模擬戦終わって寝るまで
結論、無理だった。
試験の時もフィレイ王子に魔法を使われたことはあるが、彼の場合建物に何らかの魔法がかかっていたらしく、とてもやりづらそうにしていた。
魔法の真髄を味わった気がする。彼女は制限のない環境で無数の茨を繰り出し、一本一本の手数で僕の体力を削り、それらを束ねた極太の茨で殴り掛かられた。
何度か受け止めることは出来たが、クレティアと刃を交える直前まで来たところで僕の奇跡が限界を迎え、降参することになった。
「勝ったのは私だけれど、貴方も中々だったわ。あそこまで力を出せた私だと、ほとんどの人は抵抗すら出来ずに終わるわよ」
「ありがとうございます。剣があれほど出来るというのに、魔法もあれほどとは、クレティアさんは凄いのですね」
「それだけの努力をしているのだから当然よ」
言い切れるのがかっこいい、と思う。僕も同じぐらい努力している自負はあるのだが、どうにも自分の実力に自信を持てないのだから、大きな違いだった。
「さ、帰るわよ」
「えっと、この茨達は放置して大丈夫なのですか……?」
これが更に成長したら、と考えるとぞっとするものがある。
「あくまで魔法で一時的に生み出したものよ、ローズ家の茨とはいえ三日もすれば何事もなく消えるわ」
「ああ、そういえばそういう性質がありましたね」
その後、僕は兵士たちに健闘を称えられた。
勝ったはずのクレティアより褒められた。これは恐らく、クレティアが強くて当たり前と彼らの中で認識されているが故のものだろう。
帰りの馬車では、負けた自分だけが褒められたのが不服だったのか、クレティアが不機嫌そうにしていた。
あの人たちはクレティアさんを信頼してたから勝っても驚かなかったんですよ、と小声で言ったら顔を逸らされた。
屋敷に帰り着いた。
「ところでシオン君、怪我の程は問題ないでしょうか?」
「魔法が切れたところで降参したので大した傷は負ってませんね」
「では従者として、貴族と交流する身として必要な知識を得ていきましょうね、クレティア様はご自身の勉強にお戻りください」
執事長はやや文句ありげなクレティアを除けて、安心出来る優しい笑顔で、ついてくるよう僕に促してきた。
………その後に待っていたのは、非常にスパルタで完璧主義な教育だった。
座学について教育する執事長は、剣を叩きこんでくる元師匠の姿が重なる程にキツかった。
同じ座学の教師で比べるなら、リコンの五倍はキツイ。アレス様はそもそも厳しくなかった。
とはいえ分かりやすく、効率良く覚えさせてくれる教師という観点で見れば、執事長が
一番だった。
満点以外は全て再テストという徹底した完全主義によって覚えさせられた経験が、次の指導に活かされ、またちょくちょく織り交ぜられる応用込みの復習が、その知識を知っている状態から無意識に使用出来るという段階に引き上げてくれた。
まだ初日だというのに、成長出来るという手ごたえを感じさせてくれていた。
「さて、本日はここまでにしておきましょうか。シオン君は中々要領が良く、教え甲斐がありましたよ」
「ありがとうございます。私もこのように身の為になると実感出来る座学は初めてでした」
お互いに感謝に言葉を述べると執事長は、教材を片付け、契約書を引き出しから取ってきた。
てっぺんに契約書と文字が刻まれただけで、他は真っ白な紙だった。
「取り合えず今後の日程を決めましょうか。私としては週五で、朝八時から二十時までは学園に行く従者としての教育を施したいのですが、いかがでしょうか?」
「その教育の中には剣技や筋トレなどの運動とか、さっきの貴族としての勉強みたいなのも入ってますか?」
「ええ、お嬢様の従者としてはそれらの能力も欲しいですから。今後次第ではありますが、数日見た限りでは八時から十二時まで貴族としての座学、十三時から夕方までは運動を、その後は従者としての訓練を、という風に考えてますね」
「なるほど、でしたら週五でお願いしたいです。因みに休みは何曜日でしょうか」
「お嬢様と同じ土日を想定しています」
と、何事もなくトントン拍子に今後の予定が決まっていく。
「あと少量ですが月にいくらかお小遣いも差し上げます。休日は自由に屋敷を出入りして頂いて構いませんが、暗くなる前にはお帰りくださいね」
「はーい」
執事長はこれまでに話した内容を簡潔に纏め上げ、契約書へと記す。お互いに名前を記入する。
「さて今日はまだ夕方ですが、シオン君の業務はここまでにしておきましょう」
執事長は壁にかけているカレンダーに視線を向ける。明日は土曜日のようだ。
「そろそろお嬢様も授業を終える時間帯ですね、恐らくお嬢様はここに駆け込んできて、シオン君に明日遊ばないかと誘ってくることでしょう」
執事長の予想に、でしょうねと僕は心の中で同意した。そして、そうなるんだろうなと考えていた時に、一つ気づいたことがあった。
「あ、そのことで少し気になったことがあります」
「何でしょうか?」
「遊ぶって具体的に何をすればいいのでしょうか……? 私、同い年の友達は周りにいませんでしたし、一人で遊ぶにしても素振りばかりしてましたので……」
執事長は笑顔で固まった。
「えーと、ですね」
執事長はこれまでにない程戸惑っていた。眼が泳いでいる。
それを見て察した、この人も僕と同じく遊んだことがない人だと。
「………お嬢様を見ていれば自ずと分かることでしょう」
「ですね、そうします──」
と、返しかけたところで、部屋の扉が勢い良く開かれた。
咄嗟にその方角を向くと、案の定クレティアがいた。
「シオン! 明日は暇かしら!」
「ええ、暇ですよ」
「それは良かったわ、明日どっか遊びに行きましょ!」
と、僕たちと同じテーブルへとついたクレティア。
「丁度そういうお話をしていたのですよ。そしたら遊ぶってどうすればいいのかって話になりまして」
「遊ぶってどういう……? どういうことかしら」
「なんか私達、遊び方というのが分からないみたいなんですよね」
ハッキリと説明したのだが、クレティアには分からないということが理解出来ないみたいだった。
「えっと、そうね。食べ歩きだって立派な遊びだし、庭とかにある使われてない煉瓦を積み上げてバランスゲームしたりしてたわね。あとは木登りとか」
クレティアは様々な遊びをスラスラと数々の遊びを列挙する。
「明日は折角シオンがいるんだから鬼ごっことかやりたいわね! 領民の子供達がやっているようなあれよ、屋敷の近くに手頃な森があるしそこでやりましょう」
「あぁ、確かにそれがありましたね」
鬼ごっこという遊びは知っていたにも関わらず、無意識に選択肢から外していた。
街で見かけるような子供達とは鬼ごっこをしても自分が圧倒的過ぎてお互いつまらない結果にしかならないが、確かにクレティアとならそれで遊べる気がする。
「良いですね、明日はそれにしましょう」
「二人で鬼ごっこってのも中々変な話だけれど、そこは仕方ないわね」
クレティアは口を押さえ、軽く笑い声を上げた。
その日の夜、僕は明日が楽しみ過ぎて、ベッドの中でどう逃げるかを脳内で何度もシミュレートしまくってしまった。お陰で眠るのがいつもより三時間ほど遅くなってしまった。




