王子との約束
「いや全然?」
才能ある子供を見つけて興奮している私に、予想だにせぬ返答が返ってきた。
本当、呆気に取られる返答であった。才能もあり、構えが身に付く程の努力もしており、王子という国民を守るべき立場にある。
強くなる理由は十分にある筈だろうに。
「生憎僕は君みたいな規格外は目指していないんだ。それに父さんみたいに軍人を目指すつもりもない」
「それは何故だ?」
うっかり言葉遣いが荒くなってしまうが、そんなのはどうでもいい。
「それ程小さくてまともに喋れるのは感心するよ。でも政治の方はまだ習ってないみたいだね」
「政治か? 強ければ関係ないだろう」
実際、強ければ皆付き従った。皆私の元で繁栄を謳歌した。政治というのは強さに決まっている。
「随分と古い考えに毒されてるね」
「古い、だと」
なら新しい政治は素晴らしいものなのかと。力のない政治が平和を甘受出来るのかと、是非聞いてみたいものだ。
「力で語る時代はもうじき終わるんだ。戦争が終わり、星が一つになり、一人一人が知識を享受して考える時代が来る。だからもう戦の知識だけを身につける必要はない、と」
王子は胸を右手の平で押さえ、誇らしげに語る。
「父さんが言ってた」
ガクっ、と。思わず右足から力が抜ける。
子供にしては随分と生意気な考えを持っているものだな、と怒りを覚えながらも感心していたが、親の受け売りだったようだ。
どちらにせよ、力が必要とされない時代を私は生涯望むことはないだろう。英雄としても、私個人としても戦うことが全てなのだから。
「まぁ確かに強さの必要性は否定しないよ。君だって雇って手元に置きたいぐらい魅力的だ。でも、力だけの時代は終わっちゃったんだ」
「そうか、なら次期国王でも殺せば終わらないか?」
「無駄だよ。どう足掻こうと二世代後には完全に切り替わっている」
王子は、それが確定事項であるかのように断定する。
「力が必要とされるとすれば、政治を理解出来ない馬鹿が現れた時だろうね。もしくは破壊したい馬鹿か」
「ふぅん、あんたこそ政治というのが理解出来てるの?」
「政治は民衆の総意だよ。違うかな?」
即答で返す、か。
そう教え込まれているのか、王子故の結論なのか。どちらにせよ、国王がそう判断するということは、その時代の方向性ということだろう。
自分も政治について勉強する必要が出てしまったな、と考えながら溜め息を吐く。
「ま、別に強くなる気がないならそれでいいよ。けど図書室の本はちょっと借りるね」
「ちゃんと返してね」
一応断ってみたら、意外とあっさり受け入れてくれた。不快な反応を見せるかと思えば、対して感心がないようだ。
「出来れば全部持ってってくれないかな。勉強サボる口実が出来る」
「ま、数にもよるけどね」
いや、勉強したくないだけか。どちらにせよ、持ち帰れるだけ持ち帰るつもりではあったので予定になんら影響はない。
「何ヶ月ぐらい借りてていい?」
「半年かな、その時期には王室教師も変わると思うし」
「おっけ」
おそらく王子は半ば冗談で言っているのだろうが、こうなったら出来るだけ持ち帰ってやろうと思った。どうせ全部読み漁るつもりだし、バレるかバレないかの違いだ。
そしてバレたところでまさか六歳児が手作業で持ち帰ったとは思わないだろうし、私まで行き着くこともないだろう。
「んじゃ、失礼したね」
「それじゃ。もしかしたらまた会うかもしれないね」
軽く別れの言葉を交わし、私は王城の窓から壁に這って降りる。書庫の場所を聞き忘れたが、まぁ地道に探せば何れ見つかるだろう。
そういえば、ミリを連れてきてしまっていたな、と一度王城の外へ飛び出る。
「あれ、ミリはどこ?」
「こっちですよー」
声が聞こえた方面へ首を振り上げると、ミリは城壁の上に佇んでいた。私が王子の部屋に忍び込んでいる時も王城のどこかで監視していたのだろうか。
「ああミリ、ちょっと書庫の本全部盗まないといけなくなったから先に送り返すね」
「え、何の理由があって───」
翌日の朝、王城の図書室、禁書庫から全ての本が消失するのだった。
変わりに私が住まう村の空き家二つが本で埋め尽くされた。