敗北
フィレイ殿下が強化魔法を使ったとしても、奇跡を使っている僕よりは速くない。
けれど厄介なのは、奇跡を使った僕に迫るかというぐらいの速さで他の魔法も使える、という点にあった。しかも魔法は二人分飛んでくる。
逃げるのに苦戦しながらも、僕は近くの扉を体当たりで破ろうとする。
「「【圧迫】」」
フィレイ殿下二人の声が重なった詠唱が聞こえ、破ろうとした扉が周りの壁で押しつぶされた。金属製の扉はひしゃげ、無理矢理突破するにしても時間がかかる状態になってしまう。
時間をかければ破れるが、フィレイ殿下の足の速さがそれを許さない。
かといって扉を諦めて距離を取ろうとすれば、同じく地形を変化させる魔法で進路を塞がれる。
「ほらほら、お互い奇跡は長続きしないんだ、切れたら君が完敗することなんて目に見えてるよね」
ギリ、と歯を噛みしめる。
奇跡は強力な恩恵だが、強力な分デメリットがある。
僕たちは神様の力という人間には過ぎた力を行使して戦う。そしてその奇跡を長時間行使しすぎると、強大な力は自分の身体を壊し始める。故に奇跡は長期戦に向いていないのだ。
アレス様曰く慣れれば長くなるらしいが、一年弱練習した今でも五分しか使えない。加えて言うのであれば、五分連続で使った場合一時間のインターバルを挟まなければならないので、逃げきれたとして今後が絶望的だ。
ならこうして逃げ続けるよりかは───
「さ、行くよ? 「【貫──っ!?」」
組み伏せられるか賭けた方がいい。僕は廊下に設置されていた甲冑を足蹴に、真後ろへと方向転換した。そして右手を伸ばし、右のフィレイ殿下の首へと掴みかかる。
首は掴めた。ならばともう片方のフィレイ殿下に投げて、足止めしよう。この身体が触れた以上、どっちが本物のフィレイ殿下でもある程度の足止めは出来るだろう。
力任せに投げようとした、その瞬間。
フィレイ殿下の身体を貫通して、細い剣が僕の腕を捉えた。
僕の腕が切り落とされる。仮想空間だからか、痛いとも取れない鈍い痛覚だけが僕を襲う。
掴んだ方のフィレイ殿下は真っ二つだ。二等分された方は霧になって蒸発する。
「うん、レイに指南を受けてただけあるね。それで剣を抜けてたら、少なくともこの場では認めてたよ」
腕から血は流れない。仮想空間故の恩恵だろうか。
フィレイ殿下は切り落とされた腕に剣を突き刺し、後ずさりする僕を笑った。
「ほら、剣を抜きなよ。命の危機だよ」
フィレイ殿下はあえて、僕の後ずさる足に速度を合わせてこちらへと向かってきた。
僕はフィレイ殿下を見据えて、残った左腕で背中の両手剣の柄を握った。
「そうだね、それを抜けたら一思いに殺してあげよう。抜けないなら、心が折れるまで嬲ってあげよう」
どこまでが致命傷かは分からないけどね、とフィレイ殿下は照れ笑いした。
僕は生まれた恐怖を糧に、鞘から僅かに剣を抜いた。
それと同時に、あの時、盗賊の首が飛んだ時の光景がフラッシュバックし、それがフィレイ殿下と重なる。
「───っ!?」
怯えを見せる僕に、フィレイ殿下は呆れた様子を見せた。
「うん、決定だね」
フィレイ殿下は歩み寄る足を速めた。
「レイについて語り合える人がいたと思ったんだけど、とても残念だよ」
そう言いながら、フィレイ殿下は僕の左足に向かって剣を振り下ろした。僕は飛びのき、後ろへと下がる。
あえて手加減しているであろうフィレイ殿下から逃げ回っていると、針を刺したような痛みが全身に走った。
これは、神様の力に耐えられなくなった時に襲ってくる最初の痛みだ。これは腕を斬られた時の痛みと違い、軽減されることなく襲ってきた。
仮想空間だから、と安心出来ないと判断した僕は加護を解いた。
「おっと、時間切れかな?」
フィレイ殿下はおそらく、あの分身が消えてから奇跡は使っていない。身体能力が強化されていたのは己自身の魔法によるものだろう。
「左腕も持ち腐れだよね」
振りかざされた剣。狙われたのが左腕だったので、咄嗟の反応で避けれた。
本気で足とか狙ってきたら、間違いなく避けれないだろう。………と、なると取れる手段はもう、一つしかないか。
僕は腹を決めて、左手を差し出すように前へ伸ばした。
フィレイ殿下は剣を振り上げ、左腕に視線を注ぐ。そして、振り下ろされたその瞬間。
僕は剣に対し首を差し出した。
剣は抜けない。加えて言えば抜けたところでこの状態からでは勝てない。
ならば問題を先延ばしにすればいい、という考えから命を差し出す案が思い浮かんだ。
薄れゆく意識の中、フィレイ殿下の困惑する声が聞こえた。
「殺す覚悟はなくても死ぬ覚悟があるってどういうことだい……?」
本当ですね。と心の中で同意しつつ、目を瞑った。
瞑った目はすぐに開かされた。消えた筈の光が差し込んできた。
入り込んできた景色は、試験開始前にいた広場と同じ景色だった。違うのは、教員以外誰もいないということだけだ。
誰もいない広場の中、僕が抱いた感情は、不安と焦燥だった。
一生剣を向けられないんじゃないかという不安。加護を使用していてなおフィレイ殿下に完敗したという怒りと焦りが僕の心を占めていた。
様々な意味のないことを考えて脳内を紛らわせよう。
そうしていると、教員が話しかけてきた。
「寮は本日常に開放してありますので、試験終了までお待ちください」
「そうでしたか、ありがとうございます」
教員に親切にされ、示された方角を見る。そこには僕たちが泊まっていた寮に向かう為の馬車があった。
ペコリ、と頭を下げ、馬車に向かおうとすると、その視界の端で広場に一人、転送されてきた。
同じく脱落した人だろうな、とその人の様子を確認してみようと立ち止まる。
転送されてきたのはクレティア、試験前、僕に勧誘をしてきた女性だった。確か彼女はチームを組んでいた筈だが…… 仲間らしき人は戻ってこない。まだ死んでない、ということだろう。
動かない、立ち尽くしたままのクレティアを十秒程見ていると、彼女はパチリと目を開いた。周囲を見回しここが広場であることを確認している、僕の姿も見つけたことだろう。
そして彼女は一通り今の状況を把握したかと思えば足音をズカズカと鳴らし、僕へと接近してきた。
右腕を強く握りしめられ、彼女へと寄せられる。
「あんた、私の文句聞いてくれる?」
それはノーを言わせない剣呑さを纏っていた。彼女は歯ぎしりをして僕を睨みつけていた。
無言で首を縦に何度も振ると、僕は無理矢理馬車へと連れ込まれた。




