第99話 はわわドジっ子神官見習い
勢いよく舞い上がった葉は、再び落ちて少女をおおい隠した。
「だ、大丈夫!? 怪我してない?」
ハルヒが慌てて落ち葉をかき分け少女を救い出す。
葉っぱまみれで涙目になっているが、特に痛めた所はないようだ。
「はわわ、大丈夫ですっ」
「パッチ、そんなに慌てることは無いのですよ?」
「だ、だってオーバスト先生が急にいらっしゃって、他にも年上の方がいらっしゃるし、あ! 申し遅れました。じぶんはパッチ・ラピスといいます、しがない神官見習いです!」
もじもじしていると思ったら、突然背筋を正して自己紹介を始めた少女……パッチ。
神官見習いという言葉に反応したのは勿論リサだ。
「お勤めご苦労様なのです。私はリズエラ・リーン、春の大陸で神官見習いをしているのです」
「わあ、違う大陸の神官見習い様に会えるなんて光栄ですー! よろしくお願いします!」
リサが差し出した手を目掛けて、パッチが身を乗り出す。
しかし辿り着く前に、先程散らばった落ち葉で足を滑らせ再び転んでしまった。
だがすぐに立ち上がり、リサの元に辿り着いて握手を交わした。
「申し訳ありません、この子は落ち着きが無くて、よく粗相をしてしまうのです」
「先生が謝ることじゃありません! それに、これくらいはもう慣れましたから」
まだあたしは直接言葉を交わしていないが、一連のやり取りで確信を得た。
この子、ドジっ子メイド、ならぬ神官見習いだ!
「むーちゃん、何か失礼な事考えてない……?」
「何が失礼か、ドジっ子属性はメジャージャンルだぞ」
天然か狙っているのかは分からないが、こいつ只者じゃないな……!
あたしが送る目線の理由が分かっていないような雰囲気で、パッチは首をかしげた。
「他の大陸からいらしたということは、ヘラビス様へのご挨拶ですね! 今すぐご案内します!」
意気揚々と神殿に入ろうとするパッチを、オーバスト先生が優しく引き止めた。
「パッチ、落ち葉を片付けてからにしなくては」
「あ、はい……」
パッチが集めていた落ち葉は、あちこちに散らばってしまっている。
手分けして回収し、改めて神殿に足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
フルトの神殿は、シュプリアイゼンやレーヴェの大神殿と比べると小さかった。
魔法学園があり、大陸中から学生が集まってくるくらい大きな街なのに、秋の大陸の大神殿は別の場所にあるらしい。
「ヘラビス様は、フルトからは離れた山奥に住んでいらっしゃいます。ハイクーレという街が一番近いので、そこに少し大きな神殿があります。ですが、春の大陸ほど立派なものは秋の大陸にはありません」
パッチによると、謙虚の精神と神を尊ぶ気持ちを込めて、ヘラビスが住む屋敷より大きな神殿を作らないようにしているらしい。
山奥の屋敷に住んでるって、なんだか魔女みたい。そもそもが魔法の塊だけど。
「こちらが祈りの間になります」
夕焼けが差し込む部屋の中に、ヘラビスを模した像が立っている。
春の大陸にあるトゥーリーンの像と比べると精巧さは控えめだが、豪奢な着物にとんがり帽子と特徴はしっかり捉えてある
「僭越ながら、祝詞を唱えさせていただきますっ」
誰が見ても分かるほどに緊張したパッチは、ロボットみたいなカクカクした動きで手を組み胸に当てた。ぎこちない動きだが、祈りのポーズは全大陸共通のようで、ニュアンスは伝わった。
パッチは大きく深呼吸をして、祝詞を紡ぐ。
4つの大地 4人の神よ
全てを見守る その瞳を
全てを包む その御手を
我らに等しく与えたまえ
シュプリアイゼン大神殿でリサが祈ってくれた時はフライングでトゥーリーンが現れたので、全文を聞くのはこれが初めてだ。
すらすらと出てくる祝詞に感心してしまった。正直噛むと思っていた。
流石のドジっ子属性も、神聖な場では発動しないのか。
「……どう?」
しばらく祈りの静寂が続いた後、ハルヒがポツリと漏らした。
「ダメなのです、何も反応が返ってきません」
リサが悔しそうに首を振る。
ヘラビスは姿を見せるどころか、言葉をかけてくることすら無かった。
「パッチさんはどう?」
「やっぱりダメでした……」
「え、やっぱり?」
お祈りの言葉は覚えてるけど、実在している神様と交信出来たことがないタイプのドジっ子だったのか!?
「そこまで頻繁ではありませんが、いつもは声を掛けて下さるんです。というか……」
「パッチはヘラビス様に気に入られてまして、神託を一番受け取るのもこの子なのです」
言いづらそうにしていたパッチの言葉をオーバスト先生が引き継ぐ。
二人は申し訳なさそうにしているが、周りの神官達が気にしている様子は無かった。見習いが神様に贔屓にされていれば嫉妬を買いそうなものだが、そんな雰囲気は感じられない。
これも謙虚と思慮深い精神のたまものってやつなのか。清らかだなあ。
「そうなんですが、ここしばらく、御声を頂けない期間が続いているんです。リサさんのような他の大陸の神官がいらっしゃったならもしかして、と思っていたんですが……」
「この状態で留学生を受け入れるのか、という議論がフルト学園で交わされまして、それでいつもより日程が遅れてしまったのです。今の所、これ以外に異変はありませんのでご安心ください」
あたし達だけがヘラビスに避けられているわけではないことは分かったが、困ったことに変わりはない。
そもそも、神様と音信不通なのに安心しろと言われても無理だよね。放置して良いのかそれ。
課題の進展どころか問題が増えてしまったが、お祈りは済んでしまったのでこれ以上長居は出来ない。
いよいよ外も暗くなってきたので神殿を後にし、オーバスト先生の案内でフルト学園の寮までやってきた。
「ただいまです!」
何故かパッチも一緒だ。
「留学生が来るとは聞いていましたが、貴方達だったとは気が付きませんでした。明日からもどうぞ、よろしくお願いします!」
「パッチさんがフルト学園の学生さんなのも気が付かなかったから、お互い様だよ」
「『さん』なんていりません。むしろハルヒさんやムクさんが年上なのですから、じぶんがそう呼ばせていただきます!」
「同じ学年だから気にして欲しくないけど……未だにリサちゃんからも呼んでもらえないから無理だよねぇ」
ハルヒが初手降参の姿勢を取った。
あたしもシュロムやファイクちゃんから『さん』無しで呼んでもらえてないし、年の差があるとよっぽどのことがないと敬語は抜けないよね。
「貴方達の部屋はこちらです。リールさんも同室でよろしいんでしたよね」
「はい! いつも一緒です」
あてがわれたのは女子寮の一室だ。今までも同室で過ごしてきて不都合はなかったし、ここの人たちが了承してくれるなら勿論同室がいい。
「食堂は一階のホールにある一番大きい通路を進むと見えます。他の生徒と同じように使ってかまいません。ではまた明日お会いしましょう……パッチ、貴方の部屋はその隣ですよ」
解散の雰囲気を感じ取って近くの扉に手をかけたパッチだったが、オーバスト先生からの指摘が飛んできて、その肩がビクッと震えた。
「ま、また間違うところでした……では皆さん、おやすみなさいです!」
「おやすみー」
まだそこまで遅い時間では無いが、別れの挨拶をして部屋に入る。
荷物を下ろして一息つくと、部屋の中央に集まり早速作戦会議に入った。
「まさかヘラビス様と連絡が取れないとは……」
「自分で言うのはあれなんだけど、私がいても反応しなかったのは予想外だったな」
ハルヒは四神様と旧知の中だ。その呼びかけにも応えなかったのは確かに不思議だ。
「授業がある日は遠くへは行けないから、次の休みに教えてもらったハイクーレの神殿に行ってみようか。住んでいる場所の近くなら、もっと情報が集められるかも」
「最悪山奥の屋敷にピンポンダッシュしに行こう、出てくる気が無いならこちらも実力行使だ」
「神様の御殿に嫌がらせをするって、ムクの神経はタフすぎるのです。そもそも会いに行くという発想から型破りですが」
実在するとはいえ神様なので、少し交信が途絶えたくらいで様子を見に行こう、とはならないらしい。
先の2柱がフレンドリーすぎて、感覚がおかしくなっている節はある。
でも、神官や概念の化身が呼びかけてダメなら、このくらいやらないと意味が無いと思うんだけどな。
リサが「無礼者なのです!」みたいな本気のツッコミをしないのも、普通の手段では効果が無さそうな事を感じているからだろう。
留学生としての責務もこなさなければならないので、平日はあまり動けない。一週間後までこの案件は保留するしかなかった。
「そして目下の最大の問題は……誰がこのベッドを使うか、だね」
部屋に備え付けてあったのは2つのベッド。片方に枕が2つあり、傍にはリール用に大きめの籠が設置されていた。
つまり誰かが同じ布団で寝ることになる。あまり大きくは無いので相当密着しなければならないだろう。
「体格で考えたら、ハルヒとリサだよねえ」
「ハルヒ様と一緒のベッド!? そ、そんな恐れ多いことをするなんて」
「あたしとハルヒだと無理があるし……あたしとリサなら狭そうだけどワンチャン?」
「その二択なら、間違いなくハルヒ様を選ぶべきですね」
速攻で振られてしまった。ハルヒの愛され者め!




