馬車の中にて
しかし彼女、貴族としての常識はどうなっているのだろうか。
まだ十二とはいえ未婚の女性が殿方と二人きりで馬車に乗り込む、というのは非難の目を浴びてしまう行為だ。しかも平民とだ。
そんな行為に僕も巻き込まれているのだけれど。まぁ見ていたのがあの教官ぐらいしかいない、というのが救いだろうか。
さてそんな彼女だが、馬車内の後方の席に座って腕と足を組んでいた。
窓の外を眺めて、苛立ちを抑えているようだった。
「それで、どうなされたのですか?」
「簡潔に言えば、裏切られたのよ。あいつらに」
あいつら…… クレティアと一緒にいたあの二人だろうか。
「ふざけてるわ、侯爵に私を差し出して彼の好感を稼ごうだなんて。あいつら凄く卑怯だったわよ? 私以外にも侯爵達とチームを組んで、侯爵側十人と一緒に開始させられたのよ?」
取り合えず愚痴を考えて聞いても仕方がないので、適当に頷いて聞いておくことにした。
「で、その侯爵がブヒブヒ言ってる気持ち悪い侯爵なんだけど。まさか破談にしただけで粘着してくるなんてね気持ち悪いったらありゃしないわ!」
彼女は気持ち悪い、を連呼して知らない侯爵を侮辱する。
確か彼女の苗字はローズと言ったか。ローズなどの花の名前は、伯爵家に与えられる称号でもある。侯爵はその一つ上の家柄。恐れ知らずな女性だ。
「ま、しっかり豚は駆逐してやったけどね。最終的に激昂した取り巻きにやられて脱落したってわけよ」
「えっと、それは災難でしたね」
「はぁ、色々吐いたら楽になったわ。悪かったわね、こんな愚痴に付き合わせて」
彼女はため息を吐いて背もたれに寄りかかった。
「いえ、私も暇でしたし。退屈凌ぎにはなりますよ」
「そ、ところであんたはなんで脱落したのよ。剣を向けられないとはいえ、見たところ強化系でしょ? 逃げるぐらい出来たんじゃないの?」
「初っ端からフィレイ殿下に出会いました」
クレティアは乾いた笑い声を出す。
「理不尽の片鱗を味わった、というわけね」
「お互いに、ですね」
僕とクレティアは笑い合うが、どちらも無理に浮かべたものだった。最終日にこの結果というのは、笑い話にならない。
暫く沈黙が続くと、クレティアが再び口を開いてきた。
「ところで、あんたこの試験終わったら来年の四月まで何をするつもりなのかしら」
「えっと、何って言われても……」
「四月までの予定よ。今日までみたいに筋トレと勉強だけして過ごすか、それとも他にやることでもあるかって話よ」
「それでしたら…… 特に変わらないですね。兄さんの下で日々鍛錬する以外ありません」
クレティアは首を掻いて鼻を鳴らす。
「だったらあんた、私の使用人として四月まで雇われてみないかしら? 勿論日々の鍛錬は許可するし、今のうちに貴族の生活に慣れた方がいいと思うわよ」
予想だにしない提案に、僕は暫し考え込んだ。そして顎に当てていた手を外し、クレティアを見上げる。
「………それは魅力的な提案ですが、何故クレティアさんがそのような提案を?」
「ほら私、アバズレどもに裏切られたじゃない。お陰で友達と呼べる人がいなくなっちゃったのよ」
愚痴を言って落ち着いたかに思えたクレティアだったがまだ怒っているようだった。
「丁度良かったし、あんたを手元に置いておこうかと思ってね」
「手元に置く、ですか」
つまり彼女は僕を仲間として認識しているのだろうか。
「仮にですよ? 仮に僕がその提案に乗るとして、四月になったらグレイラット学園に通うじゃないですか。確か、グレイラット学園って四つの寮に振り分けられるのでは?」
そう、グレイラット学園は四つの寮に分かれて学習する。そして行事の際にはそれぞれの寮同士で対抗することもある。
「そうね。でもあんたも私も変わり者なんだから、どうせ飢狼寮に入れられるわよ」
「変わり者というのは否定しませんが。ランダムに振り分けられる訳ではないのですね」
「一芸に秀でてる子は高確率で飢狼寮よ。因みにあんたが度々口にしているグレイ王国第一王子は恐らく陽獣寮ね」
この三日間、何度も話して抱いた感想だが、クレティアはこういうところまで細かく調べて暗記しているようだ。
初日の時、彼女が僕のことを評価していたが、クレティアもかなり勉強していることが伺えた。多分、僕より勉強している。
「ま、そういうわけよ。あんたにとっても悪い提案じゃないと思うけど? 多分あんたの所より環境が整ってるわ。一応、母様を納得させる為に従者としての勉強もして貰うと思うけどどうかしら」
確かに魅力的だけれど、いきなり来るかと言われると……
「えっと、考える時間はありますか?」
「ないわ」
「………分かりました、雇ってください」
考える猶予を渡されなかった僕は、そう答えてしまった。
リコン兄さんに相談しないで決めて本当に良かったのだろうかと後から後悔の念が湧いてきたが、答えてしまったものは仕方がない。
クレティアは相変わらずの鋭い目つきのまま、口角を上げて微笑む。
「決定ね。帰ったら母様説得するから荷物纏めて私の家に来なさい。馬車の運賃は必要かしら?」
「出来れば……」
僕は申し訳ない思いを抱えてお願いする。ただでさえ平民にとって長距離移動は困難なのに加えて僕は子供だ。金を稼ぐ能力なんてない。
「はい、これ」
クレティアは懐の内側から宝石を取り出し、僕に投げ渡す。僕はそれを慌てて受け止めた。その宝石は、たまに見るものより一回りか二回りも大きかった。
渡されたのはダイヤモンド。削った状態で直径二センチもあればかなりの額になるだろう。なるだろうが……
「どうしたの? 売れば余裕で国内のどこにでも行けるでしょ?」
「えっと、こんなの買い取ってくれるところ私の街には、ないと思います」
「………えっ?」
クレティアは目を開いた。そんなに意外に思ったのだろうか、常にしている鋭い目が丸くなっていた。
「高価すぎて、買おうと思う人が、多分いません。というよりこんな高価なもの受け取れません!」
手に持っているうちに宝石の高価さに震えて震えだしてきた。僕はクレティアに両手を向けて返す。
「困ったわね……… ところでどこに住んでるのかしら?」
「知ってるかは分かりませんが、ドゥラッタという町に住んでます。兵士を育て上げる町なのですが」
「無論知ってるわ。リコン=クワイエットの住まう町よね」
クレティアの口からリコンの名前が出たことに驚く。
リコン兄さん、苗字持っていたのか。
「えっと、義兄さんのこと知ってるんですか?」
「先の戦争で誰よりも多く指揮官を殺したって言われてる男爵よ。……ってか兄さん?」
「はい、リコン兄さんは育ての兄です」
クレティアはこめかみに右手を当てて、鋭い目つきに戻した。いや、前より更に鋭くなっている。そして前へ乗り出し、鬼気迫っているかのように見える雰囲気で言った。
「よし、私が直接赴くわ。但し労力の対価としてリコン=クワイエットに会わせてもらえるかしら」
「い、いえ……」
そこまでしなくても、と断ろうとしたところで、言葉を止め、考える。
「分かりました、兄と話し合ってみます。ですが念のため断られた場合も考慮して、まずは私の道場に訪問してくださると助かります」
「なるべく会えるように説得して頂戴ね」
そうしてクレティアに僕の道場の住所を教えた後は、リコンについて質問攻めされた。少々目つきが怖かったが、途中でリコンを尊敬していることを考えるとその眼も少し和やかな気持ちにさせてくれるものだった。
入試終わり




