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猫被り王子

 侵入した王城の庭、一階の窓付近。王城は外見からして四階建てだろう。

 ここまで移動する際、何度か他人が立てる物音が聞こえた。音が聞こえた方角、頻度から察するに少なくとも、既にこの時点で付近に三組程いると考えられる。


 現時点で、僕はこの王城の入り口と庭の様子についての把握が済んでいた。今、ここに入っていった人はまだいないだろう。

 とはいえ最初から王城に転送されたケースもある訳で。変わらず慎重に痕跡があるか警戒して行動しなければいけないのは変わらない。


 鍵のかかってない窓を慎重に開け、王城に足を踏み入れる。


 侵入した部屋は、大きな部屋を二つ繋げて作ったかのような長方形で、二段ベッドが等間隔で十個設置されていた。ベッドの近くにはそれぞれ机や明かり、クローゼットが設置されていた。

 使用人用の寝室だろう。


 しっかし、ここ本当に仮想空間なんだろうか。

 直径五十キロの円の中に、これほど精巧な建物を数えきれないほど建てている、とすれば、一体どれだけの時間をかけて作られたか、ということになる。

 グレイラット学園の歴史って二十年かその辺だったよ、ね?


 そんな疑問は試験に関係ない。今はやるべきことをやるだけ。


 僕は廊下へと出る、物音も痕跡もない、よし。

 そうして慎重に一部屋ずつクリアリングして、王城の内部構造を把握していく。

 廊下に繋がってない部屋が結構あった。あと、嫌になるぐらい絵画が壁にかけられていた。


 次は二階の探索。二階に繋がる階段は、入り口から入ってすぐ見える正面階段だけだった。

 行き来しづらい構造は見栄え故か、意図的なものか。


 余計なことを考える癖を取っ払い、階段を登って正面にすぐ見える豪華な両開きの重厚な扉。左右には二階へ広がる道と、三階に繋がる階段。

 取り合えず、中央の把握は大事だ。僕は重厚な扉に聞き耳を立て、物音がないことを確認すると身体で押す。


 ギギ、ギギ、と金属同士が擦れあう音を立て、扉はゆっくりと開く。扉自体は見た目ほど重くないが、勢いよく開けられないようにストッパーがかかっていた。

 そうして人一人入れる程の隙間を作る。中は大部屋のようだ。僕はそこから擦り抜けて侵入した。擦り抜ける際、扉に足を引っかけて少しよろけてしまった。


 体制を立て直し、顔を上げる。


 真っ先に目に映ったのは最奥の玉座。その玉座には、フィレイ殿下が腰をかけて、寛いでいた。


「あっ。やぁ、二日ぶりだね」


 フィレイ殿下は、扉を開き始めた時から僕の存在に気づいてただろうに、あたかも今気づいたかのように振舞った。

 しかし今日はとことんついてない。端で人を避ける作戦だったのに中央に飛ばされて、身を隠そうと王城に逃げこんだら規格外と相まみえてしまうのだから。


 実力を測る、という目的で一人になったけれど、流石に僕でもまだ彼に届かないということは分かる。


「………お久しぶりです、フィレイ殿下」


 部屋の厳かな雰囲気に飲み込まれ、つい跪いてしまう。


「アッハハ、そこまで畏まらなくていいよ。今は試験中だしね」

「そうでした。ところでお聞きしたいのですが、どうやってこの部屋に? 物音はしなかった筈ですが」


 あれほど重厚な扉を開ければ、少なくとも僕は気づく。


「いやぁね。僕、開始地点がここだったんだよ。まさか王子がこんな城みたいな部屋に飛ばされるなんてね、わざとやってるんじゃないかなぁ?」


 フィレイ殿下は試験中だというのに大きく笑う。余裕の表れだろう。


「っということでね、折角だから玉座に座って王様気分でも味わおうかなって。僕、王子様なのに玉座に座ろうとすると怒られちゃってさ、ここは最高だね!」


 そうして嬉しそうに語るフィレイ殿下。けれどその視線はしっかり僕を捉えていた。

 逃がしては貰えなさそうだ。


「で、さ。シオンくんだっけか。ちょっと小耳に挟んだ噂があるんだけれど」

「はい」

「君、人を斬れないらしいねぇ?」


 不敵に笑うフィレイ殿下。恐怖が僕の頬を撫でる。


「うん、人を斬れない平和主義。うん、いいよ。最高だね。でもさぁ……」


 フィレイ殿下は立ち上がり、段差の上から僕を見下した。


「人一人斬れない甘ちゃんがレイの一番弟子? うん、頂けないね。由々しき事実だ。これじゃ、友人の品格が落ちるじゃないか」


 フィレイ殿下は細身の片手剣を腰から抜いた。僕もそれに応じるように、背中から両手剣を抜、こうとしたが鞘に鍵がかけられているかのように重く、抜けなかった。


 しかしフィレイ殿下の印象が、二日前と全く違う。

 二日前は、気楽な平和を考えるいい王子様だな、という印象だった。しかし今日、こうして相対してみると、彼はまるで戦闘狂だ。


「ところで、一昨日の試験でも見たんだけどさ。神様から奇跡を授かってるよね?」

「………えぇ、軍神アレスから授かってます」

「なんで君なんかに授けたの?」


 その問いには静かな怒りを含んでいた。


「いや、分かるよ。レイのお陰だ。レイ=ミルロットは僕なんかよりずっとずっと偉大だからね」


 僕は静かに全身に、集中を走らせた。


「で、君は何を持ってるのかな? 魔力はない。奇跡はレイから与えられたものだ。覚悟もないし、家は酷く平凡なものだ。貴族としての礼儀は一部を直せば上々だね、努力も人一倍出来ている、容姿もそこそこ良い。そうだ、今すぐこの学園抜けて使用人になるといい。君なら多分、引っ張りだこだ」


 粛々と値踏みをするフィレイ殿下の前で、僕は奇跡を唱えた。


「【神纏カヴァー軍神アレス】」


 奇跡を発動したことを見るやいなや、フィレイ殿下も唱える。フィレイ殿下は僕のことを冷めた目線で見下ろしていた。


「【光神ルー双生ツインズ】」


 フィレイ殿下の輪郭がぼやけるのが見えたけれど、最後まで見ている余裕など僕にはない、すかさず身を翻し、僅かに開いていた重厚な扉の隙間から逃げ出した。

 勿論、逃げる際に扉を引っ張るという妨害も忘れずに行った。


 階段を飛び降りて、王城の入り口を開けて逃げ出そうとする。入り口を人一人が通れるぐらいに開けるには付近のハンドルを何十回も回す必要がある。

 けどあの扉じゃそんな時間は稼げない、近くの窓から───


「うん、判断力はあるね。諦めない姿勢も良い」


 後ろからフィレイ殿下の声が響いた。首だけ振り返って玉座の広間を見ると、扉を捻じ曲げて抜けてきた、二人のフィレイ殿下の姿があった。


 王城に使われてる建築材って、確か魔法が干渉出来ないように加工が施されてると聞いたことがあるが、この城が施されてなかっただけか?


 とにかく、逃げるしかない。フィレイ殿下から距離を取らなければならない。僕は右に方向転換して、長い廊下を駆け出した。

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