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遭遇

アリス騎士長は木枝を最小限の動きで交わしていく。


「シオン殿、本来ここに魔獣は生息しない」


僕の名前を呼び語りかけているハズの内容だが、それは独り言のようにも聞こえた。


「無論、如何なる魔物に遭遇しようとお嬢の身柄が最優先。その覚悟が無いのであれば馬車に戻るといい」

「大丈夫です」


お嬢が一番大切という彼女の主張は理解出来たが、僕はそれとは違う思惑でそう答える。

レイ=ミルロットと並び立つという目標がある以上、未確定の何かに逃げ腰でいるわけにはいかないと思っていた。


枝葉を踏み潰し駆け抜ける音に、木の幹が折れる鈍い音が混ざる。

それと共に、女性の高い声が木霊して聞こえる。


「《茨縛コーズ》!」


聞こえた呪文の詠唱、声は確実にクレティアのものだ。

全速力に近いハズの速度が更に一段階上がる。


咆哮がした方角から逃げるクレティアの姿が見える。


それと入れ替わるようにアリス騎士長と前に飛び出せば、灰色の毛皮の、熊のような姿形をした魔獣が、全身に纏わりつく茨を無理矢理引きちぎっていた。


「なんだ、これは」


アリス騎士長はそう呟きながら魔獣の前に立ちはだかる。声は非常に弱気だがその背中は逞しい。


彼女と相対する魔獣は初めて見るものだった。

熊のような魔獣は、他の熊型に分類される魔獣よりも前足が長く体格も上半身の方が大きい。重心が前に寄っており、非常に攻撃的な体型をしていた。


そして何より体躯が巨大であった。

普段であれば大型種に分類される魔獣であれど、四足歩行であれば地面から2メートル程度、成人男性より高い程度だ。


だが目前の魔獣はその規格を遥かに超えていた。

木々の葉に届きそうなほど巨大な体躯、体長だけでもその2倍はあるだろう。

茨を引きちぎるために大きく振りかぶっている両腕の影が僕達に覆い被さる。


巨大な魔獣が今にも絡みついた茨から解き放たれようとしている。

僕は背中の剣を引き抜き、庇うように立つアリス騎士長の横から飛び出す。


初めて見る魔獣だが、こと対魔獣戦において初見でアドリブを効かせるのは大の得意だ。

茨を力技で突破しようとしていることから対して知能は感じられず技術は無さそうだ。

魔獣の骨格からして対処されにくそうな腕の付け根へと飛び込み、左胸へと剣を一閃突き出した。


剣は恐らくそこにあるであろう心臓部へ奥深く突き刺さる───が、見た目以上に硬くがんじがらめな魔獣の筋肉が僕の剣を絡みとる。

抜けない、そう察知した僕は瞬時に剣から手を離した。


太い血管を切った手応えは感じられたが、魔獣は即死しない。魔獣は痛みで怯むことなく、巨大な体躯で僕を推し潰そうと飛びかかる。

だが単純で、予測の範疇でもある反撃だ。

僕は身を屈めて横へと避ける。


「くっ──」

「《神速》!」


すかさず唱えられたアリス騎士長の魔法。

魔獣は攻撃を外した勢いで巨躯を投げ出しており、地べたを這いずり首を差し出す形になっていた。

辺境伯騎士団の団長がそれを見逃すハズはなく、僕が反応しきれるかどうかの速度で、首目掛けて剣を解き放った。


魔獣は即死した。

切り落とすまではいかなかったが首の骨が砕かれ、無防備な体勢のまま絶命した。

アリス騎士長は剣を鞘に戻し頭の兜を縦に振った。


「よくやった」


そう言いながら、魔獣の死体へと歩み寄る。

うつ伏せとなった死体の胸部近くから、剣の柄を拾い上げた。


「これはどうする? 修理でも新調でも費用はローズ家が持とう」

「でしたらお言葉に甘えまして、新しい剣をいただけますか?」


その剣に対して愛着がなかった僕はそう答えた。

実践で使うものだ、古く質の悪いものを大事に使うわけにもいかない。

アリス騎士長は鞘を元の位置に戻し、魔獣の全長を眺める。


「それと二人とも、悪いが今日の遊びは中止だ。この森に魔獣が出没したこともそうだが、この魔獣はいささかデカすぎる。私は急遽戻って報告と調査に行かなければならない」

「……仕方ないわね」


僕達のいる場所から少し離れた位置にいるクレティアが答える。クレティアは魔獣と僕を同時に視界に収めていた。


「ほら、シオン殿も帰るぞ」


僅かに帰り道に進んだアリス騎士長に声をかけられ、ハッとする。


どっかでこの魔獣、見たことある気がするんだけどなぁ。


そんな心のモヤを振り払い、早足で帰るアリス騎士長を追うのであった。


◇◇◇◇◇


それから一週間が経過した。

この一週間は貴族に仕えるものとしての知識と技術を叩き込まれ、空いた時間で剣の腕も磨くなどとても忙しいものだった。


因みに聞いた話だが、先週の土曜日に討伐した魔獣はここ数百年で出没した魔獣の最大体長を、倍近く塗り替えるほどのサイズの魔獣だったとのこと。


今日はその魔獣についての話を整理したいらしく、土曜日という休日だがアリス騎士長に呼び出されていた。


「失礼します」

「わざわざ休日にすまんな、そこに座ってくれ」


促されるまま柔らかなソファに腰掛けると、アイリスは用意していた新聞をいくつか僕に差し出した。

新聞には『未知の巨大魔獣出現!?』といった見出しでそれに関する記事か事細かに書かれていた。

それに添付されている写真は、僕とアリス騎士長とで倒した魔獣ではないものが添えられていた。


「どれもこれも、違う被写体ばかりですね」

「そうだ。ローズ領と隣接する領土にて新聞をかき集めさせたが、それだけでも数は十を超えている」


アリス騎士長は肩を鳴らしながら答える。

記事には、そのほとんどをローズ家の騎士団が討伐していることが書かれていた。


「私達の騎士団も少なからず被害が出ていてな、急遽、騎士団もこれからの出没に備えて魔獣戦を想定した訓練をすることになった」


アリス騎士長は瞼を細め、隙間から刺すような視線を向けてきた。


「シオン殿も参加して貰えぬだろうか」

「僕が、ですか?」

「そうだ。シオン殿はどちらかといえば魔獣相手の方が得意としてるように思える。そうであれば、シオン殿の意見も欲しいところでな」


僕は少しだけ考える。別に断る理由は出なさそうだ。


「構いませんよ」

「すまないな、助かる」


アリス騎士長から翌日の予定が記された書類を渡される。

それを読みながら、少し気になっていたことを問いかける。


「それにしても何故僕が魔獣向きだと?」

「あからさまな魔獣戦慣れと、一撃の重さだな。対人を想定しているというには過剰なぐらいシオン殿の剣は重い」


僕も元師匠を想定して鍛えてるハズなのだが、と少し不思議に思ったけれどその疑問は直ぐに解けた。

元師匠は古代の人間、古代は魔獣がうようよ居たと聞く。であれば元師匠の教えは魔獣を想定したものであってもおかしくはないというものだ。


「……確かに、思い当たる節がありますね」

「レイ=ミルロットか」

「ええ」


理由を言い当てられたことに若干驚きながらも肯定する。

すると、アリス騎士長が積み上げていた新聞の下部から、一枚の記事を取り出した。


「これとは話が逸れるが、あの後私も彼女について調べてみた。まぁ、読んでみろ」


僕は新聞の下部を掴み、片手で持ち上げる。そこに書かれた文字に驚愕を覚えながらも、ゆっくりと読み上げた。


「レングダン独裁国家、国王が殺害される」


記事の下を読んでみれば、そこにはレイ=ミルロットの名前が犯人として挙げられていた。

忠臣と王子の証言から出た名前だが独裁国家ということもあり、デタラメの証言という説が有力といった内容だ。


記事を読み切った僕の感想としては、元師匠ならやりかねない、というものであった───


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