第98話 秋の大陸へ
皆で留学の準備を進めて、リサがお小遣いを稼いでいるうちに、気が付くと秋の大陸へと移動する日になった。
大陸間の移動は船がメインなので、まずはルーフルトへ向かう。あたし達は女子寮の前で馬車を待っていた。
「忘れ物は無いですか?」
「リールがチェックしてくれたから大丈夫! もし抜けてても瞬間移動で往復すれば!」
リサの確認に自信を持って答えると、何故か全員に冷たい目で見られてしまった。
「むーちゃん一人じゃ無理でしょう? そうなっても私は手伝わないからね」
「ハルヒ~そんな殺生な~」
確かに、まだ大陸間を往復するにはハルヒの回復が必要だ。
忘れ物を一人で取りに帰れるようになるためにも、もっと効率よく魔法を使えるようになって瞬間移動の飛距離を伸ばしたい。
そんな他愛ない話をしていると、馬車がこちらにやってきた。
馬車を引いているアインホルンはあたしの目の前で止まると、大きく鼻を鳴らした。
「おお、立派な子だね、角も足の羽もツヤツヤだ」
「ほう、一目でそうと分かるのか」
馬車の窓から顔を覗かせたのはフェアユング先生だ。ルーフルトまで見送りに来てくれたのだ。
馬車は学園が用意してくれたものなので、学園長用程ではないにしろ立派な個体が選ばれているのだろう。
「一月世話して蹴られてたら、嫌でも分かるようになりますね」
「生徒の成長を感じられるのは嬉しいのう。その観察眼をより伸ばすために、もうしばらく働いてみるのはどうじゃ?」
「結構です!」
こういうのは「考えておきます」とかあやふやな受け答えをすると良いようにされてしまう。きっぱりNOという意思表示を込めて、先生とは反対の座席入り口側に座った。
あたしの上にリール、隣にハルヒ、先生の隣にリサが座ると馬車は勢いよく出発した。
定員4人の馬車なので数的にオーバーしているが、背格好が大人に近いのはあたしだけでリールに至ってはノーカンの位置にいるので、狭さは感じられず余裕があった。
「フェアユング先生、わざわざルーフルトまでお見送りいだたきありがとうございます」
「なに、休みにタダで隣町へ行けるチャンスに便乗させてもらっただけじゃ。こうでもせんと、教材集めにも金がかかるからのう」
文化祭の利益が入った今も、学園の経済状況は厳しいようだ。建前と言うには先生の声が本気すぎた。
薬草学の教材というところに反応したリサと先生との間で話が盛り上がり、置いてけぼりにされたあたしはリールにちょっかいを出して暇つぶし。ハルヒは本を読んでいたが、揺られて眠たくなったのかあたしに体重を預けてきた。
ルーフルトへ到着。馬車とは街の入り口で別れ、ここからは歩いて進む。
「ここでネックレス買ったんだよね。ほら、四神休暇のお土産にあげたやつ」
「貝殻のネックレスですね。ハルヒ様とお揃いの大事なものですから、魔法で厳重に保管しているのです」
「いや付けなさーい。あたしもあれっきりだけどさ」
「あれを付けてたお陰で、プールでは大変な目にあったからね」
ハルヒに言われてスライダーの悲劇を思い出す。ちっとも役に立たなかった雨避け、看板に注意書きしておくべきだと思ったけれど、今回はルーフルトを観光する時間は無かった。
先生を先頭に、真っ直ぐ港へ向かう。そのまま船に乗り込み、甲板から先生に向けて手を振った。
「失礼の無いようにな。春の大陸の学生代表としての自覚を持って行動するように」
「勿論なのです!」
「行ってきまーす」
船が出発すると、割と早い段階でフェアユング先生は背を向けて歩き出した。
ショックを受けたリサが「早い!?」となのです口調を忘れるレベルだ。あたし達側から止めるわけにはいかなかったので配慮してくれた、と考えておこう。早速露店を物色している気がするが気のせいだ。
今回乗船したのは、夏の大陸へ行く時に乗ったルクリエス号の様な豪華客船ではなく、その帰りに乗ったレベルのごく普通の長距離連絡船だ。
秋の大陸への距離も夏の大陸より短く、日が沈む前には到着する。
とは言え暇な時間は多い。先生の目も無くなったので、皆で遊んで過ごすことになった。
「ふっふっふ、あがりなのです」
「まじで? この世界にトランプ無いんだよね? なんで一戦目から負けるの!?」
暇つぶしに用意したトランプの遊び方を説明すると、リサはいきなり大富豪になった。
あっという間にルールをマスターした上に、二戦目からは敗者から強いカードを巻き上げることができる。結局一度もその座から引きずり下ろすことは出来なかった。
「勝てない! なんで!」
「リールちゃんは、ポーカーフェイス……尻尾に気持ちが現れないようにしようね」
「む、むずかしい……」
競技をババ抜きに変えると、リールの尻尾が面白いぐらいに揺れ動いた。ピンと張りつめたり、あるカードをつまむとほっとしたように曲がったり、だいぶ分かりやすく手札を示してくれた。
他にも長距離移動のお供といえばおなじみのサンドイッチを食べたり、船を引っ張るボニートを眺めたり(豪華客船の方が活きが良かったらしく、リールは食欲を示さなかった)と、充実した船旅を送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夕日が眩しくなってきた頃、船は秋の大陸、フルトに到着した。
オレンジ色の光を受けて、より赤く萌える山々が遠くに見える。気温は春の大陸より少し涼しいくらい。心地よい風に乗って、色づいた葉があちこちで舞い踊る。
まさしく秋という風景が広がっていた。
綺麗……だけれど、疑問も思い浮かんだ。
「ずっと紅葉してるのかな? 禿げた木は見当たらないけど、まさか超速で再生してるの?」
四季が巡る感覚でいうと、紅葉して葉が散ってしまえば春まで緑は戻ってこない。
しかし、かなりの量の落ち葉が目に入るが、ここにある木々には赤い葉が生い茂っていた。
「その通り。流石は留学生さんですね」
草木の事といえばリサだ。この疑問への回答もしてくれると思っていたら、微妙に違う口調の返事が返ってきた。
声のした方を向くと、編み込みヘアーのおばさんが微笑みかけてきた。かなり複雑に編み込んであって、頭にブドウがくっついているようにも見える。
「ようこそ秋の大陸へ。貴方達がシュプリアイゼン魔法学園の留学生さんで間違いないですか?」
「はい! このとおりなのです」
学生証を見せて本人確認をする。おばさんからもお返しに似たようなカードを見せてもらい、フルト魔法学園のオーバスト先生だということが分かった。
「学園は街のはずれにあります。もし街の中心部に用事があるなら、寮へ移動する前に済ませておくことをお勧めしますよ」
うーん、観光はしたいけれどもう暗くなってきている。明日からすぐ授業だから一週間先になってしまうけど、そう急ぐことではないしこのまま寮に案内してもらおう。
と考えていたら、リサが控えめに手を上げた。
「この街の神殿に寄っていただくことは可能でしょうか? ヘラビス様にご挨拶をしたいのです」
「まあ、なんて素晴らしい心掛けなのでしょう! リズエラ・リーンさん……そういえば面接の資料に神官見習いとありましたね。今から将来が楽しみですね」
「そ、それほどでもないのです。ただ、場所が分からないので……」
「勿論案内いたしますよ。他の皆さんもご一緒に、ということでよろしいですか?」
「はい」
別行動する理由も特にないし、あたし達は揃って頷いた。
オーバスト先生、生徒に対してなのに凄く丁寧に話しかけてくるな。
普段お世話になっている先生達はもっと我が強くて、ある意味で親しみやすいのですっかり壁は無くなっていた。対してオーバスト先生は学校の先生というより神官とか、そういう印象を受けてしまう。
あたしが知ってる神官ってリサとかハイスとかだけど……そうじゃなくてこう、気品のある落ち着いたイメージと言いたい。
「新しい土地に来て緊張していますか? 大丈夫ですよ、フルト学園はヘラビス様の教えである『謙虚に思慮深く』を理念に置いていて、先生も生徒も心優しい人ばかりです。きっとすぐに仲良くなれますよ」
そう語るオーバスト先生の笑顔は、確かに慈愛に満ちている。なんならディザンマよりも神様みたいな温かさがある。
こんな人ばかりの学校? うまく想像出来ない、馴染めるかな……。
「リサちゃんナイスだよ、私も挨拶しておきたかったし」
「お伺いをたてるにも、一度神殿に行くべきだと思いましたから」
まだ見ぬ世界に思いを馳せていると、リサとハルヒのひそひそ話が耳に入る。
ハルヒも神殿に行きたかったのか。
「……なんで他人事のような顔をしているのですか」
「ん?」
「ヘラビス様に会うのが、秋の大陸に来た一番の目的でしょ! 何回忘れるの……まさか、悪化してるの?」
ハルヒが不安そうな顔でこちらを見つめてくる。
「いや! いや……どうなんだろ。最近物忘れで困ったこと無いから大丈夫、だと思うけど」
「心配だよ……でも、部外者がいる前でそんな話までは出来ないよね。ここに居られるうちに話せる機会を何としても手に入れなくちゃ」
呪いなんて物騒な話を、今さっき会ったばかりの人を巻き込んでする訳にはいかない。
今日のところは秋の大陸に来たことへの挨拶と、次回のアポ取りをするのが精一杯だろう。
作戦が決まった所で、ちょうど神殿が見えてきた。
赤い髪の毛を頭の上でひとまとめにしたお団子ヘアーの少女が、入り口にたまった落ち葉を風魔法で掃除していた。
「あらパッチ、ごきげんよう」
オーバスト先生の知り合いらしく、軽く手を上げて少女に声をかけた。
「え、オーバスト先生! 突然どうして……ひゃあ!?」
それに驚いた少女は自分の足につまずき、集めていた落ち葉の中へダイブした。
波乱の予感、ならぬ「はわわ」の予感です。




