三日目、最終試験開始
翌日。床に敷いた掛布団の上。
結局解決策は思いつかなかった。
クレティアからの折角の誘いは最後まであったけれど一人でやりたいという我儘は変わらなかったし、何よりこんな状態でチームを組むというのは申し訳なかった。
それを蹴ったのだから解決策なんてないのは当然だろう。
なので今日やれることは、予定通り頑張る、ということだけだ。
………剣を向けられるように、まずはそれから。それを解決出来ないことにはいくら強くなっても意味がない。
僕は起き上がり、寝癖が付いてないことを確認してから部屋を出て食堂に向かった。
食堂は昨日までとは比べ物にならないぐらい張り詰めた空気が漂っていた。
当然だろうな、と思った。
今日は三日目。最終試験の日、最も点数の稼げる、今後に最も影響する日だ。
故に社交辞令のような会話は一切見受けられず、既にお互いがお互いを牽制し合って、信用出来る友人や仲間で固まっているようだ。
中には仲間を疑って見ている人もいた。
何度も会話してくれたクレティアを見つける。彼女も仲間二人と固まって、最後の打ち合わせをしているようだった。
僕は張り詰めた空気に少し委縮しながらも、メニューから適当なものを見繕って注文する。あまりに周囲を気にしすぎて、メニューを注視出来なかった僕はあまりにも適当に頼んでしまい、見慣れない魚料理が出てきた。
なんだろうか、焼くという為だけに複雑な手順を踏んでいるということが分かる料理だ。
その魚料理はパサパサしてて口に合わなかった。嫌な一日になりそうな予感がした。
午前九時。
僕たちは噴水広場に集められた。最初に集められた広場とは違うが、中央に噴水があるというところは一致している。
雰囲気も似ているが、人の様子は違った。前はワイワイ雑多に群れていたが、今回はそれぞれの集団で各々の箇所に固まっていた。
僕は噴水の近くで立って、始まるのを待機していた。
すると、どこからともなく音が聞こえる。
「あー、あー。皆、聞こえてるかなー?」
初日にも聞こえた校長の声だ。ゼル=トパーズ、といったか。
「いやぁ、とうとう三日目! 試験も終盤に差し掛かりましたね!」
相変わらずの軽快で緊張を感じさせない声だ。
「最終日はバトルロワイヤル! 肉体も神経も磨り減る最悪の試験、巷では理不尽って呼ばれてるみたいだねー。いやー、誰だろうねこんな試験考えた人! あ、因みに私ではありませんよ? 私は食べるのと寝るのと喋るのが仕事ですから、そんな難しいことちんぷんかんぷんです!」
やや早口で笑い声交じりに話す校長。見えない向こう側から雑音が聞こえた。
「ったく、こいつに校長任せた馬鹿もどいつだ。あー、改めて三日目について説明させて貰う」
あ、これ初日に会った教官の声だ。
「三日目はバトルロワイヤルだ。一度しか説明しねぇから曖昧な奴は必死こいて聞けよ? 既にお前らの周りは敵だらけだからな、聞き逃したとこで教えて貰えねえぞ」
教官はそう言って、説明を始めた。
受けた説明はクレティアから教えて貰った内容と殆ど同じだった。
長い長い説明が続く。
簡単に纏めるとこうだ。
八十万人、制限時間七十二時間のバトルロワイヤル。(仮想空間で七十二時間、現実では六時間程度)
時間経過によって中央に向かってエリア縮小される戦場で、なるべく倒してなるべく生き延びろ、というルールだ。
合計十分エリア外に居たらその時点で失格、とのこと。
「───と、いったところだ。ルールは把握出来たな? 今から広場にいるやつら全員の手元に地図を送る。開始時間は十時から、開始までの四十分、しっかりと地図を頭に入れとけ。飛ばされる場所はランダムだからな、それも考慮しろよ」
ランダム、と言っても一応クレティアが言ってたように同じ箇所に転移したいなら事前に所定の手順を踏むことで一緒に転移される。僕には関係ない話だが。
などと考えていると、僕の目の前に一枚の羊皮紙が突如現れた。持前の瞬発力で地面に落ちる前に受け止める。
これが地図か。
山や川、森や湖、街といった地形が描かれた、円形の地図だ。
地図の縮尺は一センチで二キロ。円の直径が五十センチだから……… 大体八千キロ平方メートルの地図か。
八十万人が収まる為の広さとはいえ、広すぎるという感想を抱いた。
とにかく、作戦を考えよう。と言っても聞いた時点で大体のパターンは考えられたのだけど。
一つは地図の中心部に真っ先に向かって、留まるという作戦。地図の中央には大きな町が描かれていた。
聞いた話からすると最後の戦場はここなので、この辺の地形をしっかりと把握しているというのは最終盤面での利点になるだろう。
ただデメリットも大きい。最終盤面で有利になる、ということは優勝を狙うような強い人もこの作戦を取る可能性が高いということだ。
僕は一人だし、加えて人を斬る覚悟もない。それにアレス様から授かった加護にも今は長く使えないという欠点がある。この作戦はなしだ。
となればこれしか思い浮かばなかった。
常にフィールドの端を保って、人との接触を避けることで極力生き延びようという作戦だ。
この作戦のデメリットとしては、常にエリアの縮小に合わせて移動を続けなければならないということだ。
逃げ遅れて転送された場合に起こる影響は馬鹿に出来ない。転送された場合、周囲状況の把握をしなければならないし、中心部に近い場所や人が多い場所に飛ばされたら即刻アウトだ。
この作戦は頻繁に走らないといけない為に持久力を求められるのだが、身体的な面はクリアしている。
メリットとしては、常に走らないといけない困難さ故にこの作戦を取る人が少ない、ということが挙げられる。
また人が少ないからこの困難さを受け入れられるような、強い人も選ばないだろう。
作戦は決まった。転移されたらなるべく近いエリアの端に颯爽と逃げよう。
僕はどこに転移されてもいいよう、地図上で移動をシミュレーションして時間まで待つことにした。
そして、訪れた十時。噴水近くの時計の秒針が十二を指した、その瞬間。
「はーい! 皆さん時間ですよー!」
響き渡る校長の声。
「スリー、ツー、ワン!」
何の前置きもなく始まった三秒のカウントダウン。
「はい、ゴー!」
突如告げられた始まりの合図。ホワイトアウトする視界。
真っ白になった世界に、自分以外の人はいなかった。
足の踏み場も消え、僕は宙に浮いているとも取れるような、落下しているとも取れるような奇妙な感覚を覚える。
真っ白な世界を経由して、仮想空間に飛ばされた。
目の前に伸びる煉瓦で舗装された道に、それを挟む石造りの建物。後ろには王城を連想する立派な建物が見えた。
あれほど気の抜けた合図だったが、やはり始まったと取って間違いはなさそうだ。
周囲に人は? オーケー、いない。見晴らしが良いから念のため建物の影に身を隠そう。
しかしここはフィールドのどこだろうか、僕が暗記している限りではあんな城のような目立つ建物は記載されていなかった。
ここはどこだろうか。
僕は少し嫌な予感がした。僕が覚えていないところ、かつ、王城のような建物がありそうなところ。
恐る恐る腰の地図を取り出し、開いた。
地図の中心に、ポツンと赤い点が表示されていた。フィールドの中心にいることを地図は表していた。
通りで記憶にない訳だ。最初から端に逃げる前提で地図を暗記していたのだから、中央なんて流し見程度にしか見なかった。
なんてこった。
この試験が理不尽だと言われる理由を早速体感出来た気がする。端を目指す予定だったが、諦めた方がいいだろう。
作戦を変更しよう。
この仮想空間を作った人が細部まで凝るような人であれば、王城は複雑に作られてて、魔法による影響も受けにくいように作っている筈だ。
つまり王城を上手く利用して隠れることが出来れば、時間は稼げる。よし、これで行こう。
僕は颯爽と西門を潜り、入り口の重厚な扉を避けて、王城の庭へと忍び込んだ。




