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伯爵令嬢、街に出る

 といえ、支度自体は本当に五分で終わってしまうほど簡単なものだった。

 寝巻きに剣、あとスーツケースのスペースが寂しかったので枕。既に出していたものばかりで、余計なものを片付けるだけで終わった。


 こういう時に、支度が長引いたフリをして自室から出なければいいのだけれど、そういった嘘を吐けないのが自分の悪いところだった。

 相手に対する申し訳なさから、教室で律儀に待っていてくれたクレティアのところに、スーツケースを持って戻る。


「さて、アスティアさんのところに戻りましょうか」

「説教しているお母様のところに? 冗談じゃないわ」


 教室で胡坐をかいて待っていたクレティアは、薄ら笑いを浮かべて両肩をすくめた。本当に嫌だという態度の表れだ。


「その気持ちは分かります…… とはいえ、アスティアさんに対して不誠実な行動取ったら私達が怒られそうなものですが」

「大丈夫よ! お母様がいくら鋭いとはいえ、嘘の半分はバレてないわ!」


 それは半分バレてるということで。半分の確率であの人に怒られるというなら普通に戻りたい。

 クレティアはその考えを、私が言わずとも読み取ったのか、スーツケースを奪い取って元々持っていた手を引っ張る。


「その時は私だけで怒られるわ! さっ、街を案内なさい!」


 そうして、街へと連れ出された。嘘を吐くことに抵抗のある自分だが、彼女の強引な行動に押し切られ、乗っかることになってしまう。

 連れまわすクレティアは見るもの全てに目を輝かせていた。


「………こんなもの見てて楽しいんですか?」

「そうね、少なくとも批評家が絶賛するような絵画を見て議論するよりはマイナス百倍楽しいわ。いつもは馬車の中からこっそり眺めるだけだもの」


 変わり者の彼女らしい答えだった。

 そんな彼女は、風に乗って流れてきた匂いに釣られ、その方角へと走り出した。確か行きつけ店が串焼き肉を焼いている時間帯か。


「あっこれよ! 偶に馬車の中で嗅いだことのある匂い!」


 串焼き肉は僕達の間ではありふれた屋台の一品だ。街が一つあれば、串焼き肉を売ってる店は十軒、二十軒ある。そして串焼き肉は数ある料理でも非常にコスパが良く、安い店なら銅貨一枚で一本買える。

 因みにここがその安い店だ。


 店先で肉を焼いていた店主が僕らの姿を捉えると、丁度焼き上げた肉を二本、クレティアに差し出した。


「おっ嬢ちゃん、一本食うかい?」

「勿論…… あっ」


 確かさっきの模擬戦の時、クレティアは硬貨を一枚も持っていないというようなことを言っていた。


 これからお世話になる家なのだから、銅貨の五枚や六枚ぐらいは自分のポケットから出してもいいだろう。

 と、ポケットから二枚銅貨を取り出そうとしたら店主が僕にウインクをしてきた。


「なぁにお金は要らねぇよ! 兄ちゃんの女にゃサービスしたるわ!」


 店主は串を持っていない方の手で親指を立てた。


「へぇ、見た目に似合う太っ腹さね!」

「おいおいおい! 俺がデブだってか?」

「そうね、シオンみたいに運動した方がいいと思うわ」

「ハハ、そりゃ勘弁してくれ。俺みてぇなおっさんがあいつと同じことしたら心臓止まっちまうよ」


 そんな軽口を叩き合いながら、クレティアは二本の串を受け取った。一本を左手に、もう一本は右手に持って僕に差し出してきた。


「はい、あんたの分」

「どうも…… それとおじさん、彼女ではないです」


 一応否定してはおいたが、陽気な大人に対してそういうものを否定してもほぼ決めつけたような行動を取ってくる。

 色々言い返してくる店主を余所に、僕達二人は同時に串へとがぶりついた、


 僕はいつも通り一瞬で食べ終えたが、クレティアは最初のひと切れ目に苦戦しているようだった。ここの肉は少し分厚い分、結構硬いことでも評判だ。

 苦労しながらも肉を一切れ飲み込んだクレティアは、満足そうな顔をしていた。


「どうだい? うちの肉は」

「想像以上に硬くて驚いたけれど、これはこれで美味しいわ。肉の周りに付いてるこれは何?」

「よくぞ聞いてくれた! これは俺が拘りに拘りぬいた胡椒だ!」

「へぇ!」

「因みにこの串焼きに対する拘りはこれだけじゃないぞ? 柔らかい肉もあるが、あえて硬い肉を選ぶことで噛み応えを良くして、この一子相伝の炭に秘められた魔力で肉汁を包み込んでいる!」


 ………などと店主の言葉を鵜呑みにするクレティア。勿論ながら彼の言葉は誇張表現だらけだ。


「調子乗って嘘ばかり教えないでくださいよ。近所の店で買った胡椒に安いからと買っている肉でしょうが。ましてや炭にそんな効果あるわけないでしょう」

「………そうなの?」


 指摘された店主は、わざとらしくバツの悪い顔をする。


「兄ちゃん、それは言わないお約束だろうよ」

「貴族相手にそんな嘘吐いて、後で騎士団にしょっぴかれても知りませんよ」

「それと硬い肉を選んでるってのは事実だ。串焼きには真っ赤な肉の方が合うと俺は思ってるしな。因みに嬢ちゃん、そこの彼氏も串焼き作れるからな」


 クレティアの視線がバッと、僕の方に向いてきた。


「本当なの?」

「……まぁ、はい。そうです」


 串焼き肉に限らず、大体の料理は作れる。


「へぇ意外、料理出来るのね」

「あー、元師匠が経験上食う量が多ければ多いほど強い、と言ってまして。それを実行する為に、美味しくて沢山食える料理を研究してたんですよ」

「ふーん」


 納得してきたクレティアに対し、店主が補足を加えてきた。


「といってもこいつの場合レアケースだけどな。大体の戦士はここみてぇな安い店へ来て三人前とか頼むんだが……」

「はい、師匠の場合百人前とか普通に頼む人でしてね。全ての店が出禁になりました…… ということで私が料理するしかなかったんですよ」

「一度だけ招いたことあるが、店の在庫を枯らす勢いだったな」


 ミリとかいう御付きもいたが、彼女は掃除と子守専門で料理はからっきしだった。切るのだけは上手かったけれど。


「………ねぇ。師匠って、何者?」


 クレティアが的を得ない質問をしてきた。これまでの彼女の言動から考えると珍しく曖昧なものだった。


「その内分かります」


 グレイラットの生まれ変わりです。僕は伝わる筈もない意味を込めて答えた。


 その後はもう少しだけ街を散策してから、リコンとアスティア=ローズのところに戻った。


 無論、支度が終わったらすぐ来なさいという忠告を無視して遊びに行ったことがバレてしまう。

 クレティアは私が勝手にやったことだと主張してくれたが、仮にもローズ家の従者になる者がそれを咎めなくてどうするのです! と結局僕も怒られるのであった。

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