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第103話 ハイクーレ

「パッチのことは心配だけど、2週間しか滞在しないあたし達がどうこうできる問題じゃないよね~」

「この薄情者!」


 紅葉が舞い踊るのどかな休日の街中に、妙な質量を持った鈍い音が響き渡った。


「がっ……顎砕けるからグーは止めよう?」

「折れても治せるから、一回痛い目見た方が良いかもね」

「『治癒』さん!?」


 そんなことを言いながら今痛めた顎を治してくれているハルヒ。冗談とのギャップが凄い。


「せめて滞在中は楽しい思い出を沢山作ろう、とか考えられないのですか」

「いや、言おうと思ったんだよホントに。リサの鉄拳が入らなければそう続けてたんだよ」


 あたしだってそこまで情のない人じゃない。


 パッチと一緒に過ごすことは留学生活を充実させている大きな一因だ。ここでの楽しい思い出はほとんどパッチが作ってくれている、と言っても過言ではない。

 マルティオが訪れた日以来パッチは明るさを取り戻したけれど、圧倒的にポジティブで気さくだった彼女が落ち込んでいた事実はずっと心に残っていた。


 ……一昔前のあたしだったら、『思い出』なんてものに執着することは無かった。もしかすると、普通の人よりはまだ気持ちが込もっていないのかも。疑われても仕方ないのかな。

 いや、それにしたって殴るのはどうなんだ。


 とにかく、あたしが力になれるような事はなかなか思いつかないが、リサが言ったような心持ちでいよう。


 そんな会話を交わしながら目指していたのは、ハイクーレ行きの馬車が出る乗り場だ。いよいよ本来の目的を果たしに行くのだ。

 既に何人か並んでいたので、最後尾につけて目当ての馬車を待つ。しばらくしてやってきた馬車に乗り込もうとした所で、御者から声を掛けられた。


「お客さん、観光ですか?」

「あー、そうなるのかな? 大神殿に行く予定があるので」

「そうか、大神殿なら大丈夫ですが……温泉目当てなら今はオススメしませんよ」


 軽く話を聞いたところ、ハイクーレは温泉街として有名な場所のようだ。だが、ここ数日臨時休業しているお店が多いらしい。

 今の話を聞いて馬車を降りたのは観光客だったのだろう。車内は何十人も乗れそうなのに、多くの席が空いていた。


「知らなかったからむしろラッキー? 開いてる温泉見つかったら入りに行こう!」

「おんせん?」

「大きいお風呂だよ、あったかくて気持ちいいよ」

「あったかいなら入る!」


 俄然やる気になったあたしとリールを、御者は「忠告しましたからね?」と呆れた様子で通して馬車を出発させた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ハイクーレという街は山々に囲まれた土地にある。フルトからも見えていた山だが、かなりの標高があるのに雪が積もっている様子はなく、頂上から麓まで色鮮やかな紅葉に包まれていた。

 その麓には由緒正しい風情のある大きな旅館が並び、その隙間を埋めるように土産物屋がひしめいている。


 いかにも温泉街、といった風景のハイクーレに到着したあたし達は、すぐにその異変に気が付いた。


「人、マジでいないね」


 店の数に反して、人通りが少なすぎる。店も臨時休業しているところがほとんどで、神殿への道を聞くのも一苦労だった。


「神殿ならあっちだよ。店に用が無いなら早く帰っておくれ」


 ようやく発見した営業中のお店で道を尋ねるも、店員さんはなんだか素っ気ない態度。最低限のやり取りだけ交わすと、あたし達のことを追い出してしまった。


 示された方角へ進み、神殿に近づくと住宅街に入ってくるのか多少人が増えた。

 しかし、雰囲気は町の入り口よりも張りつめている。誰も彼もピリピリした雰囲気を纏っているのだ。遠くから言い争うような声も聞こえてくる。


「観光地ってこんな緊張する所だっけ?」

「なんだか不気味なのです」


 観光の目玉が休止していることで景気が悪い──それだけが理由ではない気がする。


 ひとまずハイクーレ大神殿へと向かい、祈りを捧げてから、神官に話を聞いてみた。

 一縷の望みも空しく、ここでもヘラビスからの反応は無かった。


「一週間ほど前から、温泉が濁るようになってしまったのです。温泉を売りにしていた宿は休業せざるを得ず、そうなると観光の方も減ってしまい……。それに参っているのか、住民達も些細な事で諍いを起こすようになっているのです」

「原因の調査はしたんですか?」

「この街に引いている温泉の源は、山の奥深くにあり魔物の住処となっています。更にヘラビス様のご邸宅にも近く、一般人は立ち入り禁止になっています。ギルドに依頼を出してようやく受理された段階なので、解決にはもうしばらく掛かるでしょう。もっと早く動いて欲しいのに……、ごめんなさい、余計な言葉を漏らしてしまいましたね」


 お役所仕事の遅さに一瞬イライラした様子を見せたがそこは神官、すぐに立ち直り穏やかな顔に戻った。


「ヘラビス様からの御声を頂けないのも、この問題の対応をなさっているからに違いありません。本来ならそれを信じて待つのが道理ですが、不安が拭えない私たちの至らない精神を許して頂きたい。そして無事に事件が解決することを願って、これからも祈りを捧げていきましょう」


 神官の話に首が吹っ飛んでいきそうなくらいの速度で頷くリサ。共感しているんだろうけど大げさすぎやしないか。


 話の流れでギルドの場所を聞いてから、大神殿を後にした。

 マルティオとの約束もあるし、話題になった依頼の現状も確認したい。もしあたし達も受けられるなら、それがヘラビスに会う近道になるかも知れない。


「神様にお会いすることが出来ない、御声も頂けない、更に街の治安も悪くなる……私だったらそんな状況に耐えられる自信がないのです。あの方の信仰心は尊敬に値するものがあるのです」

「トゥーリーンとディザンマは割と気軽に現出してるもんねえ」


 道すがら、リサが先ほどのヘドバンの理由を説明してきた。

 しかし、それでこんなにリアクションするんだから、地球の宗教のことを教えたら卒倒しちゃいそうだな。


「秋の大陸の人がイライラするって、相当だよね」


 と、ここまであまり言葉を発さなかったハルヒが、ポツリと呟いた。


「わ、やっと喋った。どういう事?」

「フルトの人たちは皆穏やかで優しかった。それがヘラビス様の教えによるものだって言うなら、お膝元のハイクーレではもっとその考えが浸透しているはず。少なくとも、お店が営業できなくてもお客さんに当たったりしないと思うんだ」

「ほうほうつまり……どういうことだってばよ」

「人々に悪影響を与えるような……そしてヘラビス様でも簡単には対処できない概念の化身コンゼツォンが関わっているのかも」


 人々に悪影響を与える概念の化身コンゼツォン。ヒュプノがかつてそうだったが、もしこの街の異変も同じ原因なら、魔法を使い慣れていなかったあたしが対処できたあのレベルとは比べ物にならない問題だ。


「そうだとしたら、結構やばくない?」

「まだ決まったわけじゃないけどね。この辺りに感じられる概念の化身コンゼツォンの気配は山の方角にひとつだけ。それはヘラビス様だろうし、封印隊も動いてないなら思い違いの可能性のほうが高いよ。何はともあれ、もっと情報を集めなきゃね」


 ハルヒがそう言って立ち止まった場所は、ギルドの建物の正面だった。

 そういえば学園以外の支部を見るのは初めてだ。周りの建物より一段背が高く立派な木造建築で、中に入ると真正面に一番目立つように依頼の掲示板がある……酒場は併設されていないけど、それ以外はよくある冒険者の集会所のイメージそのままだ。受付のお姉さんもハフトリープさんよりお淑やかで優しそうな印象を受ける。


 物珍しさにキョロキョロ辺りを見回していると、やけに派手な色味が目に飛び込んできた。

 真っ赤な髪の毛と対照的な青いマント、長身から注がれる爽やかな笑顔……。


「あ、マルティオさん!」

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