第104話 勇者様とランチ
お待たせしました……。
「ナカガワさんじゃないか、入れ違いにならなくて良かったよ。君、今の伝言は無しだ。すまないね」
受付と一言交わしてから、マルティオはこちらにやってきた。
受付嬢がざわつきながらその後ろ姿を見ている。……ん? あたし達のこともじろじろみているな。
「君にうまく会えなかった時のために、伝言を残そうとしていたんだ。彼女達は僕と約束のある人物が気になっているようだね。目立つようなことをしてしまって済まない」
「いえ、お気遣い頂けて嬉しいです」
スマホの通話が珍しがられる程、通信網が発達していない世界だ。連絡を取る手段が限られている中でマルティオが取った行動は当然のことである。
そして、マルティオは勇者様と持て囃されている人物。そんな人物に会おうとしている、女子ばかり(+可愛いドラゴン)の集団が気になるのも当然の反応だ。
「やっぱりムクの態度がいつもと違うのです……」
「これはあれかな、猫を被ってるね。珍しい」
物凄く失礼な言葉が聞こえてきたけど、気のせいかな。
「ここだとゆっくり話すのは難しいね。僕の行きつけの店で昼食を御馳走しよう」
「え、おごってもらうだなんて悪いです」
「君たちはまだ学生だろう? 働いている人が払うのが当然のことだよ」
金持ちになったら言ってみたいセリフを、こんな自然に言える人がいるのか……! 勇者様やべえ!
「私たちもご一緒していいですか?」
「勿論! 君たちも春の大陸からの留学生だったよね、歓迎するよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
というわけで場所を移しました。ギルドから少し離れた場所にあるお洒落なレストランに入ったと思ったら、顔パスで奥にある個室に通されたよ。これがVIPって奴か。
料理は店の雰囲気に比べればシンプルで馴染みのあるものだったけれど、これもきっとあたし達が緊張しないように配慮してくれたメニューなのだろう。勇者様の気遣いが凄い。
「ようやく落ち着いて話せるようになったね。君のことが知れていなくて良かったよ、特級が2人並んで歩いているなんて噂されたらどうなっていたか……」
マルティオのお陰でこの辺りでは特級自体に過剰な反応を示す人はいない。それでも2人いるとなれば話は違うだろう。
「ナカガワさんも、目立って大変だった経験はあるだろう?」
「はい、マルティオさんよりは少ないと思いますが」
「うん? 年はそんなに離れているように見えないけれど……。そういえば君たちは全員一年生のはずなのに、年齢も種族もバラバラだね」
「それは──」
話の流れで、改めて自己紹介をした。リールはともかく、ハルヒが概念の化身であることも見抜いていたマルティオは、あたしが異世界出身だと知ったところでようやく驚いた反応を見せた。
「異世界にも魔法の種の持ち主がいるとは、それも特級だなんて凄い巡り合わせだね!」
「そのお陰でここにいられるんですから、魔法の種やハルヒには感謝してます」
「ぼくは!」
「そうだね、リールと出会わなきゃ話が始まらなかったよね」
「来てからのことはどうなのですか?」
「リサにも色々教えてもらいました……いや、今もだな」
あたしに噛みつくリサとリール(物理)をハルヒが形だけ止めようとするいつもの光景。
それを眺めていたマルティオは優しく微笑んだ。
「すみません、勝手に盛り上がってしまって」
「いや、君たちの絆を感じられてこちらまで嬉しくなってしまったよ。僕は基本的に1人で活動しているから、こういうのは久しぶりだ」
「1人で? マルティオさんとなら組みたい人が沢山いそうなのに」
若くて実力がある、むしろ奪い合いすら起こり得そうな人材なのに、どうしてだろう?
「僕の力を信用してくれているギルドは難易度の高い仕事を寄越してくる。それに他の人を巻き込む訳にはいかないだろう?」
「危険な依頼なら、1人で行くほうが危ないですよ!」
「大丈夫、僕の魔法の種は光。怪我を治したり、毒を取り除いたりって作業は得意なんだ」
この辺りには1級魔法の種持ちも少なく、そもそも難しい依頼が溜まりがちになっている。そのためマルティオはフルト学園に顔を出した直後にハイクーレに移動する、という様な忙しい毎日を送っているのだ。
「あまり無理はしないで下さいね」
「ありがとう。君は優しい人だね」
ここまで気遣いができる人に優しいとか言われると、お世辞でも照れちゃうな。
「回復が得意なら、仲間を癒しながら進めば良いのでは無いですか?」
「ああ、それは……傷つく人が少ないに越したことはないからね。僕が人を守りながら戦えるくらい強かったら良いけれど、そこまでの実力はまだないから」
リサの質問に、マルティオは困った表情で答える。
ハルヒがその答えに対して神妙に頷いていた。回復魔法が最強すぎるのに謙遜する仲間がこんなところで見つかるとは。
話の切れ目のタイミングで、デザートが運ばれてきた。全員に配られ店員さんがすっと部屋を出ていく……よっぽどの長居をしなければ、これからは店員の出入りが無い。
そろそろヘラビスについて聞いてみるか。緩んでいた頬を元に戻して──
「ところで君たちは、僕に会う約束とは別にハイクーレに来る理由があったんだよね、観光ではなく」
いつの間にか、マルティオの表情も真剣なものに変わっていた。
鋭い目つきで発せられた言葉に、あたしは反応するのが遅れてしまった。
「どうしてそれを……」
「確かにハイクーレは観光地として有名だけど、学生が楽しむなら他の街に行くからね。フルト内でも十分だし、留学生が更にお金をかけて来るには正直向いてないかな」
温泉しかめぼしい物は無いからね、と冗談を挟んでから理由をさらに並べる。
「それに街の状況を見ただろう? 物騒とまでは言わないけれど、いつもより雰囲気の悪いところへ女性だけで来るのは危ない。それでもやって来たんだから、大事な理由が有りそうだよね」
街の状態がここまで悪いとはハイクーレに来るまで気が付いて無かったけど、概ね正しい推察だ。
女性だけ、という言葉にリールが羽を広げて抗議した。真面目な話をしていると分かっていて、マルティオに飛び掛かるのは我慢しているようだ。偉い!
「もしかして、それを相談するのが分かっていてこんな部屋に……?」
「キッチンのすぐそばにあるテラスで風景を楽しみながら食事をする、っていうプランもあったけれどね。あまり知られたくないことだってあるだろう?」
勇者様、気遣いの天才かよ……。
「実は、ヘラビス様に会いたくてここまでやってきたのです」
感動のあまり言葉が出ないあたしに代わって、リサが話を切り出した。
「ふむ……春の神様では相談できないことなのかな」
「はい」
トゥーリーンとは実際に何度も会っているけれど、この件に関して助言が貰えたことはない。四神日に偶然ヘラビスとも出会えたけれど、ろくに会話が出来なかったのでこうして秋の大陸までやってきたのだ。
「今は神殿でもヘラビス様の御声が聞こえないというから、街の向こうにある山を抜けて邸宅に訪問するしかない。魔物も多くて危険だよ?」
「それしか方法が無いのなら行くのです。詳しい場所を知っているなら……」
「ふむ。ならば僕も連れて行ってくれないか?」
「え!?」
ヘラビスの居場所が分かれば万々歳、と考えていたあたし達は、突然の申し出に驚きを隠せなかった。
「君たちは止めても行くし、等級を考えれば魔物も撃退できてしまうに違いない。だからこれは僕の勝手な要望だ……足手纏いかも知れないけれど、口で伝えるより案内した方が確実だ。ど、どうかな?」
「いやむしろメッチャ有難……こほん、願ってもないことですけど、マルティオさんの仕事に支障はないんですか?」
「ああ、今日受けた依頼は源泉調査で行先はほぼ同じだからね。間接的に僕の依頼も手伝わせることになってしまうから、その報酬はきっちり払うよ」
「そこまでしなくても! よろしくお願いします!」
同意の握手を求めると、大きく立派な両手にあたしの手が包み込まれた。
「特級と組めるなんてまたとない機会だよ、こちらこそよろしくね」
こうしてあたし達は強力な助っ人を手に入れた!
「止めないのですか? 付いてくるというのならもっと込み入った話を聞かせることになりそうですが」
「まあ、何が何でも他言無用って訳じゃないし……でもそれをむーちゃんが把握してなさそうなのがなあ」
「ムウがきゃあきゃあ言うのはゾルのことだけだと思ってたのに」




