フィレイ王子との出会い
そうして王城の麓へとたどり着いた私達。赤子に渡す絵本に描かれたお城は、如何にも庶民が夢見て描いたような豪華絢爛な城ばかりだが、現物はそれを遥かに上回る。
白竜の王子様が姫君を連れ去るようなちゃちな建造物ではない。世界三大帝国とされているグレイ帝国の王城は、見るものを圧倒させるような荘厳さを持ち合わせていた。
ただまぁ使われてる素材は大したことなくただの高級な石だ。見た目は派手だが古代龍の攻撃に耐えられないのであれば王を護る城としてどうなのだろうか。
「お嬢様、今この程度なら壊せるかもとか考えてませんよね?」
「いやね、古代龍の攻撃に耐えられないんじゃ城の意味があるのかって」
それを聞いたミリは口元を押さえ微かに笑った。
「流石にそんな怪物想定しませんって」
「王様を護る城だよね? 確か王様は国で一番偉いって本に書いてあったけど」
「だからって何億年も前の怪物は想定したりしませんよ」
求めていた答え、ここにあり。わざわざ王城まで来た理由はなんだったのだろうか。
と、いうよりだ。遥か未来に転生しすぎだよ、私。グラファニーどころが、古代龍事体が過去のものとなっているようだ。道理で怪物の咆哮が毎日ずっと聴こえない訳だよ。
「そう」
まぁ、死んだと分かってしまったなら仕方がない。元より覚悟はしていたことだ。果たせなかった約束を悔いるより未来を見た方が余程生産的だ。
今の一瞬で分かったことだが、ここは最低でも数億年後の未来だ。数億年後の世界なら、私の常識が通用しなくて当然だ。それは即ち、古代龍以外にも私を脅かす存在がいてもいいということだ。
古代龍が無理なら、それを探せばいい。
「……そうかぁ」
とは言い訳してみたものの、やはり悔いが押し寄せてくる。
「お嬢様、どうかなされました?」
「別に転生してきた理由が無くなっただけだよ。ねぇミリ、この世界で強いのってどこの誰?」
「強い、ですか? 言われてパッと思いつくとすればここの王様ですかね。絶対襲わないでくださいよ」
「え、ここの王様って人間じゃ。別にシェンリルとか、そういうのでいいんだよ」
「だから何億年前の話ですかそれ」
もしかして、だ。
「ねぇ、この世界って怪物とか、魔物とかそういうの居るの?」
「魔物ならいますよ。ただ狡猾なだけでそこまで強くありませんが」
……なるほど、魔物の定義まで変わってしまっているようだ。詳しくは調べねば分からないだろうが、私の前世程強くはなさそうだ。むしろ話を聞く限り、殆どの魔物は人間以下の弱い部類に入ってしまうようだ。
「ま、その王様はミリから見てどうなの?」
「すみません、強いとだけしか…… なんせ最近の戦に参加しておりませんので、姿をまともに拝んだことが」
「戦ってことは指揮官?」
「世界最高峰の指揮官で剣と魔法の腕前も随一だとか」
「ふぅん」
俄然興味が沸いてきた。
ミリは襲わないで、と言ったが別に襲おうが襲わまいが、私が危機に陥るようなことがない限り、関心を持つことはないだろう。王城に来る前の会話でもそうだったが、彼女はうちの家族以外どうでもいいと思っているようだ。
「んじゃ、ちょっと図書室の権利奪うついでに戦ってくるね」
「はい、危険だと判断しましたら抱えて逃げますのでご了承を」
「少しは止める素振り見せようよ、六歳児のメイドなんだし」
「うっかり変なとこ触っていいのなら」
とまぁ、軽口を叩き合ってから私は窓から王城に忍び込む。流石王城と言ったところか、住まう人々が持つ魔力の平均値が村人のそれとは比べ物にならない。
その中でも飛びぬけているのは中央の塔の最上階付近で眠っている二人。片方は成熟した大人、片方は子供だ。
ミリの言う通り、この国で最も強いのが国王であるのならば大人の方が国王なのであろう。
だが、私にはどうにも子供の方が素質があるとしか思えなかった。寝ながらに流す魔力は常に緊張状態にあり、夜襲をかけようとも、ミリ程気配を消すのが上手でなければ即座に臨戦態勢に入れるだろう。
強いらしい国王はこの際どうでもいい。子供の方にお邪魔するとしますかね。
私は城壁の凹凸のない壁を指先の力だけで伝い、子供の眠る部屋へと昇る。今回は事を荒立てるつもりはなく、気配、魔力の放出をしないよう細心の注意を払い、慎重に昇る。
窓枠に手をかけ、眠っているであろう子供の姿を覗く。気配の通りに子供は小さく、大体八歳くらいだろうか。
淡々と、子供について分析していると、突如子供が起き上がった。
布団を大きく振り払い、身を翻しながら壁に立てかけていた剣を手に取る。
「………子供かい?」
子供はお前だろう、と思ったが今の私も八歳の子供だった。
剣を構え警戒する子供の前で私は窓の隙間から錠を壊し、部屋へと飛び降りた。
今回は挨拶、普通の挨拶のつもりだったが、少しからかってみたくなった。私は不敵な笑みを作り、意味もなく子供へ向ける。
子供は顔を顰め、私に哀れみの目を向けてきた。
「殺させる為だけに教育された子供か」
随分と心外な反応だ。初見とはいえ殺戮マシーンと勘違いされるのは少し心に来るものがある。別に私は殺したい訳じゃなく戦いたいだけなのだから。
「ねぇ君、今すぐこんなことは止めて僕の元で働かないかい? 国の為に働いて、自分の食い扶持も繋いで。君も、君の家族も幸せになれる方法さ」
子供は構えを解いたように見せかけながら、私を説得しようとする。剣を右腕に持ち、両腕を軽く広げて警戒を解いたように見せかけているが、それは即座に反応出来る体勢であった。
「ま、別に戦うつもりで来たわけじゃないけどね。初めまして、私はレイ。暗殺者でもなんでもない、ただの幸せな平民よ」
「………僕はフィレイ=G=シルヴァ。最強の国王の息子さ」
自己紹介を返してくれると思わなかったが、王子は依然構えを解かない。
「別に警戒しなくて大丈夫よ。私は君を殺すつもりはないし、んー、それにいつだって殺せるし」
「今聞き捨てならない言葉が聴こえたんだけど。子供が僕を殺せる? まさか、僕を親の七光りだとでも思ってるのかい」
「いや、あんたは親より強くなれるよ。別に私が強すぎるだけでね」
私がそう言うと、王子は目を細め、私を睨み、構えを取り直した。
王子を褒めながらも事実を言ったつもりだったが、王子はそれを挑発と受け取ったようだ。
私が軽く顎を振り上げ王子を見下ろすと、それを狙っていたかのように首元目掛けて王子の剣が迸る。
子供にしては素晴らしい剣を軽々と交わし、喉元に手刀を突きつけた。
「ね、いつだって殺せる」
「………君は、何者なんだい」
敵わないと分かったのか、王子は剣を鞘に納め、再び壁に立てかけた。
「ねぇレイって言ったかな? その力、どこで手に入れたの」
「簡単ですよ、弛まぬ努力さえしてればおのずと手に入るものです。まぁ、私程になりたいのであれば全ての神に気に入られる必要がありますがね」
「無茶苦茶言うねぇ」
普通加護は信仰して授かるもの。私は何故か出生時から全ての加護を授かって産まれた。
本来であればあり得ない話。出生時という特異性を除いたとしても、全ての宗教の規律を護って全部の加護を得るなんて不可能なことである。
改めて自分の規格外さを確認しながら、私は王子のベッドに腰をかける。
「さてフィレイ。君は強くなりたいかい?」
私は王子に向かい、微笑みかけながら提案をする。この未来に転生した意味を、別の形で果たす為に。
「いや全然?」
それが王子の答えであった。




