クレティアとの模擬線
翌日。僕はクレティア、執事長、ローズ騎士団団長率いる軍隊と共に演習場へと馬車で向かった。降りる際、特にエスコートなどはなくむしろクレティアが真っ先に飛び降りた。
執事長に促され次いで降りると、そこには荒れ果てた地が広がっていた。
限られた場所に雑草が少し生えているだけで、それ以外のほぼ全ての土地では土が露出していた。それ故に地面の起伏が激しく、とても辺境伯の所有する演習場には見えない。随所にクレーターのようなものも出来ている。
誰かに荒らされた後なのかとも一瞬考えたが、クレティアが胸躍らせているところを見る限り、これが正常なようだ。
後から降りてきた執事長に声をかけられる。
「驚きましたか? 元は当家自慢の演習場だったのですが、クレティア様が魔法に目覚めてからはこれが当たり前になってしまったのですよ」
なんと、これは目の前ではしゃいでいる少女、クレティアが築き上げた…… 惨状? 光景という。
「クレティア様は繊細な魔力操作こそ苦手としているものの、保有魔力量とそれ一度に操る技術に長けていましてね。説明するより実際に戦ってみた方が早いでしょう、ほら呼ばれてますよ」
執事長が指し示した方角では、クレティアが腰の剣を掲げて手を振っていた。駆けて寄ると、執事長の見解通り対戦を申し込まれた。
「ねぇ、あんた魔法は使えるのかしら」
「魔法に準ずるものなら使えます」
「分かったわ、では魔法ありで一発やっちゃいましょ! セバス!」
クレティアが執事長に向かって叫ぶと、その方角から拳大の頭蓋骨が飛んできた。クレティアはそれを僕に見せる。
「これ知ってるかしら。私達の決闘で使われるアイテムなのだけれど」
「初めて見ますね」
「これは魔力を込めると真上に飛ぶ魔道具よ。細かな説明は省くと、遠くからでも出来るコイントスね」
僕は頭蓋骨を瞳から覗き込む。中には魔法陣が刻まれていた。
「今回は魔術と剣術の混合ルールよ。貴方はこのルールでやったことあるかしら」
「ありませんね。先日のコイントスと同じ感じでしょうか」
「落ちるまで動いてはいけない、という点はね。でも魔術は、髑髏が跳んだ瞬間から詠唱を始めていいの。無論行使するのは剣術同様に落ちた瞬間からね」
「はい、大体理解出来ました」
頭蓋骨から視線を上げてクレティアと視線を合わせると、彼女は右の白い歯だけ僅かに見せて微笑んだ。
くるりと身を翻して、滑らかで捉えどころのない歩術で僕から距離を取る。途中、盛り上がった土に頭蓋骨を乗せる。そして対岸、丁度僕とクレティアの真ん中に頭蓋骨が位置する距離で立ち止まり半回転、剣を抜いた。
僕も剣を抜き、一瞬だけ遠くで見ている筈の執事長と騎士団達に視線を向けた。彼らはクレティアが更に遠くに行ったにも拘らず、更に距離を取って僕達を見守っていた。
視線を戻し、集中を最高クラスにまで引き上げる。
恐らく彼女は先日見せた剣とは反して、遠距離まで届く魔法の使い手だろう。
そう推測した理由は二つある。彼女はこの穴ぼこだらけで土しかない土地で正確な距離を測った。それも歩幅で測るわけでもなく、目測でもなく、ただの感覚で。
後は騎士団が距離を取ったということ。僕達に気遣ってのことだろうが、それもヒントになった。
頭蓋骨が突如炎を纏い、空高く飛び上がる。僕は静かに呼吸を整え、心臓に宿る軍神アレスの神力を全身に巡らす。
対面で詠唱しているクレティアが何を行使するのか、全く分からない。
詠唱が落下の瞬間に一致するよう、予め息を吸う。
燃え盛る頭蓋骨が落下し、弾け飛ぶ。瞬間、僕たちは各々の魔法を唱えた。
「『神纏・軍神』」
「『実の無き茨姫』」
軍神アレスの力を纏う僕。
毎夜、アレス様と共に奇跡を制御する術を身につけた自分は、本気で動いても五分間はリスクなく動き回れる。
さぁ、どう来るか。奥歯を噛みしめクレティアの一挙一動に集中を配る。
だが、彼女は一向に動く気配を見せなかった。
意外にも、彼女は待ち構えるタイプのようだ。
「………攻めてこないのかしら」
遠くでじれったそうに待ち構えているクレティアから、鮮明な声で話しかけられた。遠くにいる筈だが、彼女が叫んでいるような様子はない。
「えーっと、なんで声が聞こえるんでしょうか?」
「初歩的な魔法よ、後で教えたげる。それより攻めてきなさいよ」
「いえ。私、魔法を使った戦いは初めてですので、能動的に動きたいのです」
私の解答を聞いて、クレティアは僅かに口角を上げた。
「私相手に長期戦なんか挑んだら後悔することになるわよ」
そう告げるクレティアの声色はほのかに暗いもので、それが僕の背筋に悪寒を走らせた。
「このまま攻めてこないってんなら、魔法が成長しきるまで待つことになるけど。個人授業でもするかしら、私の魔法について教えてあげるわ」
「………どうぞ、お願いします」
なんか、よく分からない流れになってしまった。
彼女の言葉を素直に受け止めるならこのまま待つのは悪手なのだが、彼女が挑発しているだけの可能性もあるわけで、言葉通り攻めるわけにもいかない。
魔法についてじっくり学ばなければ、と一つ反省点が見えた。知識がなければ戦いづらいのは剣術でもそうなのだから。多分、魔法は知識がないとそれ以上に戦いづらい。
「現代魔法って基本的に三種類に分類されるのは知ってたわね」
クレティアは昨日のテスト結果を覚えていたのか、確認するだけの口調だ。
「基礎魔法、属性魔法、血統魔法の三つですよね」
「そうね。基礎魔法は貴族なら誰でも使えて、属性魔法は個人によって可否が分かれる魔法で、血統魔法はその家系しか使えない魔法ね」
彼女は構えていたレイピアで地面を指す。
「ローズ家は血統魔法の担い手でね、家名通りに薔薇を繰る魔法の使い手よ。今こうして話している段階でも、地中で茨が繁殖しているわ。普段は相手が速攻しかかけてこないから私が全力を見せれることは少ないのよね」
クレティアはニタリと笑った。
「だから、こうしてゆっくり話した今、ローズ家の真髄が発揮されるわ。もう勝てるとは思わないことね」
ボゴリ、と音を立てて随所随所の土が隆起する。隆起した土それぞれから、異常成長した無数の茨が飛び出す。
僕がそれらの情報を処理しているうちに、戦場全体に茨が覆い茂り、十数秒にして彼女の空間へと塗り替えられた。
これが魔法というものか。
無知が生み出した現状は反省すべきだが、今の僕はこの逆境に胸を躍らせていた。




