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リコン義兄さんへの報告

 グレイラット学園からドゥラッタの街へ帰還した僕は、早速リコン義兄さんの道場へお邪魔することにした。

 無事試験を終えたこと、試験はどうだったかを報告して欲しいと事前に義兄さんに頼まれていたからだ。クレティアと会って貰えないかというお願いもする必要も出来ていた。


 僕は入り口の大扉を力強くノックして、全体重をかけて開けた。そしてしっかり扉を閉めたことを確認し、門下生だらけの道場へ向かって大声で叫ぶ。


「只今帰りました!」


 これがリコンの道場に入った時の礼儀だ。ある程度認められた門下生やリコンと親しい人はこうして欲しいとリコンから頼まれる。リコンはその大声で誰が来たかを判断している。

 因みに新しく来た人が何も知らずにこの動作を真似てはいけない。あくまでリコンにとって親しい立場の人のみが行う所作だ。


 叫んでから数秒とも待たず、門下生の間をリコンが潜り抜けてきた。


「おー、無事帰ってこれたか。まぁいつもの部屋に来ぃや、今ちょいとお菓子持ってくるわ」

「はーい」


 僕は一足先に応接間へと入った。

 応接間に使われている家具は、昔からかなり上等なものだと分かっていたが、貴族だらけのグレイラット学園で使われていたものよりも多分更に質がいいものだった。

 ソファに腰掛けてゆったりくつろいでいると。リコンが普段の数倍かはお菓子を抱えて入ってきた。


「………あの、お菓子は嬉しいですけど。流石にそこまで食べれません」

「若いもんは遠慮するもんやないて」


 リコンは微笑みながら僕の目前に大量のお菓子を置いた。


「でー、どや? グレイラット学園に行って何か感じたか?」

「そうですね。やはり私が考えていたより、平民と貴族には大きな差がありました。家具や食事にかけられる手間やお金はともかく、魔法という力が」

「そか、シオンはうち以外の魔法を見とらん。うちの魔法は貴族の中でも規格外やから気にしとらんかったが、平均的な魔法力でもあかんかったか」

「そうですね、義兄さん程ではありませんが平民と貴族の間を隔てるには十分すぎる力でした。それで思ったのですが……」


 僕はさっき見た、道場で鍛えている門下生達を頭に思い浮かべる。


「魔法も使えない平民が鍛えたところで、特別な加護も無しに貴族達に勝てるものなんですか?」


 僕はあの門下生達が頑張って身体を鍛え、技を磨いていることはリコンの次に長く見てきたつもりだ。グレイラット学園でもざっと貴族達を見てきたが、こと戦闘面において鍛えた時間に関してはこの街に住まう大半の人が勝るだろう。


「ほぼ無理やろな、騎士貴族の落ちこぼれでもうちらの門下生じゃ敵わんしな」


 そんな問いに対して、リコンは至極当然のことじゃないかと、しれっと返してきた。


「それでも鍛える意味はあるんやで? 戦闘に特化した貴族なんてのは少ないからの、大抵の戦場は総指揮と一部の指揮官以外は平民しかおらへん。よくあった小競り合いのような戦なら平民の質が重要やったんや」

「なるほど」


 まぁ一瞬疑ってしまったけれど、リコン義兄さんも無駄じゃないと分かってるから門下生を鍛えてたということ。当然か。


「ま、今はそんな戦もあらへんけどな。とまぁそんな話は置いといて、試験はどうやった?」

「そうですね。筆記に関しては何ら問題なく、実技に関しても人に対して剣を抜けないという点を除けば一般的な基準を大きく上回っている感覚でした」

「おー、そかそか」


 リコンは僕の、人相手に剣を抜けない、という発言で一瞬眼球の動きが止まったが、その後何事もないように頷いた。多分、喜んでいる、……?


「あとそうですね…… ちょっと人間関係がややこしいことになってそうです」


 主に師匠関連で。


「というのも、フィレイ殿下にレイ様の弟子だったことで目をつけられてしまいまして。理不尽と呼ばれてる最後の試験では執拗に狙われて結局撃破されてしまいました」


 その発言を聞いたリコンは右手で額を抑えた。


「あやつと殿下が接触してたことは知っとったが…… で、殿下からは何か言われたんか?」

「剣も抜けない軟弱者がレイの弟子を語るな、といった感じでした、早く克服しないといけませんね」

「………それだけかいな?」


 少し顎に手をかけて考えてみたが、特にフィレイ殿下とのことでこれ以上の会話は思い出せなかった。最後のインパクトが強すぎる。


「特にありませんね、ところでもう一人関わった人がいまして。それに関して義兄さんにお願いしたいことが……」


 そう言おうとすると、リコンが少し嫌そうな顔を見せた。僕がその顔を見て発言を止めたことを察すると、リコンは慌てて手を横に小刻みに振った。


「あ、別に構わんて言えや言えや」

「試験の途中から一人の女性と知り合いまして。えーと…… なんやかんやあってその方とは仲良くなって、うちで入学まで働かない? と誘いを受けました」

「女性?」


 リコンの目つきが鋭くなった。


「はい、その方はクレティア=ローズと名乗っていました」

「………ローズって、女が当主の家か?」

「確か、そんな感じで話してましたね。因みにもう働くと答えてしまいましたので、行くことはほぼ確定事項になりました。すみません、相談もせずに決めてしまいまして」

「はぁ………」


 リコンは深く深くタメ息を吐いた。


「……あいや、別に勝手に決めたことは別に怒っとらへん。もうそういうもんやと割り切ることにしたからの。それで、頼み事とはなんや?」

「クレティアさんに義兄さんのことを話したら是非会ってみたいと言われまして、どうやらリコンさんのファン? らしいです。戦場での実績について嬉々として語っていました」

「そりゃ納得やのぅ……」


 リコンは少し肩を落とした。


「別に構わへん。………まぁ、一応手紙は出しときぃや。住所は教えて貰えたんか?」

「はい、即刻許可を貰って送れと」

「早く書いてなるべく早く迎えの支度をした方がええ。あの家はえらく行動が速いんや。もたもたしてると準備も整わないまま連れ去られるで」


 そう言ってリコンは席を立った。クレティア=ローズの話をしてから途端に覇気が無くなったリコンは、少しよろけた足取りで扉に手をかけた。


「あ、お菓子は持ち帰って食べるとええ。というか全部持ち帰るんやで」


 と言われ、リコンは応接間を出た。僕の眼下には裸で置かれた無数のお菓子、お煎餅などが残されていた。お煎餅含め、常温で置いても長期間持つお菓子しかないが、持ち帰るのに苦労しそうな量が残っていた。


 僕はお煎餅を一枚手に取り、持ち帰る量を減らすべく音を立てて噛み砕く。


 さて、リコン義兄さんはなるべく早く支度した方がいいと言っていた。確か手紙が三日で届く距離だから…… ローズ家が本当に早く即決したとして、ここに来るのは六日…… いや七日後だろうか。丁度来週辺りと踏んで準備をしよう。


 などと考えてゆっくり目の前の菓子を消費していく自分。



 クレティア=ローズを乗せた馬車が来たのは、それから二日後のことだった。

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