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執事による勉強会

 執事長に連れられ、赤い屋根の屋敷へと足を踏み入れる。さっきから何故かクレティアもついてきている。

 大きなエントランスを経由し、一階の隅の部屋まで案内される。応接間に似たようなところではあるが、敢えてシンプルな家具ばかりしようしていることから従業員…… じゃなくて使用人とかが使用する場所だというのが読み取れる。


 六卓の持ち運びやすいサイズの長テーブルに、十四脚の椅子。今は誰も使っていないが、おそらく休憩所だろう。


 入口近くの席に座るよう促され、僕とクレティアは並んで座った。執事長は近くの戸棚から十枚の紙束とガラスペンを取り出し、僕の前に差し出した。


「取り合えずシオン君、こちらのテストをお願いします。一時間半後に戻ってきます。分かるところだけで構いませんよ」

「あ、私の分も貰える?」


 クレティアの分も用意され、執事長は部屋を出た。


 渡されたテストの内容を大きく分けると、共通語とグレイ王国語、その他主要な言語の読み書き。各学問の簡単な問題、グレイラット学園に関する問題。魔法、貴族として求められる礼儀作法、容姿を整える為にやらなければならないこと、雑用に関する知識、といった感じだ。


 そして一時間半後、執事長が戻ってきてざっと採点を始めた。採点はものの十数分で終わり、僕達二人に答案を返してきた。


「素晴らしいですね、想定以上です。言語の読み書き、学問、礼儀作法、仕事に対する理解度はほぼ満点ですよ」


 執事長はペラペラと答案を捲り、僅かに間違えたところをガラスペンで訂正する。


「問題は自身のケアと学園、魔法に対する理解。特に肌のケアは使用人にとっても貴族にとっても大事な事項ですので、しっかりと修めて貰います。後は学園に関する知識も猛勉強ですね。魔法は使えないようですが、魔法に対する知識も大事です」


 ある程度重要な要項を絞り僕に説明すると、執事長はクレティアの答案も捲った。


「クレティア様は全体的に優れていますね」


 そう言いながら雑用に関するテストの点数を横線で消した。クレティアには必要ない知識、という意味だろう。


「ですが隣のシオン君には僅かに負けていますね。例えばこの長文ですね、通常であればこの訳で問題ないのですが、この場合、こちらが先に失態を犯しているのが読み取れるので、謝罪の旨を伝える文章がよろしいですね。この書き方ですと謝る立場にも拘わらず、命令していることになってます」


 言語の点数で比べると、40点満点のところ、僕が37点、クレティアが34点だ。簡単な問題だけ解いても20点しか行かないと思うので、恐らくお互いに良い点数だ。

 けれどクレティアは負けてることがとても悔しいようで、間違えた箇所について喰らいつくように学び直していた。


 クレティアが教わっている間に、僕は僕で間違えたところを見直して待っていた。十分程したところで、執事長に答案を回収された。


「さて、一先ずは予想していた学園の創立理念について勉強致しましょうか」


 そう言って戸棚から分厚い本を取り出した。


「シオン君、この本はご存じですか?」

「いえ、初めて見ます」

「これはグレイラット学園から私達爵位持ちに配られた、学園について纏めた本ですね」


 執事長は対面に座ると、僕に中身が見えないように本を開いた。


「さて、グレイラット学園が創立された理由をもう一度お願いします」


 これに関してはアレス様に教わった。


「えっと、戦争が二度と起きないように、ですね」

「そうです。少し付け加えると今後の貴族として相応しいとされている思想と教養を身につけさせる為です。では、戦争を未然に防ぐ為に学園が試みていることは何でしょうか?」


 それに関しては全く分からず、テストでも白紙で返してしまったところだ。


「ヒント、学園内では寮ごとに分けられますが、分け方に国籍は関係ありません」

「んーっと、ってことは。国を跨いで友達を作らせることで、そもそも攻め入ろうという考えに至らないようにする、ってことかな」

「その通り、鋭い考察ですね。創立十八年と短い段階ではありますが、徐々に結果も出ているようです」


 執事長は頷いて、本をパラパラと捲る。本をひっくり返し、僕に見えるように差し出す。


「学園は基本的に十三歳から十九歳までの六年間通うことになっています。全ての学科を合わせて一学年につき百二十万人程が通っていますね」


 確か世界総人口か二百億人、爵位持ちが大体1%届かないくらいと言われている。それを更に年齢分布で考えて丁度そのくらいと言われている。正確な数は学園も把握出来てないらしい。


「学科は基本的に戦闘学科、商業科、経済科、執事・侍女科、医療科などなどと細かく分かれています。特に人数が多いのが戦闘学科で四十万人程が受講しています。さて、ここも白紙回答でしたね、何故今年は例年の倍、八十万人も受講しているのでしょうか?」


 悩んでいると、執事長が戸棚から紙束とガラスペンを取り出してくれた。紙に理由となりそうなものを次々と書き出すが、これといった答えにまでは辿り着けない。


「クレティア様が申していましたが、シオン君はグレイ王国第一王子と顔見知りだとか。学園で出会ったのであれば、近くにどなたかいらっしゃったのでは?」

「確か、カイル殿下も近くにいましたね」

「やはりそうでしたか。実はユグドラ王国の第一王子も同じ学年、同じ戦闘学科に通われるのです。さて、ここまでで何か推測出来ませんか?」


 少しだけ考えて、執事長の伝えたいことが分かった。フィレイ殿下もアクア殿下も第一王子、それも世界四大王国と呼ばれる程強大な国の第一王子だ。ユグドラ王国も四大王国の一つだ。


「つまり、第一王子と繋がりを作りたくて直接関与出来る戦闘学科を選んだと?」

「その通り。少し訂正しますと、その狙いで入学したのは公爵や侯爵、一部の伯爵です。その侯爵と繋がる為に伯爵や子爵が、男爵が、と芋づる式に増えました。そういえば、再来年にはエアリア王国の第一王子も入学なさるとか」


 と話していると、クレティアが横から割り込んできた。


「そういえばあんた、師匠って人はいつ入学するのよ?」

「確か二歳年下なのでエアリア王国第一王子と同じ再来年ですね」


 再来年の受験は理不尽なんて言葉では足りないだろうな、と見知らぬ再来年の受験生達の惨状を想像する。

 執事長が手を打ち鳴らして、クレティアに視線を向けた。


「クレティア様。折角と見逃しているのですから、せめて授業の邪魔はしないで頂けますか?」


 クレティアは特に口答えすることなく、素直に黙った。


「今のは何に対しての見逃してる、でしょうか?」

「クレティア様は本来この時間、シオン君とは別に勉強する予定なのです。ですがシオン君のことを知るというのを口実にサボっているのですよ」

「あら、知りたいというのは本当のことよ」


 クレティアは頬杖をついてわざとらしく笑う。


「私が今まで嘘吐いたことあったかしら?」

「課題を終わらせた、などというサボる為の嘘ならば数えきれないほど聞きましたね。さてシオン君、学園についてもう一つ、確認したいことがございます」


 執事長は目の前の本を閉じ、紙束を平手で指した。


「学園では各個人の能力でクラス分けをしています。それはどのような基準で、どういった形で分けているかご存じでしょうか?」

「えっと…… 基準は主に剣や魔法の腕、つまるとこ個人の強さで分けていますね。ですが貴族の学園である以上教養も重視されており、そこをしっかり修めてないと強くても上位のクラスには入れないと聞いています。分け方は…… 分かりません」


 執事長は優しい笑みを浮かべて頷いた。


「素直に言って貰えて非常に助かります。学園では成績の高い人ほど中央に近い施設を使用していい権利が与えられます。簡単に言えば優秀な人は領地の真ん中に集めて、凡庸な人は領地の端に追いやることで段階分けしています」


 執事長がガラスペンで図を書きながら説明してくれる。逆さまに書いているというのに綺麗な図だ。


「さて、これについて少しお話、というかお願いがございます」

「お願い?」

「お願いですね。先ほど優秀な人ほど中央に行ける権利が貰えると言いましたが、権利ですので敢えて中央に行かない、という選択もすることが出来ます。それを踏まえてのお願いですが」


 執事長は顔を上げ、僕の瞳を覗き込んだ。


「もしシオン君がクレティア様より優秀と認められたとしても、同じ場所の施設に通って、クレティア様の従者として構えて欲しいのです」

「…………」


 訳すると、敢えてランクの低い授業を受けて欲しい、と言ってることになる。


「これは強制ではありません。仮に断ったとしても私は入学までサポートするつもりですし、恨むようなこともしません」

「そうですね…… 私の目的は英雄学科ですので、そこに入れるまでは同じ場所ということで大丈夫でしょうか?」


 クレティアとは刃を交えた仲だ、強さのことはお互いに分かっている。あの戦いが出来るのであれば、仮に自分の方が速かったとしてクレティアも同じぐらい優秀と認められているだろう。

 悪くても恐らく一段階、二段階下。その程度ならば、初めて自分によくしてくれた貴族との繋がりを捨てる理由には到底至らない。


 その返答を聞くと執事長は笑顔になった。僅かな表情の動きだったが、好感を向けられていることが分かった。


「ありがとうございます」

「というより、それ前提の会話をアスティア様としてませんでしたか」

「主人の場合、己の中で決めたら決定事項として押し通しますから。ですが私としましてはクレティア様が友人と認めた人に強制させたくはありませんでしたので、しっかりと意思確認させて頂きました」


 執事長曰く、僕が嫌だと言ったらアスティア様に直談判するつもりだったらしい。従者としてでも、同じ場所に通う友人としてでもなく、ただクレティアが気に入った一人としての教育をさせて欲しいと。


「面倒見て頂くのですから、従者として恩返しすることに関して何一つ嫌なことはございません」

「それは殊勝な心掛けね。ところで」


 クレティアが頬杖を外した。


「なんで私が負ける前提の話してるのかしら?」


 かなりのご立腹だ。

 機嫌を取り戻すべく予定を急遽変更し、明日は剣術と魔法の実技から始まることになった。


 今日はもう夕方と遅い時間だったのでもう少し学園について学んだ後、執事長と共に雑務を実践しながら勉強した。雑務に関しては勉強しなおすことは殆ど無く、やり方が違っていたところを少し調整するだけに終わった。

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