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鬼ごっこ

翌日、僕達はローズ家領地内にある森へと来ていた。

ポケットには辺りの地図とコンパスを入れてある。


地図を見た限り、起伏が乏しく特徴の少ない、所謂迷いやすい森のように思えた。

魔法も奇跡も持ってない一平民が身軽な装備で入ろうものなら間違いなく遭難するだろう。


「クレティア様、そんな装備で大丈夫ですか?」


僕の場合は森に慣れているし、いざとなれば奇跡を駆使して突っ切れば問題なく森を出れる。


「問題ないわ。ローズ家の血を引く者は森の中では迷わないの、何処に居ようと木々が道を教えてくれるのよ」

「血統魔法ですね」


クレティアは腕を組み、誇らしげに鼻を鳴らす。


「ところで騎士長さん、鬼ごっこのルールはちゃんと調べられたかしら?」

「はっ!」


先程から近くで跪いていた全身甲冑の女騎士が顔を上げる。

なんか護衛に一人来てるなと思っていたが、かなり偉い立場の人だった。彼女に倣って僕も跪くべきなのではと一瞬考えたが、遊ぶ前段階なのでやめておくことにした。


「団員共に聞いて回ったところ鬼役が重い棍棒を持ち、一定時間、人間役の投石を耐え抜く訓練とのことです」

「絶対違うと思います」


鬼ごっこというものは余り詳しくないが、思わず口を挟んでしまう。

どう考えても楽しくなさそうだし、ただ痛いだけだろう。元師匠もそんな訓練はしない。

僕の横でクレティアが口元を抑え僅かにニヤケ顔を浮かべていた。


「騎士団は相変わらず嘘つきだらけのようね」

「未だにどうでもいいことで団結するもので手を焼いておるよ、ハッ」


甲冑の中から笑い声が響く。


数分後、騎士長に対しての鬼ごっこのルール説明が終わる。

クレティアは指を降りながら、細かなローカルルールの部分を設定する。


「今回は広い森だし鬼は二人、逃げる人が一人ね。隠れるのはオーケーで、でも魔法は禁止。鬼は1分数えたらスタート。このルールで行くわよ」


全員が頷き認識の共有も終えると、全身甲冑の女騎士長が鎧を鳴らし立ち上がった。

彼女は木々が立ち並ぶ方へ一歩足を踏み出す。


「最初は私が逃げよう」


自然に鬼が決まり、僕達は女騎士が逃げた方角に背を向け、ゆっくりと1分を数える。正確な時間と照らし合わせると、多分80秒ぐらい。

時間になり、クレティアと同時に振り返る。彼女は明後日の方角を指さして言った。


「それじゃ手分けして探しましょ。私あっち探すからそっちお願い?」


何気ない提案なのだろうが、僕にはその言葉の意味が一瞬理解出来なかった。

リアクションもしないまま硬直して考えて、その言葉が、何の情報もない前提で話されていることに気がつく。


「その必要はありません。あちらに分かりやすく痕跡が残されてます」


僕が示す方角には、あからさまな痕跡───分かってくれと言わんばかりの痕跡が意図的に残されていた。

僕達が子供だからという騎士長の配慮だろう。


「ホントだわ!」


言われればクレティアも気づくようだ。

生い茂った雑草が丁度大人一人分の幅になるよう踏み荒らされていた。

痕跡を見つけた彼女は、獲物を狩るような鋭い目を携えて痕跡をダッシュで辿る。

痕跡を追う彼女の足は速く、足に自身のある僕でも頑張って追いかける必要があった。


「ほら早くしなさいよ!」


ひたすらに痕跡を追う彼女、それを追いかける僕。

そういう構図が出来上がりつつあったが、ふと痕跡に違和感を抱いた自分は立ち止まる。


「ここ、二回踏まれてますね……」


ポツリと呟くけれど、クレティアの耳には届かない。

ふと近くの太い木を観察してみれば樹皮が数箇所剥がれており、その上を見上げれば騎士長が息を潜めて僕達の様子を観察していた。

甲冑越しに目が合い、僕はぺこりと頭を下げた。目標は逃げ出した。


「あっ!」


同時に嘘の痕跡に騙されたクレティアも戻ってきており、森の中でのチェイスが始まった。


───騎士長は魔法無しで重い甲冑を着てたので遅く、すぐ捕まえられた。


「ハハ、シオン殿からすれば子供騙しだったか?」


甲冑の下から軽快な笑い声が響く。

にしても素顔が見え───などと考え甲冑の中をなんとかして覗こうとしていたら、彼女の方から兜を外してくれた。


兜の中には、後方へ一本に束ねた金色の長髪と凛々しい顔つき、ややつり目の赤目が隠れていた。

彼女は兜を左手で抱え、僕に右手を差し出してきた。


「何度か護衛はしていたが、名乗ってはいなかったな。私はアリス=ローティカ、ローズ分家であるローティカの当主も勤めている」

「あ、シオンです」


彼女の存在は度々認識していた。

クレティアと魔法も交えた模擬戦をしたときも彼女は護衛についていた。

握手を交わし、手を離してみたが特に話すことが思いつかない。少し戸惑いながらも黙っていたらクレティアが横から口を挟んできた。


「じゃ、次は私が隠れるわよ!」


アリス騎士長を捕まえ興奮しているのか、クレティアは猛ダッシュで何処かへと消え去った───


クレティアが消え、姿が見えなくなったことを確認すると、アリス騎士長が話の続きを切り出してくる。


「ところでよくダミーに気がついたな。団員も騙す気概で慎重に付けたのだが良い目を持っておる」

「ありがとうございます。元師匠の教育の賜物です」


アリス騎士長は僅かに頷く。


「それもあるな。やはりリコン殿に教わったのか?」

「いえ。こうした術はレイ=ミルロット───ある女の子に教わりました」


女の子という単語にアリス騎士長は不思議な顔をする。


「女の子、というとシオン殿より年下なのか?」

「はい。確か11歳だった筈なので2歳年下ですね」

「他には教わってないのか──っと、時間だな」


一分という時間は数えると案外長いが、こうして話しているとあっという間に過ぎ去る。

クレティアが逃げた方角には、早速痕跡が分かりやすく残っていた。雑草が踏み潰され、地面の土が若干跳ねていた。やけに歩幅が広い。


そんな痕跡を見たアリス騎士長が面倒くさそうな顔で首を搔いて、僕にギリギリ聞こえる声で呟いた。


「もう少し狭い場所でやるべきだったな……」


どういうことだろうか、と思考を巡らせる。

そして、恐らくアリス騎士長と同じ、嫌な結論に落ち着いた。


「もしかして、全力で逃げれば捕まらないと考えて?」


隠れるとか逃げるとかじゃない。なるたけ距離を取って、そもそも近寄らせなければいいという考えがこの痕跡から読めて取れた。


「お嬢の性格からしても間違いないだろうな。はぁ……」


迷う心配は別にしていないが、凄く面倒くさい。

恐らくクレティアは素の状態でも僕より足が速いだろうし。


「とはいえお嬢は常に全速力で走るお方だ。最初から持久力勝負のつもりで動けば、いずれ追いつけるだろうな」


そうして僕達はそこそこ速い速度で走り出した。そこそこ、と言っても街中で走る犬ぐらいは悠々と追い越せる速度だ。


◇◇◇◇◇


森の中を延々と駆ける。

既に半時間は経過しているだろうか。この速度で30分走り続けるというのもまま疲れるが、木々の枝を躱しながらとなると集中がやや乱れてくる時間だ。


「───ところでシオン殿、貴殿は何故グレイラット学園に行くのだ?」


アリス騎士長が僕の前を走りながら問いかけてくる。


「元師匠に勝つためですね。人を惹き付ける力を持たないと彼女に勝てないと神様から言われまして」

「待て、貴殿は神託が───いや一度置いておくか」


アリス騎士長が僕に、汗ひとつ流れてない顔を見せる。真剣な目付きで僕を睨み、真っ直ぐな声でこう言った。


「シオン殿、学園卒業したらローズ騎士団に入らぬか?」

「僕がですか?」

「我らがローズ騎士団は良くも悪くも実力主義でな、貴殿であれば騎士長も目指せる。他人の魔法に関する知識は皆無そうだが、戦闘技術と斥候技術は既に高水準の域に達していると見た」


アリス騎士長は言葉を並べ立て、如何に僕のことを評価しているか勧誘が本気なのかということを見せる。


「少なくともこれからもシオン殿が向上する意思を抱き続けるのであれば、悪い結果にはならないだろう。どうだ、所属してみぬか?」


辺境伯の騎士団に所属できる。

戦士を目指す平民からしてこれ程名誉なことはそうそうないだろうし、隊長又はそれに準ずる何かになれれば頂ける給金も、町道場を継いで得る収入より余程高額なことだろう。


「……そうですね」


正直なところ、所属したい気持ちはある。給金が大量に得られればリコンに育てて貰ったお礼として仕送りを多く送れる。


ただ僕の今の目的はレイ=ミルロットに勝てる自分になるということだ。

騎士団に雇われて誰かの下で使われるということが、寄り道になってしまうのではないかという不安が強かった。


「すみませ───」


そう言いかけたところで、僕は咄嗟に口を噤むんだ。

アリス騎士長と同時にその場に立ち止まり、互いに耳をすませた。

オォォォォォン、と低く重々しい咆哮が木霊する。


「……アリスさん」

「あぁ魔獣だ」


アリス騎士長は深刻な顔で、僕と同じ見解を示した。

彼女は舌打ちをすると走っていた方角から僅かに逸れた道へと身体を向けた。

腰の剣を片手で引き抜き、地面と水平になるよう眼前に、もう片方の手を添えて構える。


「《身体強化》《速度増強》」


貴族であれば使える基礎魔法を唱え、走り出す。

全身に重い甲冑を纏っているが、その速度は僕の素の全速力よりやや速いぐらいだった。

僕も呼吸を整え、小さく奇跡を呟く。


「《神纏:軍神》」


奇跡は未だに身体への負担が大きく、戦闘のような激しい動きをせずとも30分継続的に走るのが限界だ。

ただそれを使う判断をするほど、アリス騎士長の顔は険しかった。



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