。それを4人連れて出来ると言い切っているのだから、改めて勇者様の実力を思い知らされた。
「あ、あの、私は……」
「リサちゃんのことは私が運ぶから安心して」
さらっと帰りは各々の魔法で、と言われてしまったがリサの魔法の種は2級、飛行術は得意でも瞬間移動までは出来ない。
置いて行かれることを心配していたようだが、うちには移動のプロドラゴンがいるのだ。見知った場所なら異世界へも飛べるのでご安心ください。
「2級の魔法の種がこんなにも物足りないと感じたのは初めてなのです……」
ちょっぴり悔しそうにしながら、リサはあたしとハルヒの手を取った。ハルヒのもう片方の手がマルティオと繋がる。
「ムクさんもどうぞ」
「あ、はい」
空いていたあたしの手に、同じく空いていたマルティオの手が伸びて来た。
さっきは勢いで繋いだから気にしなかったけど、男の人に手を握られるってなんだか緊張するな。
ひんやりと冷たい感触が伝わってきた。意外と小さくてトゲトゲしくて──?
「リール? いつもの場所でいいんだよ」
「ううん、ぼくがムウとつなぐ。マルはこっち」
あたしとマルティオさんの間に割り込んだリールは、マルティオの手に尻尾を向けた。
「こら、繋ぐならちゃんと手を出しなさい」
「そうだよ。それにリールちゃん、その体勢は大変じゃないかな」
ハルヒの言う通り、リールは片手と尻尾が一直線になったアクロバティックな姿勢になっている。失礼なのもあるけど辛そうな格好だった。
あたしとハルヒの言葉を受けて、リールは渋々マルティオと手を繋ぎなおした。
落ち着いたところでマルティオからきらきら光る魔力が放たれ、あたし達を包んでいく。
次の瞬間視界が切り替わり、まばらだった木々の密度が上がった。
辺りの雰囲気はさほど変わってないけれど、移動したのは間違いない。
「うん、転移成功だっ……!?」
マルティオさんがほっと息を吐いたのも束の間、突然剣を抜いて構えた。
視線の先を辿ると、そう遠くない位置に人影が見えた。いや、人型だけど魔物なのか?
向こうもこちらに気が付き、大股でよろよろと近づいてきた。あれは──
「ひ、光よ!!」
はっきりその姿を確認する前に、マルティオの剣から放たれた鋭い光の線が魔物の体を貫いた。力が抜けて倒れた魔物は、空間に溶けるように消えていった。
「え、消えちゃった。リールの力じゃないのに」
「あ、あれは不死者……人型の魔物だよ。切っても叩いてもなかなか倒せないけれど、火で燃やすか光の魔法で浄化するとすぐに消えてしまうんだ」
アンデットモンスターってやつか。姿が鮮明に見えなくて、逆に良かったのかもしれない。グロい見た目をしているのが定番だからね。
「人に向けて撃ったかと思って驚いたのです」
「それは大丈夫。怖……浄化すべき存在かは感覚で分かるから」
感覚で判断されるとちょっと不安だな。いや、勇者様の実力なら間違わないんだと思うけれど。
「バークータ山は越えたけれど、山道は続くし目的地はもう少し先だ。魔物も多いから気を付けて進もう」
態勢を立て直し、山の中を進んでいく。道中はそれなりの頻度で魔物と遭遇した。
多くは隠れてやりすごしたり、マルティオの光魔法を囮に使って通り抜けたりする。
しかしやむを得ず戦闘になっても、マルティオが剣を抜いて一つ魔法を飛ばすと、魔物から闘争心が抜けて木々の向こうへ消えてしまった。
結果、ほとんど消耗することなく順調に進むことができていた。
「その剣、一体どうなっているのですか? 一振りするだけで、やる気満々の雷光熊が大人しくなるなんて」
「浄化の力というのは負の感情も消してくれるんだ。危機感を無くせば、わざわざ戦闘することもなくすれ違うだけで済むことがほとんどだよ」
へえ、そういう戦闘回避の仕方もあるのか。
「その力で街の殺伐とした雰囲気を良くする……のは無茶か」
「ああ、一回試してみたけれどすぐに元通りさ。僕もハイクーレに居続けることは出来ないから、魔法を継続的に展開することもできない。やっぱり不安の元から絶たないと」
冗談のつもりで言ったんだけど、試したんだ……。
ハイクーレくらいの面積なら、確かにあたしも氷魔法で覆うことは出来そうだ。でも、聞く側にまわってみると凄すぎて引くな。皆があたしの魔法に驚いていた時はこういう感情だったのか。
「普通に話を聞いてもらえるのはなんだか新鮮な気分だ。いつもは話をするたび驚かれて会話がスムーズに行かなくてね」
「ああ、その気持ちは分かります」
聞く側の気持ちも今分かった、というのは言わないでおこう。
「ムクもハルヒ様もリールも、それぞれにとんでもない才能の持ち主ですから驚かされ慣れたのです」
「お? あたし褒められた?」
「考えなしですぐ調子に乗る、悪い才能の持ち主ですね」
「最近リサの悪態が鋭さを増してて辛い」
落ち込むあたしの肩をマルティオが優しく叩いた。「仲良しだね」という慰めの言葉が光魔法のようにあたしの心を癒してくれる。
「特級魔法の種に選ばれるのは、間違いなくとんでもない才能だから自信を持っていいと思うよ」
「はい……選ばれた才能?」
前にもそんな風に表現された気がする。特級を持っていること、とは意味が違うのだろうか。
「どんな魔法の種がもたらされるかは誰にも分からない。遥か昔、魔法の種は別の生き物だったんだ。一緒に生きる体としてわざわざ僕達を選んでくれたのだから、胸を張ってそれに恥じぬ行いをしたいよね」
ただ魔法が使える才能としてではなく、共に生きる相棒として考える……そんなイメージかな?
ふと自分の杖に視線を向けると、水色の魔法の種が一瞬輝いた。「そういうことだから改めてよろしくな」的な反応かな。
「あ、これは僕の持論だから、ムクさんは気にしなくて良いよ。自分の思った通りに進む……信念を曲げないのが大事だよ」
勇者様と呼ばれる所以は、容姿が整っていて実力があるだけじゃなく、志も高くて尊敬できるからだったんだ。
ここまでお手本みたいに格好よく生きれるとは思えないけど、特級って名前に負けないように、ちょっとでも頑張れたらいいな。




