訪問、ローズ家
カタ、コトと静かに揺れる馬車の中、僕はクレティアとその母、アスティア=ローズと対面して座っていた。
馬車自体は凄く快適だ。向かい合ってる椅子は柔らかく、リコンの応接間にあるソファに負けず劣らず。馬車の揺れもほぼない、いくら舗装された道とはいえ、これほど揺れない馬車は初めてだった。
ただ、対面にアスティアが座っていることがその快適さを帳消しにしていた。彼女の眼は窓の外に向いてるとはいえ、監視されてる感覚に苛まれていた。というか何故彼女は窓のカーテンを除けないのだろうか。
アスティアの隣に座っているクレティアは姿勢を崩して座っていた。あんな説教を受けたというのに。
「………シオン、別にだらけてていいのよ」
「えっと、そうしたいのは山々ですが」
「私が許可するわ。リラックスしてなさい」
アスティアの方をチラリと見る。クレティアとの会話は聞こえているだろうが、相変わらず窓の外に視線を向けていた。
試しに背もたれに寄りかかってみたが、彼女はこの行動に対し、一切の反応を示さなかった。
「別にお母様だってただ厳しいわけじゃないわ。ローズ家の品格を下げなければ、つまり誰も見てなきゃ余程のことでない限り無視してくれるわ」
「そう、ですか」
それが正しい情報だとしても、僕はアスティアが居るだけで怖い。
「それにこっから家まで二日、二日かかるのよ? そんな長旅で姿勢なんて気にしてたら到着するころには死ぬわ」
二日は流石に持たないな、と僕は諦めて更にだらけた。………て、そういえば。
「そういえば、お二方がいらっしゃったときから気になっていて…… 手紙を出してから来るまでの間隔が想定より速かったのですが、それは……?」
「それね、お母様にシオンのことを話したら即日のうちに支度して出発することになったの。母様の行動力はちっさい頃から知ってるけど、あれは予想外だったわね」
クレティアは呆れ半分、嬉しさ半分でそう答えた。
「薄々察してると思うけれど、ローズ家ってかなり変わってるのよ。こうして外出する際にも護衛なんかつけないし。後ろの馬車には野営用の物資しか入ってないわ」
普通の貴族は、特に伯爵以上は外出する際に護衛をいくらか付ける。ただ正直、騎士系の家系は護衛より強いので不必要な場合が多い、らしい。でも大抵の場合は体裁とか言って付けるとのこと。
「礼儀とか建前に厳しいとか言われてるけれど、お母様ってかなりの破天荒よ」
「へぇ……」
そんな会話を交わしながら、二日間の道程を過ごした。
途中からはアスティアも会話に混ざってきて、社交界で気を付けること、ローズ家として心構えること、貴族と僕達での認識の違いの摺り合わせをする。
ただそういう硬い物とは別に、バレずにこっそり息を抜く方法や、嫌な相手から逃げたいときのやり方、こっそりパーティを抜け出す方法なども教えて貰った。
前者はアスティアの方が詳しいのは当然だろうが、後者意外にアスティアの方がかなり詳しかった。流石は大人と言ったところだろうか、シオンみたいにずる賢かった。
そんな唯意義なことを教えて貰いながら、二日間の道程を終えた。道中は大したハプニングも起きず、快適な旅そのものだった。
二日目。外の景色は見せて貰えないが、体感時間では丁度昼頃だ。
外を見れない理由としては、まだ僕がローズ家の使用人と世間に認識されていないからだ。クレティア御付きの使用人として認識されれば、同じ馬車に乗っているのも不自然ではない為、それまでは退屈なのを我慢しろとのこと。
僕に関して言えば特に問題はなかった。まだ会話の種は尽きないし、仮に会話がなくとも脳内で戦闘のイメトレをすれば暇は潰せる。
けれど、クレティア。彼女にとって景色を見れないということはかなりのストレスなようだ。
会話にこそ混ざってるものの、時たま窓にかかったカーテンに触ったりチラ見したりと、その心情が伺える動作がいくつか混ざっていた。
ふと、馬車の揺れが止まる。蹄の音は聞こえるから、馬車は止まっていない。つまりしっかり舗装された道に入ったということだろう。
「お母様、もう敷地内よね? 窓を開けてもいいかしら、息が詰まりそうなのよ」
「構いません」
クレティアはカーテンに飛びついて、張り付くように窓の外を見た。数時間ぶりの日光を一瞬で堪能した彼女は、僕に手招きする。
彼女の横から覗いて見えた風景、それは真紅の薔薇が咲き乱れる園だった。
「素晴らしい楽園でしょう? 私達ローズ家が先祖より代々引き継いできた薔薇園よ」
正に彼女の言葉通り、凄いの一言しか出ない風景だった。
薔薇園に充てられた敷地の広さもだが、特柱やアーチと云った薔薇のオブジェ。それらは中に骨組みが入っていないというのに、それぞれ整った形をしていた。茨が不自然に飛び出たり曲がったりしている様子はなく、正しくこうあるべきとかでもいうかのように、形が厳格に定められていた。
「………これ程の技術、是非とも庭師と話をしてみたいものですね」
「庭師なんていないわ。これは現当主であるお母様の魔法よ」
僕はバッと後ろを見た。アスティアは特に何か言うわけでもなく、ただ泰然に馬車の進路を見据えていた。
これがただ一人の魔法で維持されている? 驚きだ。グレイラット学園で見た子供達の魔法とは比べ物にならない。
「薔薇園の状態はそのまま当主の強さでもあるの。操れる魔力の総量が乏しいと規模は小さくなるし、魔力の操作に長けてないとそれだけ薔薇園は荒れるわ。執事長が言ってたけれど、今の薔薇園は歴代でもかなり整った方よ。広さはそこそこらしいけれどね」
クレティアは遠くを指さす。端の方は茨の形こそ整っているものの、薔薇が咲いていなかった。
「私が当主になったら冬でもあそこまで咲かせるわ。その時も見に来なさい」
「まぁ、楽しみにしています」
行くかどうかは考えず、適当に返事した。
薔薇園中央に設けられた茨の馬まで到着すると、馬車が止まる。誰が先に降りるべきか、チラリとクレティアの方を見ると、彼女は椅子に深く腰掛けて僕に命じた。
「最初の仕事よ。私を馬車から降ろしなさい」
「………どのように、ですか?」
「ローズ家に来た以上この程度のアドリブは効かせなさい。制限時間十五秒」
有無を言わさない態度、これは貴族の輪に入る為の素質があるかのテストだろう。
えっと、貴族の原則はレディーファースト。
だけれどわざわざ命令しているのだから違うのだろう。
馬車を降りる時は若干高さのある段差を降りなければならない。となると動きやすいズボンのクレティア様はいいとして、アスティア様はドレス、降りる時に足元が見えないような恰好をしている。
取り合えず出口に一番近い自分が降りて、登った時に使った段差があることを確認する。次にクレティアが飛び降りるのを確認する。
最後にアスティア婦人が降りるのだが、動きにくそうな服に足を捻りそうなヒールだったので、手すりの代わりとして右手を差し出した。目いっぱい上に、百二十しかない身長を伸ばした。
その手を取ってくれたことを感触で察知したら、反発力をイメージして、相手が操作しやすいような力加減を心掛けた。
アスティアは地面に足を付けると、僅かに微笑んで小さく頭を下げた。……これで良いのだろうか。答えを聞くのは少し後になりそうだ。クレティアに対しての補助は必要なさそうだ、僕は使用人達へと振り返った。
三人の侍女に三人の執事。
六人の衣服はピッチリとした清潔なものだった。先頭の彼だけ立場が違うのか、少し背広が長めの燕尾服だ。
「お帰りなさいませ、御主人様」
コンマ一秒のズレもない揃ったお辞儀だ。
腹に右手を当て背に左手を回す、その所作の一つ一つにブレがなく、頭を下げた後は完璧に静止していた。
「予定通り彼を御付きの執事にするわ。徹底的に仕上げなさい」
「畏まりました」
アスティアは先頭の執事に命じると、彼の横を素通りする。彼の後ろで控えていた五名が頭を上げ、アスティアの後ろをついていった。
クレティアと僕はその場で、執事が起き上がるのを待っていた。
彼の向こう側、遠くでアスティアが屋敷に入ったそのタイミングで、彼も頭を上げた。
「初めまして、シオン君。私はローズ家の執事長を務めています。短い付き合いですし、私のことは気軽に執事長とお呼びくださいね」
執事長は屈託のない笑顔で僕に右手を差し出してきた。笑顔である、という情報以外読み取れない完璧な笑顔に戸惑いながらも、握手を交わした。
「こちらこそ初めまして」
自分のことは既に知られているみたいだし、特に言うことがなく二単語だけで終わった。
握手を交わすと執事長に両腕を掴まれ、背筋を伸ばされ、その場で真っ直ぐの姿勢を取らされた。
執事長は僕の周りを一周し、全身をくまなく凝視した。
「シオン君、貴方はいい身体を持っていますね。背筋の伸び、体幹の強さは期待以上。顔立ちも整っている。髪や肌を改善すれば、見た目重視の近衛兵とも並べるでしょう」
「えっと、ありがとう?」
戸惑いながらもお礼を言うと、執事長はグイっと顔を近づけてきた。
「ですが、自信が無さ過ぎます。たゆまぬ努力に裏付けされておきながら、貴方の一つ一つに怯えが見えます。微かに震えた目、凝縮した筋肉、間隔の短い呼吸、一拍遅れた会話。全て自信がないことから来るものですね」
執事長は顔を離し、右手を上に向けて僕に出してきた。左手は変わらず背に回している。
「いいですか、全ての事柄において自信というものは重要です。才能や良き師に恵まれ、如何にやる気と時間があれど、自信がなければ何も始まりません」
執事長は笑顔のまま、しっかりと聞こえやすい声、ハキハキとした口調で語る。
「逆に自信と時間、学ぶ手段さえあればほぼ全ての事柄は成せます。シオン君にはこの四か月で自信を身に着けた上で、私という域まで成長して貰います。大丈夫、基盤は既に整っていますよ」
この場合の基盤は、おそらく執事長のことを指すのだろう。
「いいですか。今出来る出来ないとかは関係ありません、やってれば最終的に出来るのです。常に頭で唱えていてくださいね」
「はい」
随分と押しの強い人だった。自信に対してややカルト的な人とも思えた。今聞いた言葉を文字に書き起こして並べれば危ない人としか思えないだろう。
けれど彼の言葉には説得力があり、しっかり聞いた僕には、それが正しいものだと思えた。これが執事長の言う、自信の成せる技なのだろう。
「自信、という点において、私とクレティア様は良き師となることでしょう。特にクレティア様、彼女は根拠より先に自信を持てるお方です」
「その言い方だと私が馬鹿みたいじゃない?」
「その通りです。ですが貴女様は俗に言う脳の足りない馬鹿ではなく、何かを成せる馬鹿です。これからもその才能、大事に育んでください」
彼は丁寧な口調で返した。馬鹿正直に真っすぐな返答だ。その真っ直ぐさに押し負けたか、クレティアは割り込んで始めた会話を切った。
「シオン君もそれを学び取り、自分のものにするのですよ。彼女からは根拠のない自信を、私からは根拠に裏付けされた自信を、しっかり吸収してくださいね」
執事長は身を翻し、僕らを引き連れ屋敷へと向かった。




