第102話 勇者様とパッチ
いつの間にかマルティオの紹介が終わり、歓談タイムになっていた。マルティオに声を掛けられたと気が付いて、あたしは慌てて視線を上げた。
「は、はい、仲河夢心です。選ばれた……? わざわざ聞いてくるってことは、もしかして」
「僕の魔法の種も特級なんだ、光の特級。仲間には初めて会うよ」
演舞の光に負けないレベルでキラキラした笑顔を浮かべたマルティオは、手を差し出して握手を求めてきた。光の勇者様という呼び名がどこからか聞こえてきたが、それに相応しい雰囲気を纏っていた。
くそう、こんなのが先に居たんじゃ目立てなくて当然か!
「あたしも初めて会いました。特級って少ないんですよね」
「その通り。同じ境遇同士、本当は沢山話をしたいところなのだけれど、他の生徒もいるしここに居られる時間もそう多くはないんだ」
こうして2、3言会話する間にも、マルティオの後ろにはサインを求める列が出来ている。
冒険者としての仕事も控えているのだろう。勇者様は忙しいんだな。
「来週まではこっちにいますから、時間が合えば」
「ううん……この後すぐハイクーレに行くんだ。依頼が来ているんだけれど、それがいつ終わるかが読めなくて」
「ハイクーレなら、あたしも週末に行く予定があります! その時ならどうですか?」
「おお、それは良いタイミングだ。到着したらハイクーレのギルドに連絡を入れてくれ、僕も確認するように心に留めておこう。……ああ待たせたね、ごめんごめん」
とうとうサイン列の圧に耐え切れず、マルティオはそちらの対応に移らざるを得なくなった。生徒達の波に飲まれ、姿が遠ざかっていく。
本当に少ししか話が出来なかったし、微妙に社交辞令感が否めないけど……これは約束出来たってことでいいのかな?
「むーちゃん、また目的忘れてない?」
「出たわね妖怪心配症ドラゴン。ハイクーレに行くのはヘラビスに会うためってのは忘れてないよ。でもここの神殿があの調子じゃ、ハイクーレでも会える可能性は低い。そこで、人気者で依頼もこなしてて情報を持っていそうな人に話を付けたわけだ」
「妖怪……確かに、闇雲に探すだけよりは良いかも」
「ほらほらー」
「なんでしたり顔なの、私は純粋に心配してたのに」
ちょっぴり拗ねてしまった妖怪心配症ドラゴンをなだめていると、ちゃっかり勇者様のサインを手に入れたリサがこちらにやってきた。
「ムク、あの人と随分仲良さそうに話していましたね」
「え? 特に意識はしてなかったよ」
「でも、なんだかテンションが高く感じられたのです」
「そうかな、同類に会えたから?」
他の特級持ちがどんな人なのかは興味があった。週末にまた会えるのが楽しみだ。
「ムウとおんなじなのはぼくがいるよ!」
「もちろん、リールの方が仲良しだよ」
マルティオに対抗心を燃やしたリールは、あたしの頭に覆いかぶさって主張した。
同類の意味は違うけど、リールが圧倒的に上で優先されることに変わりはない。だから頭皮に爪を食い込ませるのは止めて落ち着いて欲しい。
「特級が特別なのは分かりますが、あそこまで持て囃される理由はよく分からないのです」
「いや、サイン貰ってるのに何を言ってるの?」
「特級のイメージを揺らがせている張本人に言われたくはないのです」
「そこまで言われるような事はしてなくない!?」
あたしは猛抗議をするも、リサにもハルヒにも軽く受け流されてしまった。解せぬ。
リサは未だサインの待ち列に囲まれているマルティオを見た。
「あの人だってそうです。気さくですし何でも出来そうな顔をしていますが、あれは……」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないのです。ところで勇者様の名前、マルティオ・ラピスと仰っていましたね」
「うん。パッチちゃんが隠れているのが関係してるなら、間違いないよね」
あ、リサとハルヒがあたしを置いて話を進めだした。仲間外れは良くないぞ。
「パッチちゃんとマルティオさんは兄妹、なんだろうね。会いたがらないのは喧嘩中とか?」
「え、兄妹!?」
苗字も髪の色も確かに同じだけれど、正直それ以外は全然似ていない。
衝撃の事実に大声を上げると、リサの手が真下から伸びてきて口を封じられた。
「こら、本人が隠したがっていることを無暗に公言するな、です」
「あ、別に隠したいわけじゃないんです!」
あたし達が話題にしているのが伝わってしまい、パッチが近づいてきた。
こうなったら本人から聞いてしまおう……でもこのままでは喋れないので、リサの手を押し下げてどかせる。
ちょうどマルティオはサインを済ませ、退場していくところだった。
「じゃあやっぱり喧嘩中?」
「いえ、仲は良い……と思います、多分。じぶんが寮暮らしになって、兄も忙しいので姿を見たのも久しぶりでした」
「なら、声を掛けたほうが良かったんじゃ?」
「いえ……、じぶんが今顔を出しても迷惑なだけですから」
パッチはマルティオが去っていった方向をちらりと見やり、苦笑した。
「見ての通り、兄はみんなに慕われてて綺麗な魔法も使えて、冒険者としても活躍している凄い人なんです。それに比べて、じぶんはドジでみんなに迷惑をかけてばかりで……誰も何も言いませんが、きっと心の中では『こんな妹が居て兄は可哀そう』と思っているに違いありません」
そう話すパッチの表情は、ドジをしたときよりよっぽど凹んでいた。いつも明るく振舞っていたけど、結構気にしていたんだな。
マルティオに群がっていた子たちはみんな勇者様に夢中で、「可哀そう」などと考えている雰囲気は微塵も無い。昨日までの事を思い返してみても、みんな快くパッチのことを助けていたはずだけれど……。
気遣う言葉が思い付かず声を掛けられずにいると、パッチはその場にしゃがみ込んでしまった。
「ヘラビス様も、どうしてこんなダメ神官にばかり神託を賜ってくれるのでしょう……兄の方がよっぽど適任なのに」
「そんなことは無いのです! 貴方を選んでくれた神様を信じられないのですか?」
ネガティブ思考の沼にはまっていたパッチに、リサが異議を唱えた。
神の意志に背くのかという鋭い言葉に、パッチの背筋がピンと伸びた。
「そ、そんなことは!」
「神官見習いなら、神を信じ人を信じ、前向きに生きるのです」
「は、はい!」
リサの有無を言わさぬ説法に、パッチは目を回していた。
リサだって最初は、トゥーリーンが連れてきたあたしの事を邪険にしてたのに、言う様になったねえ。
「神様に気に入られると困ることもあるよね、分かるよ」
「……え、ムクさんも? でも、神官見習いなのはリサちゃんだけですよね」
結果的には悪いようにはならなかったが、トゥーリーンがサプライズでリサを同行させてきたり、ディザンマが寄越した依頼が片道切符しかついていなかったりと、神様にはそこそこ振り回されている。
そんな思い出をかいつまんで話してやると、パッチは「四神様はみんなクセがありますね……いや、普通の人には及ばない考えを持たれているのですね」と納得していた。
漏れてしまった心の声に、リサがまた教えを説き始めたのは言うまでもない。
とりあえず、あたし達がワイワイやることでパッチの気持ちも立ち直ったように見えた。
しかし、いつもの元気を取り戻すまでには至らず、クラスメイトのこともやんわりと避け、その日は普段より大人しく過ごしていた。




